1章 第32話

「色々気になる事はあるでしょうが、とりあえず先にこのオーガを片付けましょうか」


 仮面の店主は、何もない空間から「ある物」を取り出し、それをオーガに向けた。

 ……え? あれって?


「それでは、さようなら」


 仮面の店主がそれの引き金を引くと「パァン」という乾いた音と共に、オーガの額から鮮血が吹き出し、オーガは膝から崩れ落ちた。

 間違いない、アレは。


「何で、この世界に銃が?」


 この世界にきて一週間程経つが、銃なんて噂すら聞いた事が無い代物だ。


「そうですね。強いて言えば、私もあなたと同じだからですよ」


 問いかけたつもりはなかったが、俺の声が聞こえていたのであろう店主が、俺の疑問に答えた。


「同じ?」

「ええ、同じです。そういえば、まだ名乗ってませんでしたね。私の名前は――そうですね。「ナナシ」とでもしておきましょうか。あなたと同じ、日本人です」

「日本人!? という事は、あなたも転移者なんですか!?」


 ナナシという名前に胡散臭さを感じたが、そんな事がどうでもよくなる程の事実が判明した。

 この仮面の店主――ナナシさんは、自らを日本人だと言ったのだ。


 この世界の人間が、日本人なんて知る訳がない。それにさっきの銃の事もあるし、信憑性は高そうだ。


 ナナシさんは、仮面のせいで表情は読めないが、ただジッと俺の目を見ている。まるで品定めでもするかのように。


「ふむ、粗削りだが、既にこのレベルに達している、か」

「え? 何……っ?」


 ナナシさんが何かぼそぼそと呟いたが、声が小さすぎてよく聞き取れなかった。

 だから近づこうとしたのだが、そこで初めて足に上手く力が入らない事に気付いた。


「近衛海斗さん、とりあえずポーションをお飲みなさい。まだ先程のダメージが残っているでしょう?」


 ……そういえば、オーガに蹴り飛ばされたんだっけ? 思い出したら、なんか全身の痛みがぶり返してきた。


 俺はストレージからポーションを取り出し、一息に飲み干す。途端に全身から抜けていく痛み。


 こんな飲み物一つで怪我が治って痛みも引くのだから、ポーションというのは本当に不思議だ。


「ふう。ナナシさん、ありがとうございます。おかげで助かりました」


 まだ色々分からない事だらけだが、俺の事を助けてくれたのは事実だ。それに何と言うか、この人からは悪意というか、負の感情を感じない。

 話し方とか仮面とか、怪しい所は多々あるけど、少なくとも、悪い人ではないと思う。


「いえいえ、お気になさらず。あなたが無事で本当に良かった」


 仮面の所為で表情が全く読めないけど。


「それで、さっきの続きですけど。ナナシさんは自分の事を日本人と言いましたが、それはつまり、俺と同じ「転移者」って事ですか?」


 もし俺と同じ転移者なら、聞きたい事がいくつもある。

 何故異世界転移したのかとか。女神様には会ったのかとか。他にも色々。


「そうですね。私は少々特殊なんですが。まあ、同じという事にしておきましょうか」


 しておくって何だ、しておくって。

 余程表情に出ていたのか「説明が難しいんですよ」と補足を入れるナナシさん。


「ただ、一つだけ言える事は、私は決してあなたの敵ではない、という事ですかね」


 それはまあ、分かる。

 もし俺と敵対するつもりなら、俺を助けたりしないだろうから。


「私はただ、あなたにストレージをもっと使いこなして……いえ、極めて欲しいのですよ」

「ストレージを? ていうか、やっぱり俺のスキルの事はお見通しなんですね」


 この間の件でそれは予想出来ていた事なので、それ程驚きはしない。それに、多分この人も……。

 けど、ストレージを極めろとは一体どういう事だろうか?


「それはもう。何せ、私とあなたは同じスキルを使う者同士ですからね」


 やっぱり、この人もストレージを。


「それも踏まえて答えますが。そうですね、強いて言えば後悔して欲しくないから、ですかね?」


「後悔?」

「そうです。今のままだと、あなたは近い内に絶対後悔する事になります。まず間違いなく。そうならない為にも、ストレージを極めて欲しいのです。ストレージは無限の可能性を秘めている。常識に囚われていては極められません。安心して下さい。私も少々手を貸して差し上げますので」


 ……何を言ってるんだ、この人は? 俺が後悔? どうしてそんな事が分かる?

 この人は確かに悪い人ではなさそうなんだが、正直胡散臭い。一体何が目的なんだ?


「おやおや、そんな目で見ないで下さい。これは紛れもない私の本心なんですから。その証拠に」


 ナナシさんは何もない空間に手をかざす。すると、そこから突然指輪が三つと魔石が一つ出てきた。恐らくストレージから取り出したのだろうが、傍から見るとこんな風に見えるのか。


 ……心臓に悪いな。今度から気を付けようかな。

 指輪にはそれぞれ、小さな宝石の様な物がはめ込まれており、小さく力強い輝きを放っていた。


「これはあなたがストレージを使う時に役立つスキルを付与した魔導具と「空間魔法」が付与された魔石です。これを差し上げますので、少しは信用して貰えませんかね?」

「……え? これ、魔導具なんですか!? それに魔石まで」


 慌てて指輪に鑑定をかけてみる。すると、三つの指輪にはそれぞれ「活性化」「筋力強化」「演算能力強化」のスキルが付与されていた。


「その三つがあれば、あなたは今より圧倒的にストレージを使いこなせるでしょう。空間魔法もです。ですが、魔導具はあくまでも魔導具。ずっと頼り続けてはいけませんよ」

「え? それってどういう……」


 指輪からナナシさんに視線を移して尋ねようと思ったのだが、既にそこにナナシさんの姿はなかった。

 まるで最初からそこには居なかったかの様に。


「えぇ? いつの間にいなくなって……いや、もしかしたら」


 確信はないけど、折角貰った魔導具もある。それに魔石もあるし。


「ちょっと試してみようかな」


 俺は早速魔石から「空間魔法」を抽出して習得し、三つの指輪を左手にはめてみた。




「ほう、もうその可能性に気付きましたか。流石は……」


 私は空中から近衛海斗の様子を眺めていた。

 近衛海斗は私が突然姿を消した方法に勘付いた様で、早速私が渡した魔導具を使っている。


「まあ、あれだけヒントを出したのですから、そうでないと困りますがね」


 近衛海斗の事は、賢者の森に転移してきた時からずっと見ていたが、今の彼は少々常識に囚われている節がある。

 筋は悪くないのだが、それではストレージを極める事など到底不可能だ。


「まあ、今は忠告と、渡した魔導具と魔石で様子を見る事にしましょうか」


 己の力は己で磨くもの。私はあくまで、サポート役。それを忘れてはいけない。

 まあ、近衛海斗がこれから戦う事になる相手、ゴブリンキング程度なら、あれだけで充分圧倒できるだろう。


 その後に控えている、更なる上位種さえも。


「さて、私は万が一の時の為に、引き続き近衛海斗を見守る事にしましょう」


 私はストレージを開き、その中へと足を踏み入れた。




 二時間後。


 北の平原から戻ってきた俺は、ギルドで報告を済ませ、表通りへと来ていた。

 あの後、とある可能性に行きついた俺は、貰った魔導具を使ってみたのだが、この魔導具は凄まじい。


 これを使う前と後では、脳の処理能力に明らかな差があるのだ。


 習得した空間魔法と併せて使うと、世界の全ての動きが分かるのではないかと思う程、正確に周囲の空間を把握出来たし、ストレージを何重に展開しても、全く脳に負担が来なかった。


 そして、ストレージの使い方がどんどん頭の中に溢れてくるのだ。

 いや、少し違うか。


 溢れてくるというより、普段無意識に考えていた些細な可能性が、具体的なイメージとなって頭に浮かんでくる、と言った方が正しいな。

 そして見えてくるのだ。ストレージを使った戦い方と、その使い方が。


「ストレージは無限の可能性を秘めている、か」


 本当にそうかもしれない。

 俺が思っている以上に、ストレージというのはとんでもないスキルなのだろう。

 それに、アレも実際に出来た。あんな事が出来るなんて考えもしなかった。


 考えてみれば、初めて会った時から、ナナシさんはこの可能性を俺に示していたのだ。

 だからもう一度会って、色々と言いたい事はあるが、とりあえずお礼が言いたかった。

 そう思い、表通りに来たのだが。


「いないな、ナナシさん」


 一週間前にあったナナシさんの店は無くなっており、今は綺麗な小物を扱うアクセサリー店になっていた。

 どうしたものかと思っていると。


「ちょっとそこのお兄さん! そんな所につっ立って見てないで! 良かったら何か買ってっておくれよ!」


 アクセサリー店のおばさんに声をかけられた。

 俺にアクセサリーなんて似合わないと思うんだけどなぁ。

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