1章 第12話 宿屋にて

 しばらくすると、料理が数品とビールの様な飲み物が三人分届いた。


「さあ、温かい内に食べようか」


 テーブルの上にはキノコと肉の炒め物、魚と野菜の揚げ物に、あんをかけた物、サラダ。そして人数分のオイ椎茸のグラタンが並んでいる。なんか日本でも見た事のある様な料理が出てきたな。具材が何なのかは分からないけど。


 とりあえず飲み物を一口……この味。これビールだ。まさかこの異世界に来てビールを飲めるとは思ってもみなかった。

 次はキノコと肉の炒め物を一口。


 うん、旨い。これ味付け何でしてるんだろう? ピリッとした刺激と、ジューシーな肉の旨味が絶妙にマッチしている。キノコの食感もシャキシャキしていて、これがまた噛んでいて楽しい。

 これは、酒が進むな。


「いい食べっぷりだな。口に合ったようで何よりだ」

「ああ、すごく旨いよ。手が止まらなくなる」


 合間につつくサラダはさっぱりとした柑橘系のドレッシングがかかっており、いい感じに口をリフレッシュしてくれる。

 おかげで次の料理も存分に味わえそうだ。


 俺はあんかけを口に運ぶ。……あ、これ旨い。野菜の甘みがあんにしっかり溶け出していて、それが魚によく絡んでいる。しかもこの魚、外はカリッとしてるのに、中はふわっと柔らかい。これもまた手が止まらなくなる。


 ふと気になって隣を見てみると。


「オイ椎茸のグラタン、最高!」


 マリーが夢中でオイ椎茸のグラタンを頬張っていた。流石マリー、ぶれないな。

 でも他の料理がこれだけ旨いんだ。オススメだというオイ椎茸のグラタンは相当旨いんだろう。


 そう思い、オイ椎茸のグラタンを一口食べてみた。


「……旨い。確かに旨いけど、そこまで絶賛するほどか?」


 確かにオススメだけあって、オイ椎茸のグラタンは旨かった。けど、正直そこまで夢中になる程かとも思ってしまう。

 これは、アレだな。期待しすぎてハードルが上がったんだ。


 もしも前情報無しで食べていれば、もっと絶賛していたかもしれない。


「何言ってるんですかカイトさん。このオイ椎茸のグラタンは最高なんですよ。オイ椎茸の食感を損なわず、それでいて旨味はグラタン全体に溶け出し、それをたっぷりのチーズが逃がさないように包み込んでいて、なのに全く喧嘩していない。絶妙のバランスの上に、この味は成り立っているんです!」


 なんかめっちゃ語り出した!? 若干目がいっちゃってるし。俺は助けを求めてフーリに視線を向けたが。


「諦めろカイト君、そうなるとマリーは長い」


 無慈悲にも見捨てられた。

 その後しばらくの間、マリーのオイ椎茸談義を聞き続けるハメになってしまった。




「さて、そろそろ本題に移ろうか?」

「本題?」


 マリーのオイ椎茸談義が一息ついた頃合いを見計らい、フーリが俺達二人に視線を向けながら話しかけてきた。

 一体何の話だろうか?


「実はさっき、私は冒険者ギルドに寄ってきたんだ。丁度二人とは入れ違いだったみたいだがな」

「え、そうだったの姉さん?」


 あらま、入れ違いとはツイてない。


「ああ。それで、その時エレナさんに聞いたんだが。カイト君が我々とパーティを組むことになったというのは本当か?」


 その言葉に、まだ語り足りなさそうにしていたマリーが、またもビクッとしていた。


「……まあ、色々言いたい事はあるが、今は置いておこう」


 その言葉を聞き、マリーはほっと胸を撫で下ろしていた。だが、勘違いしちゃいけないなマリー。フーリは「今は」って言ったからな。


「何故カイト君と我々がパーティを組む事になったんだ? 聞けば彼は、今日冒険者登録をしたばかりの駆け出しだというじゃないか。私たちはこれでもBランク冒険者。失礼を承知で言わせて貰うが、実力が違い過ぎる者同士がパーティを組んでも、あまり良い事はないぞ?」


 うん、俺もそう思う。正直俺の実力も見てないのに、アイテムボックス持ちだからって理由だけでパーティ勧誘してきたマリーがおかしいんだ。


「さて、説明して貰おうか」


 そういうフーリの機嫌は、少し悪そうだ。まあ自分が知らない間にパーティメンバーが増えていたら、普通はそういう反応になるよな。しかも相手は自分よりも格下。駆け出し冒険者なのだ。


 酷い話、寄生されていると思われても仕方がない。

 俺は「どうする?」という問いかけを込めて、マリーの方に視線を向けた。俺が説明してもいいけど、正直、上手く説明出来る気がしないんだよな。そう思っていると。


「姉さん、カイトさんをパーティに誘ったのには理由があって」


 俺の考えを察してか、マリーがフーリに説明をしてくれようとしている。ちょっと情けないけど、ここは余計な口は挟まないようにしよう。


「理由?」

「実は、カイトさんはアイテムボックス持ちなの」


 いきなり直球勝負に出たマリー。


「何? アイテムボックス持ちだと?」

「そう、しかも」


 フーリに手招きし、耳を貸すように言うマリー。

 何だ? 誰かに聞かれると不味い話でもするのか? 俺は一応周囲をキョロキョロしながら見回してみたが、特に聞き耳なんかはたてられていない様だ。


「カイトさんのアイテムボックス。容量が無限みたいなの」


 マリーの声はかなり小さく、隣にいる俺でさえ辛うじて聞き取れる程度だ。


「……何だと? マリー、それは本当か?」

「うん、多分。一応本人に聞いてみたけど、間違いないみたい」


 マリーがチラッと俺の方に視線を向けてきたので、一度頷いておく。

 そうそう。俺のストレージって、容量の表示なんてないんだよな。


「カイト君、一つ確認させてくれ」

「ん? 何?」

「実は今マリーから聞いたんだが」


 うん、知ってる。なんなら隣で聞いてた。

 フーリはそこまで言うと、俺のすぐ傍に来て。


「アイテムボックス画面の右下に、容量を示す数値が出ていないというのは本当か?」


 俺の耳元で、小声で問いかけてきた。い、息が。耳に息が……じゃなくて!


「あ、ああ。確かにそんな数値は見当たらないけど」


 何? それってそんなにやばい事なの?


「……その顔。ピンときていないみたいだな。記憶喪失というのは、どうやら本当の事の様だ」


 いや、その顔ってどの顔? 俺ってそんなに変な顔してる?


「ね、私の言った通りでしょ、姉さん?」

「ああ、今回だけはマリーの言う事が正しいみたいだな」

「だけって何!? だけって!」

「マリーのいう事が今まで正しかったことが何回ある?」

「あ、あるもん! 少しぐらいあるもん!」

「ほう? だが、ついこの間だって――」


 と、二人がそのままじゃれあいを始めてしまった

 いやいや、そこの二人。勝手に二人だけで盛り上がらないで。俺が置いてけぼりになってるから。


 そんな俺の思いが通じたのか、フーリが俺の方を向いて。


「すまない。話が脱線したな」


 ゴホンと、咳払いを一つするフーリ。


「とりあえず、事情は把握した。そうか、カイト君はアイテムボックス持ちなのか。マリーが誘ったのも納得だ」


 え? フーリもそれで納得すんの? マリーに聞いてはいたが、アイテムボックス持ちってそんなに貴重なのか。


「カイト君、一つ忠告をしておこう」


 と、フーリの表情が突然険しくなった。


「その容量についてだが、出来ればあまり人に知られない方がいい。でないと、厄介な連中に目を付けられるかもしれないからな」

「厄介な連中?」

「どこの世界にも、良からぬ事を考える輩はいる、という事だ」


 そこまで言われて、俺もようやく事の重大さに思い至る。

 つまり、俺のストレージ欲しさに、詐欺師や人攫い、他にも沢山の犯罪者が寄ってくるかもしれない、という事か。


 いや、犯罪者だけならともかく。この国のお偉いさんなんかに目をつけられたらと考えると……うん、俺のアイテムボックスは容量有限。平和イチバン。アラソイ、イクナイ。


「うん、分かってくれたようで何よりだ。とりあえず、誰かに容量について聞かれたら「百キロぐらいです」とでも答えておくと良い。それがアイテムボックス持ちの平均ぐらいだ」

「容量ってキロ単位なんだ」

「何か言ったか?」

「いや、別に」


 まさかの事実。アイテムボックスはキロ換算らしい。というかキロ換算って、地球と同じだな。なんて思ってると。


「さて、カイト君のパーティ加入についてだが、私も賛成だ。ただ、カイト君には最初に色々と経験を積んで貰って、ある程度の実力を身に付けて貰いたい。二人とも、それでいいか?」

「俺は特に異論はない」

「私も!」


 最初から高ランクの討伐依頼とか言われても無理だと思っていたし、戦闘の基本も身に着けたい俺からすると、まさに渡りに船である。


「よし、それじゃあ明日は早速三人で依頼を受けよう。マリー、明日はすっぽかすなよ?」

「もー、分かってるって」


 明日から俺の冒険者生活のスタートか。なんだかワクワクしてきた。

 俺達はそのまま明日の予定について話し合った。ちなみにマリーは、いつ注文したのか、二杯目のオイ椎茸のグラタンを食べていた。


 本当に好きなんだな、オイ椎茸。

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