1章 第13話 そして一日が終わる

 その後しばらく雑談に花を咲かせていた俺達だが、隣でマリーがコクコクと船をこぎ始めたので、今日はそこでお開きとなった。


「すまないなカイト君、マリーはあまり酒に強い方ではないんだ」

「いや、別にいいよ。何となくそんなイメージあったし」


 見た目通りというかなんというか。しかもこの酒(ラガーというらしい)、結構度数高そうだし。


「う~ん、わらしねれらいよ~?」

「うん、もう完全に撃沈してるな」


 既に呂律は回っておらず、瞼も開いていない。さっさと部屋に戻って寝た方がいいって。


「さて、私はこのままマリーを連れて部屋に戻るが、カイト君はどうする? もしここに泊まるのなら、そこで部屋を借りるといい」


 二階へ上がる階段のすぐ下辺りを指差しながらフーリが場所を教えてくれた。


 そこには、小柄なマリーより更に一回り程小さい背丈で、長い黒髪を後ろで一本にまとめ、白いエプロンに身を包んだ少女が立っていた。目元はぱっちりとしており、快活なその笑顔は、見ていると自然と貰い笑いしてしまいそうになる。


「はい! 賢者の息吹の看板娘、アミィです! よろしくお願いします、カイトさん。今夜はお泊りですか? でしたら、今のお食事代も込みで……おまけして大銅貨四枚でいいですよ!」

「えっ」


 大銅貨四枚。想像以上に安くて驚いてしまった。

 ちらっとフーリの方を見てみると。


「アミィ、カイト君には随分おまけするじゃないか。私達の時は大銅貨五枚だったのに」

「だって、カイトさんは二人とパーティを組むんですよね? 今まで誰ともパーティを組もうとしなかった氷炎の二人と。そんな将来有望なカイトさんには、今後とも是非御贔屓にして頂かないと!」


 わお、打算込みでしたか。でもそういうのを素直に言うのは逆に清々しくて好感が持てるな。隠す気ゼロだし。


「お前、本人を前にして堂々と……」

「いいじゃないですか。カイトさんって、そういうの気にしなさそうですし。ね?」


 こっちを見てウィンクをしながら聞いてくるアミィ。この娘、よく人を見てるな。恐らくさっきまでの俺達のやり取りを見ていたのだろう。


「そうだな。逆に清々しくすらある」

「やっぱり! カイトさん、是非ウチに泊まって行って下さいね! いっぱいサービスしちゃいますから!」


 我ながら単純だが、こんな風に言われると悪い気はしないな。


「それじゃ、ココに泊まらせて貰おうかな」

「はい! ありがとうございます! それじゃあコレ、お部屋の鍵です。丁度フーリさん達の隣の部屋が空いてるので、そちらにお願いします!」


 そう言ってアミィは部屋の鍵を俺に手渡してきた。それは漫画なんかによく出てくる、丸い輪っかから棒が伸びて、二本ぐらい横に突起が伸びているという、典型的なアレだ。

 この形状の鍵を生で見たのは初めてだけど。


「代金は先払い制なので、今お支払いして貰ってもいいですか?」

「先払いね。大銅貨四枚だから……はいコレ」


 俺は財布(巾着袋)から大銅貨四枚を取り出して、アミィに手渡した。


「はい、丁度ですね。それじゃあそのままフーリさんに付いて行って貰っていいですか?」

「案内するのは私なのか!?」


 アミィの答えが予想外だったのかフーリは素で驚いていた。


「まあまあいいじゃないですか。どうせ隣なんですから」

「確かにそうだが……はあ、まあいい。どうせ隣だからな。それではカイト君、付いて来てくれ」

「あ、ああ。分かった」


 最終的にフーリが折れて、やれやれといった風に納得し、俺に付いて来るよう促すと、完全に寝てしまったマリーを背負って階段を上り始めた。なんかフーリって苦労人の臭いがするんだよな。


 フーリ、強く生きてくれ。


「おやすみなさーい。明日の朝ごはんも食べに来てくださいね!」


 階段を上り始めると、下からアミィの声が聞こえてきた。

 もう結構いい時間なのに、アミィはまだ仕事するんだよな。

 ……今度何か差し入れでも持ってくるか。


 そんな事を考えながらフーリに付いて行った。

 マリーをおぶってあげないのかって? 彼女いない歴=年齢を舐めんな! そんな勇気はない!


 まあフーリがキツそうなら流石に変わるけど。だって軽々背負うんだもん。アレ絶対背負い慣れてるって。




「ここが私達の部屋だから、カイト君の部屋はこの隣だな」


 そこは階段を上って突当りにある部屋だった。その隣が俺の部屋って事は、今俺が立ってるここが、今日俺が泊まる部屋って事か。


「それじゃあ私達はここで。何かあったら教えてくれ」

「分かった、案内ありがとうな」

「なに、構わないさ。おやすみカイト君」

「ああ、おやすみ」


 そう言うと、フーリはマリーを連れて部屋に入っていった。それを見送り、俺も自分の部屋に入る。


 部屋の中は大きめのシングルベッドが一つと、テーブルとイスが一組、木製の衣装ダンスが一つあり、一晩泊まるだけなら充分すぎる家具が揃っていた。


 とりあえず扉に鍵をかけ、シャツとズボンを脱いで衣装ダンスに放り込みベッドに寝転ぶ。


 流石に日本のベッドに比べると寝心地は劣るが、思ったよりも寝心地は悪くなかった。

 そのまま目を瞑り、今日一日の出来事を振り返る。


 朝起きて会社に行き、残業をこなして帰宅途中にトラックに激突され、自称女神様に訳も分からないまま異世界に放り出された。


 こっちに来てからも、プチサバイバルをしながら人里を目指し、気絶したマリーを見つけ、ゴブリンと戦い、パーティ勧誘を受け、ペコライの街に辿り着き、冒険者登録をして、フーリに出会い、今に至る。


 なんというか、濃い一日だった。これが夢だと言われてもあっさり信じてしまうぐらい。


 むしろ夢だと言われた方がまだ納得出来る。このまま眠り、朝起きるといつもと変わらない日常が始まるのだ。


 夢で見た異世界転移は楽しかったなあ、と思い返しながら、いつも通り仕事が始まって「いっそ本当に異世界転移とかしないかな」とか考えながら仕事が終わる。


 家に帰ると両親と妹が出迎えてくれて、晩飯を食べて風呂に入り、ゲームをしたり漫画を読んだりして、寝るまでの時間を過ごす。

 そんな当たり前の日常が……もう俺の両手から零れ落ちてしまった。


 新しい人生は確かにワクワクする。魔法ももっと使ってみたいし、冒険者生活もどんなものか凄く興味がある。まだ見ぬ世界、ワクワクしない筈がない。それは間違いない。

 でも。


「……いや、これは無い物ねだりか」


 そんな事を考えていると次第に睡魔が襲ってきて、俺は自然と眠りの世界へ落ちていった。




「ん、んぅ」


 窓から差し込む日の光で俺は目を覚ました。どうやら昨日はベッドに寝っ転がり、そのまま眠ってしまったらしい。


 変な態勢で寝てた所為か、体が少し痛む。

 もし二十九歳の体のままだったら、この程度では済まなかっただろう。流石は十九歳、まだまだ若い。


「ん、ん~……はぁ」


 ベッドの上で軽く伸びをしてから立ち上がる。

 さて、マリー達はもう起きてるかな? そう思い、扉の鍵を開けた所で、自分がどんな格好をしているか思い出した。


 危ねぇ。ついいつもの癖でそのまま部屋から出る所だった。

 俺はギリギリのところで思い留まり、服を取りにタンスへと向かう。が、ここで事件が起こる。


 先に弁明させて貰うと、俺がギリギリ出なくても、向こうから来たらどうしようもない訳で。


「おはようございます! カイトさん、起きてますか? ……え?」


 マリーが突然扉を開けて、俺の部屋に入ってきた。そして、目の前に俺の姿を見つけ、そのまま固まってしまった。


 そこには、タンスから服を取り出しながらパンツ一丁で固まる俺。その俺を見つめながら同じく固まるマリー。一瞬の間が空き。


「し、失礼しましたぁ!」


 茹でダコの様に顔を真っ赤にしたマリーは、ものすごい速さで部屋から出ていった。

 え? これって俺、悪くないよな? え、大丈夫だよね? 追いかけた方がいいのか?


 とりあえず服を着て、と。……よし、フーリを探すか。きっと苦労人フーリならどうにかしてくれる筈だ。

 そんな謎の信頼をフーリに抱きつつ、俺はマリーの後を追い、部屋から出ていった。

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