1章 第29話
静寂に包まれるギルド。
よく見るとその冒険者の顔には見覚えがあった。確かこの間、賢者の森に調査に向かった調査隊の一人だった筈だ。
「だ、大丈夫ですか!? とにかくすぐに手当てしないと!」
血塗れの男の姿を見て、急いで受付の奥から包帯や薬瓶などを持ってきたエレナさんは、その冒険者に駆け寄ると、傷の手当てを始めた。
その光景に、周囲の冒険者達もようやく状況を飲み込み始めたようで、次第にギルド内がざわざわと騒がしくなり始める。
「そ、それより、ギルド長を……い、いそがないと」
「おい、一体何の騒ぎだ?」
普段とは違った空気を感じとったのか、はたまた偶然か。受付の奥からギルド長が顔を出し、血塗れで倒れている冒険者に気付く。
「お前はっ! 一体何があった!?」
ギルド長は倒れている冒険者の元に駆け寄り、上体を抱え起こして声をかけた。
「キ、キングです。オーガキング。特殊、個体で。みんな、し……ん……」
冒険者はそこまで言うと、まるで糸が切れた人形の様に力を失い、そのまま意識を失ってしまった。
「オーガキングの特殊個体だと……。おい! 手の空いてる奴は警備隊の連中に、すぐに街の警備を強化するよう伝えろ! それからCランク以上の冒険者はすぐに集まってくれ!」
それだけ言うと、ギルド長は気絶した冒険者を背負い、一度ギルドの奥へと姿を消した。
不穏な空気がギルドを支配していく中、ちらっと、マリー達の様子を伺うと。
「「……」」
二人共絶句している。
……想像より遙かに悪い結果になってしまった、という事だけはよく分かった。
「急な呼びかけに応じて貰い、感謝する」
ギルド長の呼びかけに、ギルド内にいた冒険者の内、二十人ほどの人が集まっていた。その中にはヴォルフとロザリーさん、そして当然マリーとフーリの姿もある。
その様子を、俺は少し離れた場所から見ている。俺はFランクだから。
「皆もう知ってるだろうが、先日賢者の森に派遣した調査隊が、一人を除いて全滅した。これはオーガキングの、しかも特殊個体の仕業だと思われる」
それにしても、オーガキングはたった一体で調査隊のメンバーを全滅させる程の力を持っているのか。
調査隊の人数が十五人だった筈だから、単純に考えると、最低でも十五人以上の人数が必要という事になる。
今集まってる人数は二十人。一応人数は揃っている事になる。
「このままキングを放置すれば、いずれはこの街へと辿り着き、街を襲うかもしれない。いや、確実に襲うだろう。そうなる前に討伐隊を編成し、なんとしてもキングを叩く!」
「「「おうっ!」」」
ギルド長の言葉に、頼もしい返事を返す冒険者達だが、俺は言いようのない不安を感じていた。
まるで、何かを見落としているかのような、ボタンを掛け違えているような。何とも言えない不安感。
「なお、討伐隊のリーダーはモーヒとする。モーヒ、やってくれるか?」
「おうよ! 俺に任せな!」
「頼んだぞ。キングを倒し、この街の平和を守ってくれ」
「任せな。オーガキングなんて一捻りよ。よし、野郎ども! まずは四人一組のパーティを組め。賢者の森では、四人一組で活動して貰う。そして、キングを発見次第、他のパーティにも連絡しろ! 決して一組だけで戦いは挑むな! 数の利を生かせ!」
「「「はいっ!」」」
と、俺が自らの中にある違和感に頭を悩ませていると、いつの間にか話は終わってしまったらしい。
ていうか、ギルド長には「おうっ!」なのに、モーヒさんには「はいっ!」って敬語なのか。それでいいのか? ほら、みんな気付いてないけど、ギルド長若干寂しそうな顔してるって。
「おほん。では、各々準備を済ませ、二時間後にまたギルドに集合だ! では、解散!」
ギルド長の言葉に、討伐隊に加わった面々は、次々とギルドから出ていった。恐らくこれから色々と準備をしてくるのだろう。
そんな中、マリーとフーリは冒険者達の流れから外れ、俺の近くまでやってきた。
「すみませんカイトさん。そういう事なので、しばらく冒険はお休みにして、街でゆっくりしていて下さい」
「すまない、流石にこの事態は私にも想定外でな。討伐に何日かかるかもハッキリ分からないんだ」
二人は俺に気を使っているのか、申し訳なさそうにしている。
いやいや、俺よりもまず自分たちの心配しようよ。
「俺の事はいいんだ。そんな事より、本当に大丈夫なのか? 話を聞いてた限り、オーガキングって、かなり強力な魔物なんだろ?」
何せキング、つまり王だ。単純に考えれば、オーガの王なのだから、最強のオーガという事になる。あのデカい奴の王。本当に大丈夫なのか?
「確かに、オーガキングの特殊個体は強力な魔物だが、これだけの人数に加えて、モーヒ殿が指揮を執るんだ。まず負ける事はないだろう。ただ、それなりの時間はかかる筈だ。賢者の森は広いし、この人数で動くとなると必然的に足は遅くなる」
「それに、すぐに見つかるとは限りません。数日は野営をする覚悟もしないといけません。つまり、オイ椎茸絶ちです」
二人は俺を不安にさせない為か、あまり暗い雰囲気を見せない。いや、マリーの表情には割と本気で落ち込んでいる空気を感じるけど、それは多分ベクトルが違う。
その気遣いは嬉しいんだけど、俺はなおも不安を感じている。何と言うか、イマイチ安心出来ないのだ。
「そう心配するんじゃない、カイト君」
「そうですよ、私達なら大丈夫ですから!」
……そうだな。なんせ二人は。
「氷炎の美姫、だもんな!」
「「なっ!?」」
俺が二人の二つ名を呼ぶと、顔を赤くして言葉を失った。どうやらフーリも、素面の時に面と向かって言われるのは照れるようだ。
「ちょいと失礼するぜ。おい、フレイア」
と、二人の照れた顔を眺めていた時、後ろからヴォルフの声が聞こえてきたので、振り返ってみてみると、そこにはヴォルフと、その後ろから控えめに顔を覗かせたロザリーさんが立っていた。
「ああ、ヴォルフか。いたのか?」
「当たり前だろうが! シバくぞコラッ!」
なんかヴォルフの扱いが雑な気がするけど、まあヴォルフなので気にしなくていいか。
「そんな事より、何か用があったんだろう?」
そして今のやり取りを「そんな事」で流すフーリは結構いい性格してる気がする。
「ったく、思わず目的を忘れるとこだったじゃねぇか。ガンツのおっさんから伝言だ。魔導具が完成したってよ」
「何? おいヴォルフ! それは本当か!?」
フーリは突然立ち上がり、ヴォルフに詰め寄ってその胸倉を掴み上げた。
うわぁ、リアルでこんな光景初めて見たな。
「お、おい、落ち着け! 本当だ。本当だから手を放せ!」
「あ、ああ。すまない」
ヴォルフに言われ、ようやく我に返るフーリ。我を忘れる程嬉しかったのか。
「こうしてはおれん。急いでガンツ殿の所に向かわねば! マリーも行くぞ。討伐に出る前に、武具の点検もして貰わないと!」
フーリはマリーの手を引き、ギルドから出て行こうとする。
「え? ちょ、ちょっと姉さん!? すみません、カイトさん! そういう事なので、しばらく冒険はお休みでお願いします!」
一言そう言い残し、マリーは半ばフーリに引きずられる様な形でギルドから出て行った。
「さて、俺達もそろそろ行くか、ロザリー。じゃあな、ルーキー。しばらく街で大人しくしとくこった」
「もう、またそんな言い方して。すみませんカイトさん。それじゃあ、失礼しますね」
そう言うと、二人も揃ってギルドから出て行く。
ていうかヴォルフって、口は悪いけど本当にいい奴だよな。今もそうだ。言い方こそアレだったけど、俺の事を気遣ってくれてるのが伝わってきたし。
それにしても、あっという間に一人取り残されてしまったな。
「……そうか、何気にこの世界に来て一人になるのって、森を彷徨っていた時以来か」
あの時は無我夢中だったし、一人がどうとか考えている余裕はなかった。ていうか、考えもしなかった。でも、今は違う。
今は最初に比べて大分余裕が出てきたし、何より大切な仲間が二人も出来た。
出来る事なら俺も二人と一緒に討伐隊に加わりたかったが、はっきり言って俺の実力じゃ、まだ足手まといになってしまうだろう。
それが不甲斐ないし、正直悔しい。
「もっと強くなりたいな」
そうしたら、二人と一緒に戦えるのに。
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