2部1章 皇女による暗殺作戦 2
【アイ
開閉時にどうしても蝶番がぎぎぎぎぎぃと声を上げてしまう門の先、そこに広がっているのは、広いホール。
まず目が向くのは、どーんと三階まで伸びた幅広の階段。
階段には途中には、二階フロアへ行くための左右に伸びた通路がある。
女性たちは、門と大階段のちょうど中間地点まで、険しい表情で辺りを窺いながら歩みを進め、立ち止まった。
二人とも、返り血を浴びたときにソレが目立たないようにと、黒一色のドレスを纏っているため、あちこちにある窓から射し込む月明りを浴び、顔や手といった露出している部分の肌がぼわっと青白く光って浮き上がって見える。
……おかしい。深夜とはいえ、電球が一つも点いていないなんて。
両手に直剣を一本ずつ持っている女性――この【バイナンクリプト皇国】を統べる皇族の一人、第三皇女カゲツ=ワイファウンダーは、入って早々に強烈な違和感を覚えていた。
人間の研究者が開発した電力というものは、皇都ですら、いつでも、誰でも、自由に使い放題なわけではない。大医院以外は、夜間に緊急を要することは起きないとし、電力の使用を認めていないのだ。罰則も設けている。それほど、まだまだ、電力というものは希少なのだ。
しかし、例外はある。
それは、皇族に関する使用の場合だ。
皇居や、ここのような皇族の利用する施設は、基本、電力を自由に使うことができる。
だから、今、この場所の暗さが、カゲツにとっては違和感でしかない。
いや、違和感というよりも……。
不穏。
そう、言うべきか。
……兄様、姉様、どうか無事でいてください!
感じている不穏なものは、今ここで生活しているはずの愛する家族への心配と化す。
湧き上がる、焦燥。
けれど、意識して落ち着かせる。
――焦りは禁物です。
――焦りは戦場で命を落とします。
剣術や戦術、殺し合いの心構え。
セオ=ディパルが教えてくれたことだ。
……さて。効率よく巡るか、安全優先でいくか。
兄様と姉様の私室は、二階、東西の両端に設けられている。
二人が公務でこの【リーリエッタ】に入ってすぐ、よければ遊びに来なさいと姉様から手紙をもらって、皇都からここへやって来たとき、私室にも通された。
とはいえ、今もその部屋で二人が寝て起きてをしているかどうかは、別だけれど。
初めて来たときから、もう、それなりに時期も経っているから。
とはいえ。
今、まず行くべき目的地は、その部屋でいいだろう。
問題なのは、どうやって行くのか、ということだ。
「……レイ。あなたは兄様の部屋に向かって。私は姉様の部屋に行くから」
悩んだ結果、二人で一部屋へ向かうのではなく、分かれて行くことに決めた。
二人で行けば、何かあったときに二人で対処できるから、安全性は高い。
しかし、明らかに不穏だからこそ、効率を優先することにした。
……いや、これはこれで安全優先、か。
もしも兄様姉様に何か問題が生じているとしたら。
今、このとき、兄様姉様が何かに対処しているとしたら。
レイと手分けして行けば、兄様姉様の手助けが同時にできる。
無言で頷いたレイ。
心配性というか過保護なところがある人だから、内心では一人で行かせたくはないと思っているかもしれない。が、そういった思いを上回る忠誠心がある。だから反論はしてこない。とはいえ、よほどのときは自分の主張もしてくる頼もしい存在だからこそ、傍に置いているのだが。
二人、階段を上っていく。カゲツは左寄りに、レイは右寄りに。
二階部分に来た。二人は目を合わせ頷き合い、背を向ける。
カゲツの前に、真っ直ぐ伸びる通路。
通路の左側――庭園が広がる側には、等間隔に窓が設けられていて、月光が射し込んでいる。花や動物のステンドガラスで飾られている部分もあるため、そこを通過した月光は赤や緑の色付きだ。
通路の右側は、等間隔に扉が並んでいる。主に、この宮殿に勤めている者たちに与えられている私室だ。
通路のど真ん中を、カノジョは大股で進んでいく。仮に侵入者があったときに備え、足音を消しにくくするよう、通路には敷物がない。剥き出しの石材だ。それでも、意識して注意深くなれば、消音は可能。
皇女ではあるけれど第三皇女だから、幼少の頃から剣術や格闘術などの好きなことの鍛錬に没頭することが許されていたカノジョであれば、足音を消して歩くことなど造作もない。
「…………」
思うことがあって、カゲツは足を止めた。
ちょうど隣にある扉に、顔を向ける。
「…………」
気配が感じられないが、人が眠っている部屋というのはこういうものだろうか。
人生でこれまで、誰かが眠っている部屋の外に、こうして深夜に立ったことはない。だから、ただの気のせいだろう。しかし、あまりにも静か……いや、無だ。
寝息も、寝返りの衣擦れも、何も感じられない。
「…………」
右手の剣の柄を咥え、扉に身を寄せ、取っ手を掴み……離す。
やめておこう。中に人がいれば、起こしてしまうし、騒ぎになる恐れがある。
最優先の目的は、兄様と姉様を守ること。
次点で、対象の暗殺。
静かなら、維持しておいたほうが、得策だ。
咥えていた剣をまた手に戻し、中に人がいるのか検めたい気持ちはまだあるも前進再開。
突き当りを、右に折れる。
通路の真ん中辺りにある扉。
あそこが兄様の部屋だ。
扉の前に立つ。
今ごろ、レイも姉様の部屋に着いているはずだ。いや、もう扉を開け、合流しているかもしれない。自分よりも長身なぶん、カノジョの歩幅は広いから。
右手の剣を咥え、扉をノックする。
…………。
応答はない。
心の中が、ざわめく。
改めて、ノック。
…………。
声は聞こえない。
衣擦れの音も。
不穏なものが大きくなる。
咥えていた剣を、扉脇の壁に立て掛ける。
再度、ノック。
加えて、今度は――
「兄様っ、カゲツですっ、兄様っ」
――叫ばず、けれど語気は強めて、呼び掛けた。
ここにいるのは、あなたの妹、第三皇女カゲツである、と。
…………。
けれど、変わらず、返事はなかった。
確信する。
問題が発生している、と。
立て掛けていた剣をまた咥え、右手で取っ手を掴む。
兄様への配慮はいらない。
なぜなら、ここにいないから。
いれば、あの人は、必ず返事をしたはずだから。
何があっても対処すると心構えし、扉を思い切り引く。
開いた。
すんなりと。
咥えていた剣を右手に。
その間、室内からこちら側へ出てくる異変は、何もない。
誰か襲いかかってくることもなければ、物音一つもしない。
……一気に行くか、慎重に行くか。
危惧すべきは、入ってすぐのところでの待ち伏せだ。
とくに扉の両脇の壁の向こう側。そこに潜んでいる危険性は高い。
その場合、狙われるのは、入室の瞬間だ。
その奇襲を防ぐには、跳び込むくらいの勢いで一気に入室するか、どうにかして待ち伏せを見破るか。前者は、相手の何かしらの攻撃速度を上回る速度で突き抜けてしまえば、攻撃を回避して室内に入れる。後者は、単純明快、あらかじめ見破ってしまえば、敵を封じられる。
どちらの選択肢が、今この状況において、正しいのか。
……見破られるものなら、それが最善か。
こちら側から見えないものかと、カゲツは、扉の左側に視線を留めたまま、立ち位置を右へとずらしていく。
壁の向こう側――先ほどまで見えなかったところまで確認できるようになったが、しかし、潜んでいる何かしらの姿はない。
立ち位置を今度は左へとずらしていく。しかし、同じく、何の姿もない。
いない、ということか。
それで、見破ることができた、と判断してもいいのか。
……いや。
そんなことはない。
今、見ることができた範囲にいなかっただけの可能性も充分にある。
……思い切るしかないかしら。
立ち位置を変えて見えるところは、もう、見た。
となれば、もう見破るという選択肢はない。
覚悟を決める。
身を低くし、一気に室内へ跳び込んだ。
部屋中央まで何事もなく来れたところで、くるんと振り返りながら、何にも順応できるように両手の剣を構える。
「…………」
何も、いない?
扉脇の壁には、何も潜んでいなかった。
というより。
「……兄様」
愛する家族の姿もない。
室内の様子をさらに詳しく窺う。
荒らされている様子もない。
争った形跡も、ない。
……今、自分の意思で、ここにいないということ?
兄様は強い。武術も格闘術も、レイやセオと渡り合えるほどの強さだ。
相手が邪なものに憑かれた者たちであれ、抵抗せずに屈することはないはず。
……どこにいるの、兄様。
「――姫様」
ビクッと、カゲツの身体が驚きに震える。
いくら心構えしていても、武の熟練者だとしても、こうも静かな中にいれば……静けさに慣れきり、頭では考え事に耽っていれば、急に声を掛けられるとビックリもする。
しかし、知った声だ、弾んだ心臓はすぐに穏やかになっていった。
開け放したままのドアの向こうに、レイが凛然とした姿勢で立っている。
一人で。
……あぁ。
察する。
「姉様もいなかったのね」
「はい。もぬけの殻で、争った形跡もありませんでした」
「ここも、そう。兄様もいないし、抵抗した形跡もないわ」
カゲツは、もうここに用はないと、レイのほうへと向かう。
……兄様、姉様、どうかご無事でいてください。
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