2部3章 行商隊が訪れるまで、およそ三ヵ月。日常変化の兆し 3

「――あたし、森で会った人たちに、ディパルさんのこと伝えてこようと思う」


 いつもと違うことがあったとしても、仕事をこなせば身体を疲れるから、不安や心配で眠れないなんてこともなく翌日を迎えることができた。なんなら、夕食をみんなで食べ、寝支度を済ませて横になる頃には、のことなんて頭からスコーンと抜けていたほどだ。なんなら、病気の鶏のことのほうが、オレの頭を埋めていた。

 だから、ナーナにそう言われて、なんのことか即座には理解できなかった。

 もちろん、少しきょとんとしてしまっただけだが。

 昨日の森の一件は、それほど、衝撃的なことといえばそうであったから。


「え~、本気で? 危ないし、やめておいたほうがいいよ……」

 オレとシルキア、それにナーナの三人は今、ナーナの仕事場にいる。

 さあ今日も仕事だ!と家を出てすぐ、ナーナに腕を引かれ連れて来られたのだ。

 ナーナの仕事場は、お客さんさえ来なければ、秘密の話し合いにはピッタリだから。

「そうかなぁ」

「そうだよ」


 どんな用件であれ、村に顔を出さないなんて、明らかに変。

 何かやましいことがあるみたいじゃないか。

 お尋ね者みたいだ。


「でもさぁ、ディパルさんに会いたいだけだったら、危なくないんじゃない?」

「会いたいだけだったら、村に来ればいいじゃん。そうしないで、あんな森の中に潜んでるなんて、絶対おかしいよ。だから、会いたいだけじゃ、ないと思う」

「何か企んでるってこと? 村に対して?」

「それは、わかんないけど。でも、村に来ないのは変だって」

「ん~、まあ、それはそうなんだけどさぁ」


 腑に落ちないところがある。

 ナーナの反応からして、明らかだった。

 オレの言ったことを受け入れていないわけではないのだろうが。

 カノジョも、村に来ないのは変だよね、とは思っているに違いない。


 ……っていうか、多分、オレがどれだけ危ないって言っても、無駄なんだろうなぁ。

 この話し合いでどんな結論が出たとしても、ナーナは会いに行くのだろう。

 一緒に来てくれるなら嬉しいから、オレにも声をかけたけれど。

 オレがどれだけ危険だと主張しても、やめたほうがいい!って説得しても、危ないこともやめたほうが安全なのも理解したうえで、カノジョは行ってしまうんだと思う。

 つまり、もうナーナの腹の内は決まっているだろう、ということ。


 ……ネルと、こういうところ、ほんっと似てるよなぁ。

 好奇心旺盛なところ。

 好奇心に自制心が負けてしまいがちなところ。

 危ないとわかっていても、実際、危ない目に遭わないと歩みを止められないところ。

 本当に似ていると思う。

 まあ、好奇心強い云々なんていうのは、ナーナの一面でしかないのだろうけれど。


「危なくたって、行くつもり、なんだよね?」

「……うん。だって、ディパルさんはもう、いないから。いないってことを伝えてあげないとさ、あの人たち、ずぅ~っと森で待ってるかもしれないでしょ? それはさ、なんか、寂しいじゃん」

 寂しい。

「……わかった。一緒に行くよ」

「えっ! ほんとにっ⁉」

「ほんと。ナーナ一人でなんて行かせられないよ」


 パァ~っと、ナーナの顔に笑みが咲く。

「ありがと~~~!」

「えっ、むぶぅ」

 カノジョが上体を近づけてきて、え何?と戸惑った次の瞬間には、もう思い切り抱き締められていた。柔らかい。カノジョのほうが上背があるから、オレの顔面はちょうど豊かな胸に埋もれる恰好になった。柔らかい柔らかい。気持ちいい感触。臭くはないけれど確かな汗の臭い。柔らかい柔らかい柔らかい。身体が火照る。うっ。一部が硬直していく。


「アクセルくん、かっこいいよ~~~! お姉さん感激っ! 大・感・激っ!」

 声が高くなっているカノジョは、本当に嬉しそうだ。

 オレも嬉しくなる。けれど今はとにもかくにも、柔らかい柔らかい柔らかい。


 ――アクセルくん。

 ふと、モエねぇの声を思い出す。

 大好きな人の笑顔も。

 オレは慌てて、もう離しての意を込め、ナーナの腕を軽く掴んで押す。

 意思疎通が取れたようで、カノジョは離してくれた。


「シルキアもっシルキアもっ! ギュ~ッてしてっ!」

 と、そこで妹が幼いらしいことを言ってくれた。

 そう言われて、この流れでやらないナーナではない。

「いいよぉ~。はいっギュ~~~う!」

 抱き締められるシルキア。


 オレは見られたくないものを隠すように足を組んで、話を進めることに。

「いつ頃、行くの?」

「ん~、お昼過ぎ、すぐに出発しよっか。アクセルくんたちの仕事、午前と夕方でしょ? あたしも、今日のぶんの草履は、午前中に作れると思うから」

 鶏のお世話は、基本、朝と夕方の二回だ。

「わかった。じゃあ、お昼になったら、ここに来るよ」

「ん、ありがと~」


 話し合いは、これで終わりかな。

 オレは木製の椅子から立ち上がる。

「シルキア、仕事行くよ~」

 ナーナが妹を放す。

「はぁ~い」

 妹も椅子からぴょんと立った。

「じゃあ、また後でね~」

「うん。仕事、頑張ってね」

「アクセルくんとシルキアちゃんもねっ」


 オレたち兄妹は、手を振るナーナに見送られ、外へと出た。

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