1章 第16話

 ギルドから出て、武具屋までの道のりを歩いている途中で気付いた事がある。それは、この世界は本当に地球とは全く違う、という事だ。

 いや、魔法がある時点で全く違うんだが、それ以外にも違う事が沢山ある。


 まず、人種の違い。確かに地球にもそれなりに沢山の人種がいるんだが、この世界は根本的に違う。

 それは、獣人やエルフの存在。


 さっきのヴォルフもそうだが、この世界では獣人が当たり前の様に存在しているし、誰もその事をおかしいと思っていない。それどころか、当たり前のものとして受け入れている。


 今も周りを見回せば、人族の方が多いのは多いが、獣人やエルフの姿もそれなりに見える。


 そして日常風景の違い。

 日本では車が当たり前に走っていたし、町中に舗装道路があった。

 道路を人が歩いていたら、当然誰かしらが注意するだろうが、この世界ではそれがない。


 道は整備されてはいるんだが、車は通っていない。たまに馬車が通ったりするが、本当にたまにで、人の移動は基本的に徒歩だ。


 環境には優しい世界だろうし、個人的には俺にも優しい世界だ。

 何故かって? それは。


「はぁ、本当ケモ耳最高。ああ、出来る事なら触ってみたい。モフモフしたい」


 俺はケモ耳が好きだからだ。

 ああ、勘違いしないでくれ。別に根っからのケモナーといういう訳ではないからな。


 ただ、日本にいた頃は、よくペットの猫のお腹に顔を引っ付けて、モフモフしていただけで。

 アレ癒されるんだよな。


 つまり、その時の感覚で、ついモフモフしたくなる訳だ。決して根っからのケモナーではない(ここ重要)。


「カイトさん、また言ってる。そんなに獣人の方達が好きなんですか?」

「獣人っていうか、動物が好きなんだよね」


 この世界に犬や猫はいるんだろうか? ヴォルフが人狼族って言ってたから、狼はいそうだけど。


「ほう、カイト君は動物が好きなのか。私と同じだな」

「そうなのか? ちなみにどんな動物が好きなんだ?」


 俺が尋ねると、フーリはパッと目を輝かせ。


「よくぞ聞いてくれた! 私は何といっても馬だな! あの凛々しい顔、しなやかな筋肉、バランスのとれた体、美しい脚線美! どれをとっても文句なしだ!」

「へ、へえ、馬か」


 どうやらさっき馬車を引いていた動物は馬で間違いないらしい。そういえば、馬車とすれ違う時、フーリの視線が馬に向いていた気がしたが、間違いではなかった様だ。


 でも馬がいるなら、犬や猫がいてもおかしくないかもしれない。

 今はまだ無理だけど、もし将来自分の家を持てたら、是非とも飼いたい。そしてモフモフしたい。


「あいつ、元気かなぁ」


 俺は日本で飼っていたペットを思い出した。

 まあ両親や妹がしっかり面倒を見てくれるだろうし、大丈夫だろ。でも、もっとモフモフしたかったなぁ。

 俺が日本を思い出し、少し感傷的な気分になっていると。


「カイト君が好きな動物は何だ?」

「え?」


 いきなりフーリに聞かれて、返答に困ってしまった。

 どうする? 正直に答えるか? でももし正直に答えて、犬や猫はこの世界には存在しない、なんて事になったら困る。


 でも、今まで猫耳の獣人も結構見たし……ま、いいか。その時はその時だ。


「犬や猫なんかが好きかな」


 そう正直に答えて、二人の様子を伺う。さあ、どうだ?


「分かります! 犬も猫もかわいいですよね!」


 マリーの食い付きがすこぶる良かったので、自分の答えが間違っていなかった事を確信する。こっちにも犬や猫は居るんだ!


「いつか自分の家を持って、一緒に暮らすのが夢なんですよ」

「へえ、気が合うな。俺と同じだ」


 この世界にもペットという概念があるらしい。

 それを聞いて、俺は少し安心した。俺もいつか自分の家を持って、沢山ペットを飼いたいな。


 その為にも今は自分を鍛えて、冒険者として成功しないと。


「マリーがかわいい物好きなのは知ってたが、まさかカイト君もだったとはな」

「え? いや、かわいい物好きっていうより、癒されるから好きなんだけど」

「癒されるから?」


 フーリはいまいちピンと来ないらしい。


「話したくない相手と付き合いで飯食いに行ったり。一人一人言う事が違うのに、それをまとめないといけなかったり。仕事した分の給料がきちんと支払われなかったり。とにかく、精神的に参ってる時なんか、特に癒されるじゃん?」


 俺がそう言うと二人の俺を見る目が、なんだか可哀そうな人を見る目に変わっていった。


「カイトさん……」

「カイト君……」

「や、やめろ! そんな目で俺を見るな!」


 社畜時代は本当にペットは癒しだったんだよ!

 俺の気持ちを理解できる奴は、きっと向こうには沢山いた筈だ。

 結局武具屋に着くまでの間、俺は二人に哀れみの視線を向けられたままだった。




 表通りから少し外れた裏の通り、俗にいう裏路地にあるその建物は、一目で武具屋と分かる建物だった。


 だって入口に剣と盾をモチーフにしたデカい看板が掛けられてる上に、でかでかと「ガンツ武具店」って書いてあるし。


「カイト君、ここがこの街の隠れた名店、ガンツ武具店だ」

「隠れた?」


 確かに場所は隠れてるけど、存在感は全然隠れてなくね? むしろこれでもかってぐらいに存在感を主張してる説すらある。


「カイトさん、ツッコんではいけません」

「あ、そうなの?」


 どうやらマリーも俺と同じ事を考えていたらしい。

 いやだって、全然隠れる気ねえもんコレ。めっちゃ堂々としてるし。


「ここの店主のガンツさんは、表通りの武具店にも負けない腕を持っておられるし、破損した武具の修理も気軽に引き受けて下さる」


 へえ、そうなんだ。ていうか表通りの武具店は修理してくれないの?


「マリーの武器の修理も、そろそろ終わる頃だろう。さあ、早く中に入ろう」


 そのままフーリが店内に入っていったので、俺達もそれに続いて店内に入る。


「いらっしゃい、今日は何の用だい?」


 店に入ると、俺の半分ぐらいの背丈のおじさんが話しかけてきた。

 口周りを覆い隠す程伸ばした髭に、筋骨隆々とした体躯は歴戦の戦士を彷彿とさせ、小柄な体格ながらどっしりとした迫力を感じさせる。


「ガンツ殿、先日お願いしていた、マリーの武器の修理は終わっているだろうか?」

「ん? おお、フレイアの嬢ちゃんか。それなら終わってるぜ。ちょっと待ってな」


 そう言うとガンツさんは、店の奥へと入っていった。


「良かった、終わってて。でも、本当に大丈夫かな? 結構派手に壊しちゃったけど」

「あのガンツ殿の事だ。心配ないだろう」


 武器を派手に壊す……マリーって確か後衛じゃなかったっけ? フーリが剣士で、バランス的にマリーは後衛の魔法使いってイメージだったけど。

 キャラ的にも似合ってるし。っと、ガンツさんが戻ってきたな。


「ほれ、次はもっと大事に扱えよ」

「わあ、綺麗に直ってる。ありがとうございます、ガンツさん!」


 店の奥から戻ってきたガンツさんがマリーに手渡したのは、先端に青い宝石が取り付けられた、長杖と短弓だった。

 ……え? 長杖と短弓って、一体どうすれば派手に壊れるんだ?


「全く、一体どういう使い方をしたらあんな壊れ方すんだ? 杖なんか魔石以外ほとんど全部作り直したぐらいだぞ」

「えっ? いや、それは……あ、あはははは。ま、まあいいじゃないですか」


 笑って誤魔化したマリー。いや、本当にどんな使い方したんだ?


「まったく。……おっと、それよりそっちの兄ちゃんはどうしたんだ? 二人の知り合いか?」


 ガンツさんは俺に声をかけながら近寄ってきた。改めて近くで見ると、本当に小さいな。


「うん? どうした?」

「あ、いえ、何でもないです。お察しの通り、俺は二人の知り合いでして。今日は防具が一式欲しくて」

「おお、やっぱりそうか。俺はドワーフのガンツってんだ。よろしくな」


 ドワーフ!? ドワーフって、あのドワーフだよな!? うわぁ、本物のドワーフって初めて見た!


「こちらこそ。近衛海斗です。よろしくお願いします」

「カイトだな。さて、早速だが、防具か。……おいカイト、お前さん駆け出しかい?」


 俺の事を一度頭の天辺からつま先までざっと見たガンツさんは、一目で俺が駆け出しだと見破った。

 すごいな、職人の勘ってやつか?


「ええ、昨日冒険者登録したばかりでして。早速ゴブリン討伐に行こうと思ったんですけど、防具を持ってない事に気付きまして。一式見繕いたいなと」

「初めてのゴブリン討伐ですから。防具は持っておいた方がいいだろうという事で、私達がガンツ殿の店を紹介してあげたんです」


 俺の説明を、フーリが補足してくれた。


「なるほどね。ま、二人が付いてるなら、万が一って事もないだろ。で、予算はどれぐらいだ?」


 あ、そういえば予算の事全然考えてなかった。


 今の手持ちから、防具の予算に回せるのは……やばい。当面の生活費を抜くと銀貨七枚しかない。流石にこの額じゃあ厳しいよなぁ。

 俺はどうしたものかと、手元の銀貨を眺めながら考えた。

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