1章 第17話
「銀貨七枚で何とかなりませんか? 本当に最低限でいいんで」
考えても答えなんて出る訳ないし、ここは正直に話す事にした。
嘘を吐いても仕方ないし。
「銀貨七枚か。じゃあ、鎖帷子(くさりかたびら)なんてどうだい? 耐性スキルも付与されてない、最低ランクの物になるが、駆け出しの防具としちゃ充分だろう。ゴブリンの攻撃程度ならキッチリ防いでくれる。それに軽いから、カイトでも無理なく装備出来る筈だ」
ガンツさんはこの少ない予算の中からでも、俺に使えそうな物を考えてくれた。ええ人や。
にしても、鎖帷子か。それなら前にネットで見た事あるな。
防具としてどれぐらいの性能なのか分からないけど、まあ低予算だし、文句は言うまい。それに、二人の紹介だから信頼出来るだろう。
「カイト。防具ってのは、自分の身を守る最終防衛ラインだからな。今後も冒険者を続けていくつもりなら、絶対ケチっちゃ駄目だぜ。変に安く済ませて、魔物にやられてお陀仏。なんて話もよく聞くからな。自分が無理なく扱えて、且つ納得出来る物を用意する事だ。見た目なんて二の次よ」
ガンツさんはまるで自分の事の様に親切に教えてくれた。
「……分かりました。それじゃあ、鎖帷子をお願いします。一応試着させて貰ってもいいですか?」
俺がそう言うと、ガンツさんはニィっと笑い。
「おう、いいぜ。今持ってくるから、着てみてくれ。細かい調整はその後やっちまうからよ」
そう言うと、ガンツさんは再び店の奥へと姿を消した。なんか、あっという間に決まってしまったな。
「私達が色々アドバイスするつもりだったのに、ガンツさんに全部持っていかれちゃったね」
「だな。しかも、いう事も的確だった。私達が下手にアドバイスするよりも、もっと根本的な、大切な事を教えていた。流石はガンツ殿だ」
確かに。どういう物を買った方が良いとか、安くて良い物だとか、そういうよく聞く様なアドバイスとは違ったが、とてもしっくりくる話を聞けた。
流石は二人のオススメなだけはある。
「ほらよ。カイトの体格ならこのサイズが丁度良さそうだ。着てみな」
「あ、はい。ありがとうございます」
すぐに戻ってきたガンツさんから鎖帷子を受け取り、俺は試着するべく服を脱いで。
「きゃっ」
「……カイト君、もう少し周りを気にしたらどうだ?」
鎖帷子に首を通し、二人を見てみると、マリーは両手で顔を隠し、フーリは視線を逸らしていた。
えぇ、男の半裸なんて見ても、別に恥ずかしくなくない?
「カイト、もう少し女心ってもんを理解しねぇとダメだぜ」
「え、そういうものですかね?」
「そういうもんだ」
なんとガンツさんにまで呆れられてしまった。
失礼な、俺だって女心の一つや二つ……理解出来れば彼女いない歴=年齢などという悲しい業を背負わずに済んでるか。
「努力します」
そう答えるしかなかった。
鎖帷子に腕を通し、軽く体を動かしてみたが、これがまた驚く程体に馴染んだ。全く違和感が無い。まるで俺の為に作ったかの様な着心地だ。
それに軽い。ほとんど重さを感じないぞコレ。
「ガンツさん、これすごくいいです。体によく馴染みます」
「そうだろう? カイトの体格は人族の男の標準的な体格だからな。選びやすかったし、よく馴染むだろうとは思ってたんだ」
「うん、結構様になってるな」
「よくお似合いですよ!」
俺が鎖帷子を着終えた事を確認した二人が、口々に褒めてくれた。
もし似合わないとか言われたらショックで寝込む所だったな。
これはもう買いだろう。そう思い、俺はそのまま鎖帷子の上に服を着て、ストレージから財布を取り出し。
「これで銀貨七枚でしたっけ?」
「そうだな、初回サービスと、二人の紹介って事も含めて……よし、おまけして銀貨五枚でいいぞ」
銀貨五枚。当初の予定より銀貨二枚分も安くなってしまった。これは迷わず買いだろう。
「で、どうする? 買ってくか?」
「はい、買います!」
即決だった。
こんなに馴染む防具なら、買って損はない筈だ。
俺は財布から銀貨五枚を取り出し、ガンツさんに手渡した。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……あいよ、確かに。それと、これは俺の個人的な餞別だ」
そう言うと、ガンツさんは俺に一組の皮の手袋を手渡してくれた。
これ何の皮だろう?
「そいつはホーンラビットの皮から作った手袋だ。カイトはまだ駆け出しだろ? 武器を握る時にそいつをはめとけば、滑りにくくなる筈だ」
それはありがたい。戦闘中に武器がすっぽ抜けるとかは勘弁だからな。
「カイトさん、良かったですね」
「ああ、本当に。ガンツさん、ありがとうございます」
俺がお礼を言うと、ガンツさんは頬を指でかきながら。
「いいってもんよ。こんな裏路地の寂れた武具店に来てくれる貴重な客だからな。これぐらいはサービスするぜ」
気恥ずかしそうにしながら答えてくれた。
本当、見た目と違って優しい人だ。最初見た時は、職人然とした厳しい頑固オヤジに見えたのに、蓋を開けてみれば、とても優しく俺達を気遣ってくれるおじさんだった。
こういう店は、出来ればずっと続いて欲しい。
「また来ます。今度はもっと予算を増やして来るんで、じっくり選ばせて下さいね」
「お世話になりました」
「また来ます」
「おう、いつでも来な」
俺達はガンツさんに軽く挨拶をし、ガンツ武具店から出た。
「いやあ、いい買い物をした」
「良かったですね、カイトさん」
隣を歩くマリーが笑顔で答えてくれた。
あ、そういえば。
「なあ、そういえばマリーの武器なんだけど、確か杖と短弓だったよな? どういう使い方をしたら、修理出来ないかもって言われる程壊れるんだ? 杖を鈍器替わりにしたとか?」
「――えっ?」
「ぶっ!」
俺がマリーに聞くと、ギクッという擬音が聞こえてきそうなほど体を強張らせるマリー。
その隣ではフーリが吹き出している。
「え、えーっと、それはですね! えっと……」
どうにもマリーの歯切れが悪い。何か人に言えないような使い方をしているとか?
「実はな、カイト君。先日受けた依頼で、マリーはロックリザードを杖で殴り殺したんだ」
「ちょっ、姉さ「殴り殺した!?」いえ、誤解なんですよカイトさん! 聞いて下さい!」
えぇ、マリーって実は前衛だったの? しかも杖で殴り殺すっていうデンジャラスな戦闘スタイルで?
……あれ? 俺の武器的に、マリーに戦闘の基礎を教えて貰う方が良いのでは?
「マリー。俺の武器は棍棒だから、しっかり戦い方を教えてくれな?」
「ぶふぉっ!」
「だから誤解なんですって!」
フーリがまた吹き出し、マリーが誤解だという。
はて? 何が誤解なんだろうか?
「あれは、私のオイ椎茸を盗んだロックリザードが悪いんです! 仕方なかったんです!」
「またオイ椎茸絡みかよ!」
どんだけオイ椎茸好きなんだマリーは。
「ちなみにロックリザードは、岩の様に硬い皮膚を持ち、ちょっとやそっとの打撃じゃびくともしない魔物だ」
フーリの説明で、俺のマリーを見る視線は、更に訝し気なものになっただろう。
「だから誤解を招く発言をしないでよ姉さん! 流石にロックリザードを杖だけで殴り殺せる程の力は、私にはありません。本当ですよ?」
「じゃあどうやって殴り殺したの?」
俺が尋ねると、マリーは一度深呼吸をして息を整えた。
「まず、短弓と風の魔法を使って、威力を増大させた矢をロックリザードの体中に突き刺して、傷を入れておくんです。後はそれを杖で思いっきり殴りつけると、矢でついていた傷が広がっていって、簡単に殴り殺せます。それを何度も繰り返していく内に、自然と壊れてしまったんです。実質岩を殴ってるのと同じような感じですしね。短弓は単純に、弦が切れてしまって。ついでに、他に傷んでないかガンツさんに見て貰ってたんです。ほら、普通でしょう? 全然おかしくありません!」
そこまで一気に捲し立てるマリー。でもそれって、本当におかしくないのだろうか? ロックリザードを殴り殺そうって考えに至った時点で既におかしい気がするし、岩同然のロックリザードを何度も殴って、平然としてるマリーにも驚きだ。
俺は棍棒で一発殴っただけで手が痺れたぞ。
でも、この必死な感じ。ツッコむのは野暮ってもんかな?
「ま、まあ、マリーもオイ椎茸を盗まれて正気じゃなかっただろうし、仕方ないか! はは、はははは!」
「ですよね! やっぱりカイトさんは分かってますね!」
「……お前は本当にそれでいいのかマリー?」
フーリが小声で呟いた言葉はマリーの耳には届いていない様だった。
ギルドでフーリが言っていたのはこの事だったのか。
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