2部2章 行商隊が訪れるまで、およそ三ヵ月。大体いつも同じ一日 8

「――ん~、見つからないねぇ」

 大湿原へと続く森へとやって来たオレたちは、早速、薬草探しを始めた。

 まずは持ってきた本を開いて、ナーナが目星をつけ、そのページに描かれた薬草の絵――とても精密な描写で、かなり腕の立つ絵師が描いたことは間違いなかった――を覚えたオレとシルキアが、辺りを探して回る。その間も、引き続きナーナは本を捲り、ほかにも効きそうなものがあれば、オレたちに知らせる。オレたちは新しく見つけられた対象の絵も覚え、再び探しに戻る。ひと通り本を読み終えたら、ナーナも実物を探し始める。

 そう、やってきたわけだけれど。

 なかなか見つからない。

 もう三十分は探しただろう。


「どうしよっか。この辺りはダメだそうだし、場所を変えなきゃだけど……」

 ナーナの顔は、奥を見詰めている。森の、奥を。

 その視線を追えば、何を考えてるのかなんて、容易に察することができた。

「湿原に近付くの、危ないよ」

 だから、オレは否定的なことを言った。

 引き止めるために。

「ん~~~、でもさ? 見つけなきゃ、でしょ?」

「……湿原に近付けば、見つかるの? そうとも限らないじゃない?」

「薬草って、湿ってるところのほうが、たっくさん、いろんな種類、咲いてるんだよ? ほら、ここは日当たりもいいし、風通しもいいし、薬草好みじゃないのっ」


 ……ああ、もう、そういうことか。

 ナーナの中では、答えが出てしまっている。

 それでも、なるべく危険を避けたいオレは、引き下がるわけにもいかないが。


「でもさ、まだこの辺りを探しただけじゃん。乾いてても、風通しよくても、あっちのほうとか、反対にあっちのほうとか、探したら咲いてるかもしれないじゃん?」

 オレは、森に沿って左側を指差して言い、反対に右のほうも指差して言った。

 できるだけ、森の中には入りたくない。

 木々が茂っているぶん、何がどこに潜んでいるかわからないから。

 何がこちらの様子を窺っているか、わからないから。


「むぅ、それはさ、そうだけどぉ。でも、湿ったほうに行けば行くほど、早く見つかると思うけどなぁ。ずぅ~っと森に沿って探して見つからなかったら、時間、勿体ないよ?」

「……まあ、それはそうだけど」

「それに、鶏、死んじゃうかも」

「ッ。ん~……はぁ。本当に、奥のほうが、見つかりやすいんだよね? 湿原のほうに行ってみたいからぁ~、なんていう好奇心じゃあ、ないよね? ね?」

「ないない。お姉さんを信じてよぉ~ん」

 笑顔で言われて、信じられるわけもないぞ。

 とはいえ、薬草に関してはカノジョのほうがずっと詳しい。


 ……早く見つけて、煎じるなりして与えないのも、そうなんだよな。

 心配なのは、鶏の体調。

 どんな病気かわからない以上、悠長にしてはいられない。

 人が風邪にかかったとき、風邪とわかっているからこそ、少しは暢気でも許される。ちょっとした風邪じゃ~んと侮れるのは、風邪の症状という知識があるからだ。

 でも、あの鶏について、オレたちは何も答えを出せていない。

 一刻も早く対処すべきだ。


「わかった。じゃあ、奥に行こう。ただし、見つけたらすぐ帰るからね」

「おっけ~。じゃあさ、あたし、行ってみたいところっ、あるんだっ」

「待って。待って待って。行ってみたいところ? それ、ナーナの願望ってこと?」

「だぁ~いじょうぶ! そこ、泉だからっ! 薬草だってあるに決まってるよ!」

「見つけたことあるの? 薬草、そこで」

「ん~んっ、ないっ」

 おい。気持ちいいくらいキッパリ言いやがって。

「ないなら、あるって決まってないじゃん」

「大丈夫だから大丈夫だから。先っぽだけだから」

「先っぽ? どういう意味?」

「視線の先っぽ、足の先っぽ、泉のあるところに入れるだけだからっ」

「視線の先っぽって何さ……はぁ。もういいよ。行こう」


 適当な言い合いこそ、時間の無駄遣いだ。

 ……ナーナ、頼もしいけど。こういうところあるんだよなぁ。

 年上らしいところも、カノジョにはちゃんとある。

 でも、子どもっぽいところ……自分よりも年下に思えるところもある。

 とくに好奇心が絡んでくると、如実に。

 ……ネルに、似てるよな。

 もう何度めのことか。

 ナーナに、今は遠いところにいる親友を重ねてしまうのは。


 ……ネル、オレ、頑張ってるから。お前も、頑張れよ。

 遠い親友のことを思っても、どうすることもできはしない。

 考えても、無駄なことだ。

 でも、無駄なんて思うのは、あまりにも寂しい。

 だからせめて、祈ろう。

 祈って、オレは今のため、数時間後のため、明日のため、やるべきことをやる。

 それしかできなくて。

 それが、正しい。


               ※


 幸い、と言うべきだろう。

 本当に。

 森を奥へと進んでいく最中、何も起きなかったのだから。

 あちこちに、獣や蟲の気配は感じた。

 見られている。

 聞かれている。

 追ってきている。

 こっちの一挙手一投足を、息遣いまでも、探られている感じだった。

 いつ襲い掛かってこられてもおかしくなかった。

 それなのに、無事だった。

 なぜなのかはわからない。

 獣や蟲ならではの、何かしらの理由があったとしか言えない。

 何はともあれ、何事もなく、ナーナの言う泉へと辿り着くことができた。


「ほら、ここ! キレイでしょ~!」

「すごぉ~い! すごぉ~い! キラキラ~!」

 燥ぐ、ナーナとシルキア。

「すご……」

 オレも、圧倒されていた。


 木々に囲われている中、ぽっかりと開けた空間。

 泉は虹色の輝きを放っていた。

 青空から射す陽光を浴びて、きらきらぁ、きらきらぁ、きらきらぁ、と光っている。

 この光景は。

 人生で一番と思えるほど。

 美しい。


 オレたちは馬から降りた。

 手綱を近くの木の太めの枝に括り付ける。


「ねぇねぇナーナお姉ちゃん! なんであんなにキラキラしてるのぉ?」

「わっかんない! もっと近くで見てみよっか!」

「うんっ! ほら、お兄ちゃんもっ!」

 シルキアに手を握られ、手を引かれ、オレは歩き出す。

 三人で泉のきわに立つ。

 しゃがみ込んで、覗き込むと――

 ゆぅら、ゆぅら、ゆぅら、

 ゆぅら、ゆぅら、ゆぅら、

 ――虹色が揺らめいている。


「わぁ~、虹だぁ~」

「ねぇ~。これ、掬えるのかなぁ」

 ナーナが両手を水面に伸ばす。

 好奇心に駆られて、オレとシルキアも同じように手を伸ばした。

 指先が、近づいていく。

 近づいて、近づいて、もう触れる――


「――触れてはダメよっ!」


 ――鋭い声が響き渡った。

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