1章 第15話 ヴォルフ

 その男は、筋骨隆々という程ではないが、一目で鍛えられていると分かる体つきをしていた。


 年の頃は俺と変わらないぐらいか。鋭い目つきにちらっと見える犬歯がどこか危なげな雰囲気を感じさせる。


「えっと……誰?」

「人狼族のヴォルフだ。よく覚えとけ」


 あの耳は犬耳ではなく狼耳だったらしい。いや、今はそういう場合じゃないか。


 どうやらこのヴォルフ君は、俺が二人に寄生しようとしていると思っているみたいだ。いや、ある意味合ってるのかもしれないけど。


「あの、ヴォルフ君? 誤解してるようだけど」

「何が誤解だってんだ? 事実だろ」

「俺は別に、二人に寄生しようとしてる訳じゃ」

「大方アイテムボックス持ちだからって二人に取り入って、楽してランク上げしようとしてんだろ?」

「いや、だから」

「はっ! いいよなアイテムボックス持ちは! なんの努力もしねーで、楽してランクを上げられんだからよ!」


 いや少しは人の話を聞けよ! お前はアレか? 自分の考えが常に正しいと勘違いしてる害獣か何かか?


「はっ、いい事を思いついた。この俺が特別に、お前に冒険者のイロハってやつを教えてやろうか?」


 言いながらヴォルフ君は拳を構え、いつでも殴り掛かれる態勢をとっていた。

 って、おいおい、冗談だろ? 目と目が合ったらバトルとか言い出す口かお前は?


「それ以上カイトさんを悪く言わないで下さい!」


 その時、俺とヴォルフ君の間に割って入ってきた影があった。マリーだ。

 マリーは俺を庇う様に精一杯両腕を開き、その小さな体を張って俺の前に立ち塞がっていた。


「……邪魔だマリエール。そこをどけ」

「どきません! ヴォルフさんこそ、その拳を仕舞ってください!」


 ヴォルフを相手に一歩も引かないマリー。両手を目一杯開き、その小さな体を精一杯張っている。

 この小さな体の、一体どこにそんな勇気があるのだろうか?

 でも、ここでただ守られてるだけってのは、流石にみっともないだろ。


「――っ!? カイトさん!? ダメです!」


 俺がマリーを庇う様に前に立つと、慌てた様子のマリーの声が聞こえてきた。が、俺はそれをあえて無視する。


「お前は俺が気に食わないんだろ? だったら俺が相手だ」

「……ほう? 面白いじゃねえか。だったらお望み通り!」


 足を一歩後ろに引き、殴り掛かろうと構えをとるヴォルフ。俺は覚悟を決め、歯を食いしばった。と、その時。


「そこまでにして貰おうかヴォルフ。それ以上やるというのなら、タダじゃおかない」


 今まで静観していたフーリが俺達の間に割って入ってきた。


「姉さん」

「全く、お前は無茶をする」


 フーリは俺達を庇う様にして前に立つと、腰の剣に手を伸ばし、いつでも抜ける態勢をとった。

 その行動に他の冒険者達も騒めき出し、周囲に緊張が走った。


「……おいおい、本気かフレイア? ギルドの中でそんな事したら、冗談じゃ済まなくなるぜ」


 ヴォルフはそう言いながらも、若干怯んだ様子を見せた。

 どうやらこの事態は、彼にとっても想定外だったらしい。


「ちょ、ちょっと! 二人共何してるんですか!?」


 ただならぬ空気を察してか、受付の奥からエレナさんが慌てて飛び出してきた。

 フーリとヴォルフはエレナさんを一瞥し、また互いに睨みあう。


「出来る事ならこのまま拳を下げて欲しいんだがな。だが、Cランク冒険者の、しかも拳闘士であるお前が、その拳を構えた以上、こちらもそれ相応の対応をとる必要があると思うんだが?」

「……ちっ」


 流石にこの状況は良くないと思ったのか、ヴォルフはバツが悪そうに舌打ちし、俺達から視線を逸らした。


「……わぁったよ。確かにお前の言う通り、俺がやり過ぎた。悪かったよ」


 そう言うとヴォルフは拳を収め、フーリも腰の剣から手を離した。

 途端に周囲の緊張が解け、所々から安堵の声が上がる。


「ちょ、ちょっと! 何やってるのヴォルフ!」


 それと同時にギルドの入り口から、ヴォルフと同じ狼耳の少女がこちらに駆け寄ってきた。

 誰だこの人??


「ロザリーか。別に何でもねえよ。気にすんな」

「何でもない訳ないでしょ! 一体何があったの?」

「だから、何でもねぇっつってんだろ! それよりほら、さっさと依頼済ませに行くぞ」


 そう言うと、ヴォルフは一人でさっさと冒険者ギルドから出て行ってしまった。そうなると当然彼女――ロザリーさんはその場に取り残される訳で。


「……あ、ちょっと待ってよ!」


 ロザリーさんは急いでヴォルフの後を追いかけていった。


「はぁ、緊張したー」


 二人がギルドから出ていった瞬間、ほっと胸を撫で下ろし、安堵の息を吐くマリー。


「ありがとう、マリー。庇ってくれて」

「いえ、いいんですよ。それに、結局カイトさんを庇いきれませんでしたし」


 いや、流石にあの状況で女の子の後ろに隠れてるだけってのは、ちょっとね。


「全く、何事もなかったから良かったが、一歩間違えば大変な事になっていたぞ」

「だって、カイトさんが危ないと思って」


 そういえば、フーリがいなかったら俺達二人とも危なかったよな。下手すると、ケガだけでは済まなかったかもしれない。


「ありがとうフーリ。おかげで助かったよ」

「ああ、別にいいさ。礼には及ばん。それに、あのままだったら、危なかったのはヴォルフの方だったろうしな」

「え? それって――」

「皆さん、ケガはありませんでしたか?」


 どういう事? という言葉は、エレナさんの言葉に遮られ、最後まで言えなかった。


「ええ。幸い、カイト君が少し絡まれただけで済んだので」

「そうですか。急に怒鳴り声が聞こえてきたと思ったら、あんな状況になっててビックリしましたよ」


 確かにいきなりあの状況は誰でも驚くよな。俺が逆の立場でも驚いたと思う。

 エレナさんは俺達三人にケガが無い事を確認すると「何かあったら言って下さいね」とだけ言い残し、そのまま受付業務へと戻っていった。


「さて、邪魔が入ってしまったが、今度こそ依頼に出掛けようか」

「そうだね。あ、そうだ。姉さん、先に武具店に寄りたいんだけど」

「ん? ああ、そういえば今日だったか。構わないぞ」


 今日? 一体何の話だ?


「ありがとう。そういえば、カイトさん」

「何?」

「カイトさんって、防具は持ってますか?」

「いや、持ってないけど」


 生憎防具どころか、これ以外は服すら持っていない。

 俺が素直に答えると、マリーは両手をパンっと鳴らし。


「じゃあ、ついでにカイトさんの防具も見ておきしょうよ!」

「良い考えだな。ゴブリン討伐もあるし、最低限の防具は必要だろう。丁度いい機会だ」


 確かに。考えもしなかったけど、これから冒険者として生きていくなら防具は絶対に必要だよな。


「分かった。じゃあ最初はその武具店に行くって事で。ただ、俺はそういう、武器だの防具だのといった知識は全然無いから、色々と教えて貰いたいんだけど」

「任せて下さい。カイトさんにぴったりの防具が見つかる様、しっかりサポートしますから! 大船に乗ったつもりでいて下さい」


 そのことわざコッチにもあんの!? なんかちょいちょい日本の文化が垣間見えるなこの街。


「頼りにしてるよ」


 俺がそう言うと、マリーは「はい!」と笑顔で返してくれた。


「防具もいいが、武器はどうするんだ? 流石に素手で戦う訳にもいくまい?」


 あ、そういえばフーリにはまだ言ってなかったっけ?


「一応、棍棒を持ってるから、しばらくはそれを使おうと思ってるけど」


 これ言ったら、マリーからは微妙な顔されたんだよな。扱いやすいし、意外と悪くないと思うんだけど。


「棍棒か。当面の間に合わせとしては問題ないが、先々は別の武器を使った方がいいかもしれないな。まあ、それを決めるのはカイト君だが」


 ですよねー。流石にずっと棍棒って訳にはいかないよな。

 まあ、しばらくは戦闘そのものに慣れる方が重要だろうし、それはまた追々考えればいいとして。


「それも含めて、とりあえず武具屋に行こうか」

「賛成!」


 俺達は最初の目的地を武具屋に定めてから、冒険者ギルドを後にした。

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