1章 第33話

 アクセサリー店のおばさんに声をかけられ、俺は言われるがままに店を覗いていた。


「実は今朝店を開いたばかりでねぇ。朝から全然お客さんが来てくれないんだよ。チョロ……人が良さそうなお兄さん。良かったら何か買っておくれよ!」


 このおばさん、今俺の事チョロそうって言おうとしなかったか?

 いやいや、きっと気のせいだ。うん、そうに違いない。


「それに、お兄さん男前だし、彼女の一人でもいるんだろ? たまにはプレゼントでも買ってやりなよ!」

「か、かのっ!?」


 予想外の言葉に、つい言葉を詰まらせてしまった。

 俺に彼女? 自慢じゃないが彼女いない歴=年齢ですけど何か? なんなら精神年齢はお兄さんって歳でも……誰がおじさんやねん! こちとらまだ三十路前じゃ! いや、今は二十歳前か。


 っと、いけない。つい取り乱してしまった。

 確かに彼女はいないが、マリーとフーリ。それと、まだ子供なのに宿屋の看板娘として頑張っているアミィに、何かプレゼントでもしてあげようか。


 マリーにはこの間ブローチをプレゼントしたばかりだけど、討伐成功おめでとうのプレゼントを渡すのも悪くないだろう。

 ……ちょっと気が早いか?


「そうですね、それじゃあ……」


 テーブルの上に並べられたアクセサリーを見て、どれにするか考える。

 どれも悪くはなさそうだけど、そうだなあ。


 三人とも普段から仕事柄よく動くし、出来るだけ邪魔にならない物で、ちょっとしたプレゼントで済みそうな物といえば……。


「お、これは。すみません、これなんですけど」

「はいはい、どれだい?」


 俺がおばさんに手渡したのは、半透明の青い石を花柄の型にはめ込んだ小さな髪飾りだ。


 このぐらいのサイズなら邪魔になる事もないだろうし、石の色もいくつかある。みんなに色違いのお揃いをプレゼントするのもいいだろう。


「髪飾りかい? これに目を付けるとはお兄さん、なかなかお目が高いねえ!」

「どういう事ですか?」

「これは今王都でも流行ってる、魔法の魔石を使ったアクセサリーでね。ほら、この綺麗に澄んだ色合い。まるで宝石みたいだろう? その上、気休め程度だけど魔法の強化も出来る優れものって訳さ!」


 へえ、これって魔石だったのか。

 鑑定をかけてみると、確かにそれは魔石の様だった。青が水の魔石で赤が火の魔石。白が治癒の魔石で緑が風の魔石。そんでもって、黄色が雷……って、魔石!?


 ここにある髪飾りに使われている石全部が魔法の魔石なのか!? だとすると、ストレージで魔法スキルを抽出する事が出来るって事じゃないか!


「ち、ちなみにこれ、一ついくらですか?」

「これかい? これなら、一つ銀貨一枚だよ」


 安い! 流石は魔石。例え魔法の魔石だとしても、このサイズならあまり高くないみたいだ。

 店頭に置いてある髪飾りは各色二つずつの計十個。


 マリーに青の髪飾り。フーリには赤、アミィには……そうだな。本当はピンクみたいな色が似合いそうだけど、残念ながらピンクは無い。とりあえず後で考えるとして、残り七個はスキル抽出用だな。


「よし、これ全部下さい!」

「ぜ、全部!? あんた、一体何人彼女がいるんだい?」


 流石に全部買うとは思っていなかったのだろう。おばさんが素っ頓狂な声を上げて驚いていた。

 いやだから、彼女はいませんって。


「ま、まあいいじゃないですか。それよりこれ、全部売って貰えるんですか?」


 再度俺が尋ねた事で、冗談じゃないと分かったのだろう。


「あ、ああ、いいとも! これ全部だね? 全部で金貨一枚だよ」


 俺は財布から金貨を一枚取り出し、おばさんに手渡す。


「毎度あり! また来ておくれよ。私はいつもここで商売してるからね!」


 おばさんは髪飾り計十個を麻袋に入れると、そのまま俺に手渡してきたのでそれを受け取り、軽く会釈をしてから、俺はそのまま宿屋へと帰る事にした。。




「そうですか、やっぱりお二人は討伐隊に参加したんですね」

「そうなんだよ、何もなければいいんだけど」


 宿屋に戻った俺は、晩飯を食べに酒場に顔を出していた。

 いつもは三人でいる俺が、珍しく一人でいるのを不思議に思っていたみたいなので、事情を知らないアミィに今日の出来事を説明していた所だ。


「じゃあ、しばらくは帰ってこないかもしれないって事ですよね?」

「ま、そうなるだろうって言ってたし、多分な」


 下手すると、数日は野営する事になるかもしれないって言ってたし、今日明日帰ってくる可能性はまず無いとみていいだろう。


 本当に何もなければいいんだけど。どうにも不安というか、嫌な予感がずっと頭を離れない。


「まあ、モーヒさんもいるし、問題ないって言ってたから、きっと大丈夫だろ!」


 アミィに言いつつ、俺は自分にも言い聞かせるように声を上げ、残っていたラガーを一気に飲み干した。

 大丈夫、きっと大丈夫だ。


「確かにそれなら安心ですよね!」


 アミィもひと際声を上げるが、それはどこか不安を隠す様な色が含まれていた。

 いかんな。アミィだって不安なのは一緒なんだ。

 俺がアミィの不安を取り除いてあげないと。


 そうだ、さっき買った髪飾りをプレゼントしてみよう。これで不安が取り除けるか分からないが、少しはマシかもしれない。

 俺はストレージから緑の髪飾りを取り出そうとして、ふと考えた。


 アミィにはピンクが似合いそうなんだよな。でも、ピンクなんて無かったし……そうだ! 赤の髪飾りと白の髪飾りを合成すればピンクになるんじゃね? よし、早速試してみよう!


 この時の俺は、酒に酔っていたのか、それとも頭がよく働いていなかったのか。自分が何をしようとしているのか、深く考えもしなかった。


 二つの髪飾りを選んで合成っと。すると「赤の髪飾り」と「白の髪飾り」が合成され「ピンクの髪飾り(魔)」と表示された。

 よし、成功だ。後はこれを取り出して。


「アミィ、これ。良かったら受け取ってくれ」


 俺は合成した髪飾りを取り出し、アミィに手渡した。

 ピンクの魔石の髪飾り。アミィには明るく女の子っぽい色が似合うと思うし、気に入ってくれるといいんだけど。


「え? これって髪飾り? いいんですか、貰っちゃって?」

「ああ、いつも頑張ってるアミィへのご褒美だ。気に入って貰えるといいんだけど」


 アミィは最初、突然の事に戸惑っていたみたいだけど、俺がご褒美だと言うと、パっと花の咲いた様な笑みを浮かべて。


「ありがとうございます! 大切にしますね!」


 両手で髪飾りを握り、胸の前で握りしめる様子は、その言葉が建前ではなく、本当だと物語っていた。

 良かった。どうやら気に入って貰えたらしい。


「早速つけてみますね!」


 そういうと、アミィは自分の髪に髪飾りを取り付けようとしたが、なかなか上手く付けられないでいた。


「あれ? 上手く出来ない」


 アミィに渡した髪飾りは、ヘアピンタイプの髪飾りで、付けるの自体は簡単なんだが、アミィは普段からこういう物をあまり付けないのか、なかなか上手く付けられないでいた。

 あ、涙目になってきてる。しょうがない。


「大丈夫か? どれ、貸してみろ」

「うぅ、すみません」


 しょんぼりしているアミィから髪飾りを受け取ると、アミィの髪をすく様に手を差し入れる。


「ふぁ」

「おい、変な声を出すなって」

「す、すみません。こういうの、初めてで」


 そういうと、アミィは赤くなった顔を下げて目を瞑り、自ら頭を差し出してきた。うん、これでやりやすくなったな、

 まったく、俺だって妹以外にこういう事するのは初めてで、ちょっと緊張しているのに。


 よし、気を取り直して。

 まずは軽く髪をすいて、適当な場所で髪を軽くねじる。そこに垂直に挿してから倒して、グッと押し込む、と。うん、いい感じだ。


「ほら、出来たぞ」


 俺はアミィの頭をポンポンと軽く叩き、終わった事を伝えた。


「もう出来たんですか?」


 アミィは顔を上げ、自分の頭を何度か触り、髪飾りがついている事を確認すると、表情を綻ばせた。


「えへへ、どうですか? 似合ってますか?」

「ああ、すごく似合ってる」


 俺が素直に感想を言うと、またはち切れんばかりの花の咲いた様な笑顔になり。


「ありがとうございます!」


 まっすぐ俺の目を見て言った。

 なんだろう。こんなに喜んで貰えるなら、プレゼントした甲斐があったってもんだよな。


「それにしても。カイトさん、手慣れてますね」

「まあな。妹によくつけてやってたから、自然と身についたんだ」


 本当、何故かいつも俺が髪飾りをつけてやる事になってたんだよな。今にして思うと不思議だ。

 ……あ、そういえば記憶喪失って設定だったの忘れてた。


 しまったと思い、アミィの方を見てみると、当のアミィはその事を特に気にした様子はなかった。

 ほっ、良かった。


「へえ、妹さんの……あの、カイトさん」

「ん? なんだ?」

「もし良かったらなんですけど――カイトさんの事、お兄ちゃんって呼んでもいいですか?」

「へ?」


 自分でも素っ頓狂な声が出たなと思った。

 でも、それぐらい今の質問は予想外だったのだ。

 それを断られると勘違いしたのか、アミィが俺の服の袖を掴んで


「ダメ、ですか?」


 と、瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうな顔で、見上げる様な形で俺の目を見て言った。しかも若干涙声で。

 いや、こんなのダメって言える訳ないじゃん。


「いや、別に構わないけど」

「本当ですか!? ありがとうございます、お兄ちゃん!」


 花の咲いた様な笑顔が眩しい。

 最初はちょっと打算的な子かと思っていたが、やはりなんだかんだで年相応の様だ。


「ああ、なんだ。お兄ちゃんって呼ぶんなら、敬語も使わなくていいぞ。そっちの方が落ち着く」


 お兄ちゃん呼びなのに敬語とか違和感しかない。そう思っての提案だ。


「敬語無し……でも、本当にいいんですか? お兄ちゃんはお客様なのに」

「ああ、いいよ。堅苦しいのはやめにしてくれ」


 そう言うと、アミィは少し考える様な仕草をした後。


「うん、分かった! それじゃあ、これからは普通に話すね、お兄ちゃん!」


 すぐに敬語をやめたアミィ。その切り替えの早さは流石だと思う。

 伊達に子供ながらに看板娘はやってない、か。

 俺は、そんなアミィを見ながら、多少は不安を取り除いてやれたかな、と安心した。






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