1章 第30話

 数時間後。

 俺は二人の見送りをするべく、ギルド前に集まっていた。


 この二時間の内に、何か俺にも出来る事はないかとストレージを弄っていたら、魔石から魔力回復薬を作る事が出来たから、ポーションと合わせてそれぞれ四本ずつ用意しておいたから、二人に渡さないと。


 あまり数が多すぎても邪魔になるだろう。数は少ないけど、これだけでもないよりはマシな筈だ。

 早速二人に渡そうと、討伐隊の面々の中から二人の姿を探すと……いた。


「おーい、二人共!」


 俺が声をかけると、二人共俺に気付いたみたいで、近くまで来てくれた。


「カイトさん、見送りに来てくれたんですか?」

「ああ、俺にはこれぐらいしか出来ないからさ。はい、これ」


 ストレージから魔力回復薬とポーションをそれぞれ取り出し、二人に手渡した。


「あんまり多すぎても邪魔になるかと思ったから、一人一本ずつ用意しといた」

「これは、魔力回復薬とポーションか。ありがとう、カイト君。ありがたく受け取ろう」

「ありがとうございます、カイトさん」

「どういたしまして」


 二人は俺からそれらを受け取ると、それぞれ腰に付けた荷物入れに仕舞っていた。

 邪魔になるからいらない、とか言われたらどうしようかと思ったけど、どうやら杞憂だったようだ。


「二人とも、気を付けて。危なくなったらすぐに逃げるんだぞ」


 俺が言える立場じゃないかもしれないけど、言わずにはいられない。


「大丈夫ですよ、危なくならないよう、頑張りますから」

「そうだな。これだけの面々に加え、あのモーヒ殿もいる。それに、私達も、伊達に氷炎と呼ばれてる訳じゃないさ」

「カイトさんに私達の腕前を見せてあげられないのが残念です」


 二人は殊更何でもない事の様に話しているが、本当に大丈夫だよな? フラグじゃないよな?


「二人の実力は確かなんだろうけど、でも、本当に危なくなったら……」

「逃げろ、ですよね? 分かってます。ちゃんと分かってますから。だから、安心して下さい」


 俺の手を両手で包み込み、安心させるかの様に言葉を紡ぐマリーに、俺は一瞬誰かの影が重なった気がして、次の瞬間、視界がブレるのを感じた。


「――っ」


 めまいを感じ、軽く頭を振ってそれを振り払う。


「カイトさん? 大丈夫ですか? 顔色が悪いみたいですけど」

「ん? あ、ああ、大丈夫。ちょっと、めまいがしただけだから」


 それは本当に一瞬の出来事で、今はもう何も感じない。今のは一体何だったんだろう?


「まあこの一週間ずっと訓練漬けだったし、疲れてるのかもしれないな。丁度いい機会だ。しばらくじっくり休むと良い」


 フーリに言われ、確かにそうかも、と思う。仕事も休み無しで続けると、いつか絶対体を壊すしな。

 俺の場合は体を壊す前に、全身ペッちゃんこになって死んじゃったけど。


「おい、まさかお前もついて来るとか言わねえよな?」


 突然、背後から聞こえてくる声。ぶっきらぼうだが、俺を心配する色も含まれているこの声は。


「もう、ヴォルフったら、また。すみません、カイトさん」


 さっき一度ギルドで別れた、ヴォルフとロザリーさんだ。


「違うんだヴォルフ。実はみんなに差し入れというか、渡したい物があって」


 最早慣れたもので、ヴォルフの口の悪さは軽く流し、俺はマリー達と同様、二人にも魔力回復薬とポーションを手渡した。


「邪魔になるかとも思ったけど、無いよりマシだろ?」


 二人は俺から魔力回復薬とポーションを受け取ると。


「は? あ、ああ。悪いな、助かる」

「ありがとうございます」


 鳩が豆鉄砲でも食ったかのような顔で俺を見ていた。

 どうしたっていうんだ一体?


「二人共どうしたんだ?」

「あ、いや、わりぃ。まさかこんな物を用意しといてくれるなんて」

「いつもヴォルフがあんなに失礼な事を言ってるのに、本当にいいんですか?」


 なるほど、そういう事か。でも、そんな事を気にする必要はない。


「何言ってるんですか。二人とはこの一週間よく話をしましたし、もう友達じゃないですか」


 最初こそアレだったが、今となっては普通に話もするし、何度か酒場で一緒に飯も食った。これは友達と言って差し支えないだろう。


「友達、ですか……そうですね。友達からの贈り物なら、遠慮なく。ありがとうございます、カイトさん。ほらヴォルフも」

「わーってるって。その、なんだ。ありがたく受け取っとくぜ」


 うわ、ヴォルフがお礼を言うなんて。


「雨でも降らなきゃいいけど」

「おい、どういう意味だテメェ!」


 こういったやり取りも自然と出来る程度には仲良くなったつもりだ。


「よし、全員集まってくれ!」


 その時、ギルド長がみんなを呼ぶ声が聞こえてきた。


「おっと、じゃあなルーキー」

「カイトさん、それではまた」


 話を切り上げて二人が行ってしまった。


「それじゃあ、行ってきますね。帰って来たら、一緒にオイ椎茸料理を食べましょうね!」

「またな、カイト君」


 マリーとフーリも一言別れを告げて行ってしまう。一人残される俺。やっぱり少し寂しいけど、仕方ない。


 それにしても、マリーはこんな時までオイ椎茸か。相変わらずというか。

 その後、賢者の森に出発する討伐隊を見送り、俺は依頼を受ける為にギルドの中へと入った。




「賢者の森に近づいてはいけませんよ?」


 依頼を受けようとしただけなのに、開口一番エレナさんから釘を刺された。まだ何も言ってないし、近づこうとも思ってなかったんですけど?


「いや、別に賢者の森に行こうだなんて考えてませんよ?」

「え? そうなんですか? でも「二人を追いかけたい」って顔してましたけど?」


 えぇ、そんな顔してたの俺? 見間違いじゃないですか?


「まあ、賢者の森に近づかないなら別にいいですけど。それで、今日は依頼の受注ですか?」

「はい、ゴブリン退治と解毒草の採取の二つをお願いします」


 これは俺がマリー達と初めて受けた依頼だ。

 あれから一週間、きっちり訓練もしてきたし、これぐらいなら大丈夫だろう。それに、試してみたい戦い方もある。


「ゴブリン退治と解毒草採取ですね。はい、確かに」

「あれ? 「討伐依頼は受けないで」とは言わないんですか?」


 てっきり止められるかと思ってたんだけど。


「カイトさんの実力は二人からも聞いてますから」


 二人に? 一体いつの間に? まあ依頼が受けられるなら問題は無いけど。


「ただ、くれぐれも無茶だけはしないで下さいね」

「ええ、それは分かってますって」


 安全第一。これ冒険者の基本。

 そのまま依頼の受注を済ませ、俺は冒険者ギルドを後にした。




 街を出てまっすぐ北へ。目指すは北の平原。

 この一週間で何度も通ったその道は、俺にとってすっかり慣れ親しんだものとなっていた。


 道中に流れている小さな小川も、その少し先にある小さな花畑も、何度も見た景色だ。

 二人に聞いた話では、あの花畑にはランさんという花屋の男性が、たまに花の世話をしに来ているらしいが、今の所一度も出会った事はない。


「っと、そろそろだな」


 北の平原そのものは徒歩十分もかからないぐらいで辿り着くのだが、魔物は街から近い程少なくなるらしい。逆に街から離れれば離れる程、その数も強さも増していく、という話だ。


 今いるのは、街から一時間ぐらいの場所。

 この辺りまで来ると、ちらほらと魔物が姿を現し始める。


「よし、まずは気配探知」


 その瞬間、周囲の生物の気配を手に取るように感じた。と言っても、近くの茂みにホーンラビットが一匹と、少し先にゴブリンが二匹いるぐらいだが。


 ちなみに、一週間前はほとんど姿を見かけなかったゴブリンだが、アレは例外中の例外で、本来はもっといるものなんだそうだ。


 人の気配も感じないが、普通は、もっと実入りのいい場所まで行く事が多いらしい。つまり、二人は俺に合わせてこんな近場にいたという事になる。本当、二人には感謝しないとな。


 さて、今いるこの実入りの少ない、比較的安全な場所は、今の俺には都合がいい。


「ホーンラビット一匹か。初めて試す戦い方だし、丁度いいな」


 足元から小石を拾い、茂みに向かって一球入魂!

 鈍い音と共に聞こえてくる「キィ!」という鳴き声。どうやら見事命中したらしい。

 ナイスコントロール!


「キキィッ!」


 茂みから勢いよくホーンラビットが飛び出してきた。

 うわぁ、怒ってる怒ってる。


「さあ、やりますか!」


 俺はストレージから棍棒を取り出し、気合を入れて構えた。

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