2部3章 行商隊が訪れるまで、およそ三ヵ月。日常変化の兆し 7

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 村役場に集合した面々――村長さん、村長さんの配偶者であるアリラさん、ハーナさん、そしてナーナ、シルキア、オレたちは黙ったまま机の上のを見下ろしている。

 それの正体は、ひと振りの剣。

 オレたち子ども三人が、森で出会った女性から受け取ったもの。

 女性は言った。

 この剣をセオ=ディパルの墓前に供えて欲しい、と。


 ふぅ、と細く息を吐いたのは、村長さんだ。

「まさかのぉ。セオが皇族様にこれほどまで寵愛されるほど、頑張っていたとは」

「あの子は頑張り屋さんでしたからねぇ」

 アリラさんの言葉に、ハーナさんがうんと頷く。


「……アリラさんや」

「……なんでしょう、エンウィさん」

 村長さんたちは、夫婦となった今でも、互いのことを名前で呼ぶ。

 なんか……なんか上手く言えないけれど、これだけ高齢になってもそういうの、いいなぁと思った。


「我々は、森へ行って、ご挨拶するべきなのだろうか」

「……いいえ、しないべきでしょうねぇ」

「どうしてそう思う?」

「村にいらっしゃらないということは、何か、とても大事な事情があるということ。それなのに我々が会いに行くことは、ご迷惑にしかならないと思います」

「……ふむ。それもそうだな。となれば」


 村長さんが、オレたち三人を順に見た。

「お前たちも、森へ行くことは禁じる。よいな?」


 オレは、ナーナに顔を向けた。

 目が合った。

 うん、とカノジョは頷いた。

「わかりました。言う通りにします」

「絶対だぞ? 皇族様への無礼は、最悪の場合、死罪となる。それは子どもであってもだ。我々はお前たちを失いたくはない。だから、本当に、よいな?」

 嘘を吐いて森へ行った前科があるからか、村長の念押しは迫真のものだった。

「はぁい、わかってますよぉ」

 念押しの原因が自分にあるとわかっているのか、ナーナの返事は大人しいものだった。

「アクセルも、シルキアもだ。我々はちゃんと、お前たちが行商隊と共に旅立つのを見届けたい。無謀なことだけは絶対にしないでおくれ」

 ちゃんと、見届けたい。

 無謀なことだけはしないでおくれ。

 その言葉には確かな温もりが感じられた。

「はい。村長さんの言いつけを守ります」

 シルキアは、怒られていると感じているのか、先ほどからオレの左太腿に抱き付いた格好で背後に隠れていて無言だけれど、独りで勝手なことはしないだろう。


「よし。では、アクセル。お申し付けのとおり、この剣をセオの墓へ立ててきてくれ」

「わ、わかりました」

 オレでいいのか?と思いもしたけれど、歯向かう意味も思いつかなかった。

 卓上で横たわっている豪奢な剣を両手でしっかりと握る。

「エンウィさんや」

「なんだろうか」

「墓に立てるとして、その剣を見た者たちへの対応は、どうしたらいいだろうか」

 確かに、それはそうだ。

 こんなものが急に墓にあれば、誰しもが気に留める。

 オレたち子どもが知らなかっただけで、大人たちは皇族の紋章を認識しているだろうから、村全体がざわつくはずだ。

 一体どうして皇族様の剣があるのか、と。


「……セオは長く軍に務めていた。だから村長として、ワシはセオの死を報せるため、リーリエッタへと手紙を出した。すると、従者の方が、手向けとしてこの剣をと持ってきてくださった……といった物語で、納得してくれると思うが、どうだろうか」

「そうねぇ……うん、いいと思うわ」

「では、これで。ハーナ、それに三人も。誰かに何か問われるようなことがあれば、村長に聞いてみて欲しいとだけ言うように。よいな?」

「わかりました」

 ハーナさんに続いて、オレたちも了解した。


「それでは、緊急の話し合いは、これにて解散とする」

 村長さんのそんな締め括りで、森から帰ってきたオレたちが持っていた剣を発端とした緊急会議は、幕を閉じた。

「くれぐれも、森で会った二人組の女性のこと、口外しないように」

 森での件は、村長さんたちにちゃんと説明した。

 主に、ナーナが。カノジョが言葉に詰まったときには、オレが言葉を挟みながら。

「わかりました」と、オレたち三人は頷く。

 口外なんてしてしまえば、わざわざこの最低限の人数で集まった意味がないから。


 剣を手に、村役場から出る。

 辺りに人の姿はない。

 まだ仕事をしているのか、

 もしくは仕事を終えて片付けをしているのか、

 もう家に帰って夕食の支度をしているのか、

 それともすでに休んでしまっているのか。

 何はともあれ、誰かに剣のことで絡まれることなく、墓まで行けそうだ。

 ハーナさんとナーナ、シルキアと並んで歩き出す。


 ……皇族様、ご本人だったのかな。

 皇族の紋章がどうのと言われて真っ白になった頭に次第に浮かんだのは、この剣を放った女性の顔だった。その立ち姿だった。笑顔で手を振るその姿だった。

 ……もしそうだとしたら、とんでもないことだよな。

 皇族様と言葉を交わすだなんて、恐らく貴族でも簡単なことではないはずだ。かなりの税金を納めている大商人であっても難しいだろう。グレンさんだって未経験かもしれない。

 ……凄いこと、だよな。いやでも、死罪になったりしないよなぁ。

 浮かれていた気持ちが、ひゅっと縮んでしまう。

 知らなかったとはいえ、かなり無礼な態度をとっていたはずだ。

 皇族様とは存じ上げなかったのですぅと許しを請うて、見逃してもらえるのだろうか。

 最悪、オレもシルキアもナーナも、死罪?

 ……いやでも、あの人がそんな簡単に死罪だなんて、しないと思うけど。

 出会い、言葉を交わした時間は、合計で一時間もいかないだろうかというほど短い。

 だとしても、雰囲気というか、そうそう子どもを死罪にする人柄ではない気がする。

 ……それに、この剣のこともあるし。

 もしも無礼だと感じていたのなら、大事なことを任せてきたりしないだろう。

 考え出せば不安は尽きず、新しい心配の種は芽生えるが、しょうがない。

 これもまた生きているということだ。


 墓が見えてきた。

 着くまでの間、誰もひと言も喋らなかった。

 元から差さっていた一本を抜き、みんなで盛り土を整え、二本を差した。


 ディパルさんの剣と。

 皇族の紋章が入った剣。


 並ぶ二振りをこうして見ると、カノジョが相当な剣士だったんだと改めて思った。

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