1章 第28話
「明日、賢者の森の調査隊が組まれる事が決定した」
晩飯を食べ終え、ラガーを一息に飲み干したフーリが、そのままの流れで切り出した。
「そう、やっぱり」
マリーも特に驚いた様子じゃないし、予想はしていたんだろう。
俺? そんなの知る訳ないじゃん。組まれるかもって話は聞いてたけど、まさか明日とは思わないじゃん。
「何も無ければすぐに解散になるが、まずそうはならないだろう。恐らくだが、最深部にはかなり強力な魔物が住み着いているとみて間違いない。調査結果次第だが、討伐隊も組まれる筈だ」
討伐隊か。それはつまり、個人や一パーティ程度ではどうしようもない強さの魔物がいるって事だよな。
……良かった、最深部に転移とかさせられなくて。
もしそんな所に転移してたら、間違いなく詰んでた。
「それじゃあ、私達も招集されるよね」
「そうだな」
……そうか。もし討伐隊が組まれたら、二人も招集されるのか。それはちょっと心配だな。
「なあ。その招集って断ったり出来ないのか?」
出来れば二人には、危ない目にあって欲しくないんだけど。
俺の言葉が予想外だったのか、二人はキョトンとした顔で俺の事を見ている。
「あ、もちろんカイトさんは参加しなくていいんですよ。確かに私達とパーティを組んでますけど、それとこれとは話が違いますし」
「そうだ。もしカイト君がCランク以上の冒険者なら、私達と一緒のパーティとして招集されただろう。だが、流石にギルドもFランクの駆け出し冒険者を参加させたりはしないさ」
そして何を勘違いしたのか、俺が自分の心配をしていると思ったらしい。
いや、気持ちは嬉しいんだけどさ。勘違いしてるよ?
「俺が心配してるのは二人の事だよ。出来れば俺は、二人に危ない目にあって欲しくはないんだ」
俺が素直に「心配している」と言葉にすると、二人は驚いた様な、なんとも言えない表情になってしまった。
「カイト君」
「カイトさん」
少しの沈黙の後。
「大丈夫ですよ。まだ討伐隊が組まれるって決まった訳じゃありませんから。それに、もし討伐隊が組まれたとしても、調査隊の方達が事前にしっかり調査してくれる筈です」
「ああ。それに、この街には幸い拳聖モーヒ殿もおられる事だし、心配は無用だ」
「けん聖!? けん聖って何!?」
え、何? あの人そんな二つ名持ってるの? しかも今のニュアンス。もしかして剣じゃなくて拳?
今までの少し重い、けれど決して居心地の悪くない空気が、一瞬にして崩れ去った瞬間だった。
「モーヒ殿のランクは最高位のSランク。間違いなくこの街最強の冒険者だ。噂では、拳一つでドラゴンを倒したとか」
「ドラゴン!? マジで!?」
え、嘘やん。ドラゴンって素手で倒せるの? ていうか、この世界ってドラゴンいるの?
「今でこそ、この街で初心者狩りをされてますけど、昔は王都で伝説のパーティ「世紀末」の一員として活動されてたんですよ」
……あ、これ多分アレだ。ツッコみ切れないやつ。情報量多すぎてどこからツッコめばいいかさえ分からない。
ただ一つ分かる事は、実力は相当なものだという事。
でも、そんなにすごい人がいるなら、確かに心配はなさそうだ。
「まあ、そういう事だ」
「討伐隊が組まれても、カイトさんは安心してこの街で待ってて下さいね!」
二人は俺に心配かけまいと、多少話を盛ってくれたんだろう。きっとそうだ。そうに違いない。そうだと言って!
「分かった。そういう事なら、俺も安心して待ってるよ」
でも、二人がこんなに言うのなら間違いないだろう。気になる事は山の様にあるが、今言うべきではない気がする。ていうか、聞いたら負けな気がする。
「氷炎の美姫のお二人も討伐隊に参加するなら、むしろその魔物の方がかわいそうな気がしますけどね」
急に後ろから声が聞こえてきたので振り返ると、そこには仕事をひと段落させたのか、エプロン姿のアミィが立っていた。
今の話、聞いてたのか。
「拳聖モーヒに氷炎の美姫。この三人を相手出来る魔物なんてそうそういませんよ」
アミィの顔はニヤけており、面白そうな話を見つけた女子の顔をしている。
「アミィ、あまりその二つ名を口に出さないで欲しい。頼むから、氷炎で止めてくれ」
「そうだよ、アミィちゃん! 美姫なんて言われると、恥ずかしいんだから!」
フーリはそれほどでもないが、マリーは頬を真っ赤に染め、両目を固く瞑って抗議している。
相当その二つ名が恥ずかしいのだろう。
「まあまあ、いいじゃないですか。それより、そろそろお会計ですよね?」
「ん? ああ、そうだったな。私のせいで少し遅くなってしまったし、今日は私が奢ろう。いくらだ?」
そう言って懐から財布を取り出すフーリ。
いやいや、ちょっと待った。
「流石にそれは悪いよ。俺もちゃんと出すからさ」
財布を取り出し、自分の分を払おうとするが、やんわりとフーリに制止されてしまう。
「まあまあカイト君、ここは私の顔を立てると思って」
「いや、そん「カイトさん、ちょっと」――ん?」
俺がなおも食い下がろうとすると、横からマリーに服の袖を引っ張られ、途中で言葉が途切れてしまった。
「ありがとう、マリー。それで、いくらだ?」
「そうですね。宿代込みで、合計銀貨一枚と大銅貨五枚ですけど……少しおまけして、銀貨一枚と大銅貨二枚でいいですよ」
「気前がいいな。銀貨一枚と大銅貨二枚だな……はい、丁度だ」
「ありがとうございます。部屋はそのまま同じ部屋を使って下さいね」
その隙にフーリが支払いを済ませ、アミィはまた接客に戻ってしまった。
「何するんだよマリー」
「カイトさん、姉さんはまだ報酬の事を気にしてるみたいなんで、ここは素直に奢られて下さい」
「え、そうなのか?」
てっきりもう気にしてないと思ったのに。
でも、そうか。そういう事なら、ここは敢えて何も言わない方がいいかもしれない。
「分かった。そういう事なら、ここは素直に奢られておくよ。それでフーリの気が済むならな」
ここで俺が変にお金を出すと、それはそれで面倒な事になりそうだし。
「二人とも、何を話しているんだ? 早く部屋に戻るぞ」
フーリの声に視線を向けると、フーリは既に二階に向かっている所で、俺達は慌ててその後を追いかけた。
「ごめん姉さん、今行く」
「待ってくれよフーリ」
その後は各自部屋に戻り、俺は初めての冒険の疲れもあり、その日はそのまま泥のように眠ってしまった。
次の日、朝から酒場で軽めの朝飯を食べ、俺達はそのままギルドに向かった。だが、ギルドに着くと、そこには昨日と違い物々しい雰囲気が漂っていた。
「諸君。先日から続く、生息地域外での魔物の目撃情報。その原因は賢者の森にあると思われる。この事態に対応するため、ギルドは諸君に、賢者の森の調査をお願いしたい。異論のある者はいるか?」
ギルドの入り口に集まった十五人ほどの職員さんや冒険者。そして彼らの前で喋っているスキンヘッドのガタイのいい、むさ苦しそうなおっさん。
彼らが昨日聞いた調査隊だろうか?
「無ければ早速調査に向かって欲しい。くれぐれも深入りはするなよ。無理もするな。安全を第一に考えろ。以上だ!」
おっさんの声を合図に、調査隊と思われる人達は街の出入り口へと向かって歩き出し、それを見届けたおっさんは、そのまま冒険者ギルドへと入っていった。
「なあマリー、今のおっさん、誰?」
「おっさんって……そういえば、カイトさんはまだ会った事ありませんでしたっけ? あの人はこの冒険者ギルドのギルド長です」
へえ、あのおっさん、ギルド長なのか。確かに、それっぽい貫禄はあったな。
「普段はあまり表に出てこないんですけど、今回の件は流石にギルド長が直接指揮を執るみたいですね」
「今回は事が事だけに、流石にな」
まあ確かに未確認の強力な魔物の調査なんて、並大抵の人が指揮を執れる筈もないよな。納得の理由だ
俺達はそのまま調査隊の後姿を見送った後、昨日と同じ様な依頼を受け、俺の戦闘訓練をしながら薬草や解毒草の採取依頼をこなした。
スキルはイメージで使う、という事を意識して、出来るだけ多くのスキルを使う様にしながらの訓練は、大変だったけど有意義なものだった。
それに、魔力というのも、この数日で感じ取れるようになっていた。身体中を血とは別の液体が流れてる様な感覚、とでも言えばいいだろうか? こればかりは口で説明しても分かりにくい。
最初は何となく使っていた魔法だが、魔力を感じる様になってからは細かい調整もしやすくなった。
その甲斐もあり、一週間も経つ頃には、最初に比べて戦闘も随分様になってきた様に感じる。
それと、報酬に充分余裕があったので、いい加減ポーションの容器を揃える事にした。流石に木のコップのまま、というのはあんまりだろうと思ったからだ。
幸いガラスはガンツ武具店で取り扱っていたので、いくつか売って貰い、ストレージでガラス瓶を作ってそれに移し替えた。
実に充実した一週間だったと言ってもいいだろう。
「カイト君の成長の速さには本当に驚かされたな」
「だね。それにしても、カイトさんって水魔法も使えたんですね。全然知りませんでしたよ」
「ああ、そういえば言ってなかったっけ?」
「言ってませんよ!」
「あはは、ごめんごめん」
と、俺達が他愛のない会話をしながら、受付で依頼達成の報告を済ませている時だった。
突然ギルドの扉が「バァン!」という大きな音をたてて開き、そこに血まみれの男が倒れ込んできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます