神々の戦略会議 2

 神々の戦略会議から一時、現実世界へと帰っていた豊穣神ほうじょうしんが、自らの従僕である妖精族の長と共に、再び会議室へと姿を現した。


「至急の連絡ってのは、なんだったんだ?」

 早速、声をかけたのは、魔族たちの信仰する神――魔神だ。カタカタカタ、カタカタカタ、と暇潰しに右手の長い黒爪で事務机を叩きながら。

「皇族の一人、カゲツ=ワイファウンダーが、レイと名乗る従者を連れ、湿原を渡って亡命してきた。助けてもらいたい、と」

 豊穣神の返答を聞いて、魔神は指先を止める。


 パタン、と善神は読んでいたマンガを閉じた。異なる世界線の神が「読んで!」と送り付けてきた娯楽作品の表紙では、ピンク髪の女の子が巨大な剣を手に凛々しく笑んでいる。

「助けてもらいたいというのは、邪神復活を企む者たちから、ということかしら」

「まだ丁重に問い質しているところだけど、今のところ、わかってるのは二つかな」

 神々はそれぞれ、従僕である種族を通して、いかなるときも現世を視ることができる。

 今、妖精国では、突然の事態に人間族との国境の警備を強め、あらゆる事態に対処できるように軍の配置も進んでいるわけだが。

 その軍の幹部級と、国務を担っている者たちの幹部級とで急遽構成した組織によって、亡命者である人間族の皇女と従者を尋問しているところだ。


「二つってぇのは?」

 魔神、善神、ひと言も発していない清水神せいすいじんの眼が、豊穣神に向く。

「皇族は、亡命してきたカゲツ=ワイファウンダー以外、殺されてしまったということ。もう一つは、邪神を復活させようとしている者の正体が、リリィ=ブイホルダーということ」

「リリィ=ブイホルダー……そいつは、数十年前の、あの歌姫と同名じゃねぇか」


 リリィ=ブイホルダー。

 その人間の名前について、四柱の神々は知っていた。

 かつて自分たちが脅威に感じた『創作者』と同じ名前。

 果たして、同一人物なのだろうか。

 ……いや、きっとそうなのだろう。

 なぜなら。


「同一人物でしょうね」善神が静かに述べた。「カノジョなら世界を壊す動機があるから」

「……ま、そうだな。世界っつうか、オレたちっつうか、怒り憎む意味がある」

「信仰を守るため創作を恐れた。あの弾圧は過ちだったと、今では思うわ」


 ――バンッ。

 五秒ほどの間を置いて、魔神は事務机を掌で打った。


「あの当時はあの当時で、世界が乱れていた、それを正すために動いたんだ、行きすぎだったとしても、神が後悔することは許されねぇだろ。それこそが弾圧した者たちへの侮辱だ」

「……そうね。神が迷えば、生命も、世界も、迷ってしまう。進むしかない」

「そうだ。動機がどうであれ、邪神復活だけは阻止しなきゃならねぇ。復活を阻止できなきゃ最期、この世には混乱と暗黒が満ち、神の線を超え、異なる世界への侵略も始まる」

「ええ。邪神復活だけは許してはならない。それは、あらゆる世界線の、あらゆる神々に共通すること。だから、阻止するために、やることをやる。それだけね」


 かつて、自分たちへの信仰が揺らぐとして、あらゆる創作物を恐れてしまった。

 その恐れゆえに、種族を導くという言葉の下、自由を弾圧してしまった。

 今となっては過ちであることを、ここにいる神々は理解している。

 神であったとしても、意思があるのなら、喧嘩もするし、失敗もするのだ。

 だから古より、あらゆる世界線において、神と神が戦争をおこなってしまう。

 だから古より、あらゆる世界線において、どの神が正しいかで種族間戦争が起きてしまう。

 だから古より、あらゆる世界線において、神の理不尽に抗うための抗神戦争が生まれてしまう。

 同じことをずっと、ず~~~~っと、どの世界線でも繰り返してしまうのだが、もう、そういうものだからしょうがないのだ。

 でも、しょうがないで済ませてはならないことも、存在する。

 それが、邪神の復活なのだ。

 邪神が復活してしまえば、有無を言わさず、世界は邪悪に堕ちてしまうから。


 大半の神は、反逆されることを赦している。

 もちろん、赦すからといって、受け入れるわけではないが。

 だから、抗うための戦いが起きる。

 しかし、邪神の場合は違う。

 邪神相手に、反逆というものはない。

 神に刃向かうという、ある意味での、生命に与えられた自由という権利が存在しない。

 邪神が復活してしまえば、邪神の存在だけが唯一の理となってしまうのだ。

 それだけは阻止しなければならない。


「で、だ」仕切り直したのは、魔神だ。「まず、その亡命者は、邪教の支配を受けてはいないんだろうなぁ。亡命者を装った侵略者ってことは、ないのか?」

「それは、まだ、なんとも」答えたのは、豊穣神。「尋問と監視を続けるしかないねぇ」

 亡命してきて、まだ一日も経過していないのだ。

 腹の内に何かしらの企みを潜ませていたとしても明らかにはできない。


「ま、そうだわな。思惑があるかもしれねぇから、見張り続けるしかないか」

「とはいえ、大きな進展よ。リリィ=ブイホルダーの存在が判明したのは」

「ソイツが本当に首謀者か、わっかんねぇぞ? もしかしたら、偽情報かも」

「そうね。だとしても、今の、むやみやたらに人間を殺す作戦は変えられる」


 善神は、ずっと、嫌だった。

 どこの誰が邪神復活を企てているかわからない以上、邪神を復活させてしまうくらいなら人間族を皆殺しにしたほうがマシだから魔神に同調してきたけれど。

 本当は、殺さないで済むのなら殺したくはなかった。

 エルフ族とは違って自らの従僕ではないとはいえ、この世界に生きる命なのだから。


「ほぉ。どう変えるんだよ」

「決まっているわ。リリィ=ブイホルダーと、その周りを囲う者たちを殺すのよ」

「暗殺ってわけか」

「諸悪の根源が判明したのなら、まずはそれを消す。それが最良でしょう?」

「……だな。暗殺となると、妖精の出番か?」

 妖精族は、ほかの種族と違って、とても小柄だ。

 中には、蟲と変わらない大きさの者もいる。

 潜み、気付かれず、殺す。

 暗殺に必要な要素に最適なのは、確かに妖精族だろう。


「いえ、妖精はダメ。その亡命してきた皇女をまだ信頼できない中で、妖精が軍を大きく動かすのは危ういわ。もしかすると、内部から妖精国を壊してくるかもしれないし」

 ハッ、と魔神が笑い飛ばす。

「壊す、だぁ? どうやってだよ。従者一人と、たった二人なんだろ?」

「……邪族を呼び出せるほど、邪力との結びつきを強めているとしたら?」

「……悪かった。油断は禁物だな」

「そうよ。だから、豊ちゃんと妖精族は、とにかく不穏な動きがないか監視を続けて。外から敵を呼び込んでくる恐れもあるから、国境の湿原と、湿原を渡った森の見張りも厳重に」

「もちろぉ~ん」

 豊穣神の背後に仕えている妖精王も、無言のまま深く頷いた。


「ってぇなると、エルフがやるのか?」

「ええ。リリィ=ブイホルダーの暗殺、さらにリリィ=ブイホルダーの周りにいる仲間、組織の壊滅を目的として、エルフは特殊部隊を幾つか編成し、任務を開始するわ」

「魔族は……戦線の維持でいいか?」

「そうね。エルフの部隊は、主に大都市への潜入を試みるから、魔族は戦線を維持して敵の目を集めて。とくに、邪炎じゃえんの使い手を」

「魔族に自殺してくださいって言ってるようなもんだなぁ」

「そうね、ごめんなさい」

 まさか謝られるとは思わず、魔神は面食らった。

 ハッと、再び笑い飛ばす。

「しょうがねぇことだ。邪炎相手に差もねぇけど、魔族がいっちばん頑丈だからな」


「魔族の犠牲が一人でも減らせるよう、すぐに動くわ」

「ああ。これまで日和ってやがったぶん、キリキリ働かせろよ」

「日和っていたわけじゃないわ。何の罪もない多くの人間を殺したくなかっただけよ」

「はいはい。ほら、エルフ。さっさと部隊を編成してこい」

 エルフ女王の視線が、主である善神の後ろ姿へと移ろう。

「行きなさい。潜入と暗殺に適した人数と人選で、編成し次第、すぐに決行して」

「畏まりました」


 女王の姿が、始めからなかったかのように、消えた。

 これにて、作戦会議は、大きな転換点を迎えたのだった。


「ところで、転生者の気配は、未だに掴めねぇのか?」

「ええ。こうも見つからないとなると、繋がりを阻害されている可能性が高いわね」

「お前と、転生者の、ってことか?」

「そう。繋がりが薄弱にされたうえに、今も何か邪魔をされているのかも」

「そんなの、どんな存在がやれるんだよ……って、あぁ、邪神か」

「ええ。私たちなんかよりも遥かに強い力を持ち、ありとあらゆる物事の始まり――世界とか世界を区切る線とか、星々とか、そもそも何かが存在するという概念など、あらゆるすべての事象の、事象というものさえも生んだとされる原初の原初である一柱の邪神なら、封じられていたとしても、どうにかして、あらゆることに干渉できるのでしょう。だから、私たちが私たちの世界に、種族に、神の力を与えないという制約を設けたことも知っている。つまり、自分の従僕である邪族と戦うことになったとき、転生者を頼るということも」

「だから、転生者を封じてきた、ってことか?」

「まあ、憶測だけれど」

「ふん。原初の一柱ってぇのは、そこまでなのか」

「……そうよ。恐ろしいのよ。苦しい戦いを強いられているのよ。だから、戦況打破のためにも、邪神の復活が進み、世界がより混沌したときのためにも、早く転生者を見つけなければならないのだけれど」

「見つけられねぇようにされてるかも、ってわけだ」

「そう」


転生者でないと、この世界線を管理する、善神や魔神といった神族の力を振るうことはできない。たとえ従僕であるエルフでも魔族でも、使うことは赦されていない。

 赦さない、という制約を自分たちで設けたからだ。


「ったく、こんなことなら、お前と戦争したときに、制約なんて作らなきゃよかったよ」

「バカね。あのとき、という制約を設けることで、私たちの戦いを、エルフと魔族の代理戦争を、終わらせられたんでしょう」


 かつて、善神と魔神は、争った。

 それはもう醜悪な権力闘争だった。

 善神の従僕であるエルフも。

 魔神の従僕である魔族も。

 無数の命が喪われた。


 その、今となっては馬鹿馬鹿しい古代な戦争を終わらせるため、善神と魔神はお互いに力を封じることにした。まず、お互いの力を、大地と海に分ける――豊穣神と清水神を創造することで弱め、さらに、それまでは互いの従僕に与えていた自らの神力を、今後一切、使わせないという制約をかけたのだ。制約はもちろん、豊穣神と清水神にもかけられている。


「ともあれ、どうにかして転生者を見つけられねぇもんか」

「エルフがその転生者の血を浴びれば、エルフの肉体を通じて私が気付くことはできると思う。命を構成するものは魂にも繋がっているから」

「どうやって実行するんだよ、それ」

「さぁ」

「さあって、お前なぁ。まあ、いい。とりあえず会議はお開きにするか」

「ええ。早く出て行きなさい」

 この会議室を構築・維持しているのは、善神だ。

 だから、その権限で、空間はいつでも壊される。

「あいよ。んじゃ、また世界が進展したら、そのときに」

 魔神が、魔王と共に、姿を消した。

「んじゃ、またいつかぁ~」

 豊穣神と妖精王が戻っていく。

「……では、失礼いたします」

 この会議が始まって初めての一声と一礼のあと、清水神は龍人の女王と帰っていった。


 パチンと、善神の指先が鳴らされた。

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