続編 新事実

第4話 顔を焼かれた者

「被害者は痣井あざい 健太。三十一歳。サージカルホールディングスの社員です。この竜のオブジェがある鉤刃かぎばビルの9階~11階はサージカルホールディングスが借りています」


 部下が被害者の情報を読み上げる。会議室の薄暗い部屋の中のホワイトボードの上に、写真が貼られる。被害者は、こんな顔をしていたのか、と。ふと考えがよぎる。

 なにせ被害者の顔は酸で焼かれていて、顔はほとんど骨が見えていたし、その骨も溶けていた。俺たちにとって初めて見る顔だった。

「被害者は業務後、同僚達とビルから徒歩10分程の銀碇駅近くの居酒屋『っど安価アンカー』で酒を飲み、帰路にて『Dragon head gargoyle』の竜の口に寝かされました。酔い潰れた被害者の動画を同僚の一人が撮影した後、同僚達は解散。その時被害者は確実に生きていたことを、複数人で確認している。翌朝6時、出勤したガードマンが遺体を発見。110番通報にて所轄の警察官が到着。と、いった流れです」

「よろしい。では、死因、被害者の遺体状況を冴樹君。よろしく頼む」

「はい」

 若い女性が立ち上がる。鑑識の冴樹。長い髪を後ろでまとめあげていた。理路整然としていて、話す声は凜としている。野郎ばかりの会議に物怖じしない声は、聞いているこちらの身が引き締まる思いがする。

「遺体の外傷は頭部だけでした。直接の死因は毒物によるものです。毒物を経口摂取したことによる毒殺です。毒物は即効性のものでした。毒物が摂取された後数秒で身体が痙攣し死に至ります。よって、もしカプセルのような物で毒物を飲み込ませていたとしても、死によって胃の活動が制限されることから、カプセル自体が胃の中に残ります。

 しかし胃の中にカプセルのようなものは発見されませんでした。毒物を直接口の中か胃の中に入れられたものと見られます。が、オブジェの竜の口の中に毒物は検知されませんでした。酸は毒での死後、頭部へかけられたと考えられます」

「よろしい。カプセルによる毒殺が考えられないことは今冴樹君が話したとおりだ。よって、被害者たちと最後に相対した同僚達が、別れ際にカプセルを飲み込ませて殺害した、というような殺害方法は否定される」

「はい」

「殺害方法は改めて考えるとしよう。動機の面はどうだ?」

「はい」

 手を挙げた。

群噛むらかみ

 名を呼ばれ、立ち上がる。

「事件の関係者は被害者と最後に会った同僚達とガードマンに絞られます。同僚達は三人。一人目は渋田 壮真。二十八歳。サージカルホールディングス社員。被害者との関係は同じ課の部下に当たります。調べに拠りますと、会計上のミスを大勢の前で指摘され、『殺したい』と言っていたことを複数人の社員に目撃されています。渋田は最後に被害者と竜の口の前で会った際、身体を揺すり起こそうとしました。死ぬ直前の被害者に触れた人間です。その時に毒物を摂取させた疑いが有ります」

 毒の摂取経路がはっきりしないが、同僚三人の中で唯一直接的に被害者に触れたのが渋田だった。

「……二人目は松川 太一。三十一歳。サージカルホールディングス社員。被害者との関係は同じ課の部下に当たります。が、入社は同期です。手柄を横取りされて出世した被害者のことを恨んでいるのではないかと噂されていました。竜の口に酔い潰れた被害者を放置しようと言い出したのは松川だということです。竜の口にあらかじめ毒物を仕込んだ可能性があります。

 三人目は三谷 健。三十歳。サージカルホールディングス社員。三谷は被害者のいた課から転属しました。事件のあった前日の飲み会は三谷の送別会でした。直接の動機は見当たりませんが、被害者の交際相手が、以前三谷と付き合っていたようで、その辺りに何かあるのかもしれません。三谷は最後に被害者に話しかけました。その時に動画を撮っており、竜の口に放置された被害者が、見えなくなるまで録画されていました。動画を調べましたが、毒物による痙攣は確認できませんでした。このことから、同僚達三人には即効性の毒による殺人は不可能だと断定されました」

 少なくとも同僚達が現場から立ち去った後、被害者は死んだことになる。というのも、死亡推定時刻がそれ以降だからなのだが。

「最後に遺体を発見したガードマン。断野たつの 光司。二十五歳。午前6時30分。鉤刃ビルに出社し、制服に着替えた後エントランスの竜のオブジェに向かい、遺体を発見。遺体の死亡推定時刻は前日の夜11時頃なので、朝6時に接触した断野に犯行は不可能です。被害者との関係性は不明。捜査を続けます。以上です」

 ホワイトボードに数人の名前が書き連ねられたが、自分で言うのもなんだがぱっとしない。殺害方法の時点でこれらの関係者には不可能なのだ。動機があろうとなかろうと、真相に迫っているという手応えがまるで感じられない。

「被害者と例の冊子との関係性は何か見つかったか?」

 別の刑事が手を挙げる。

「はい。あ。いえ、見つかっていません。被害者の出自が貴族の出というわけでもありませんし、首の後ろに痣やタトゥーの類いはありません。竜の口の製作者である山田との関わりも無いようです。冊子について、事件と関わりがあるのはあくまでも、竜の口の中で遺体が発見されたこと。死因が毒物であったこと。顔が酸で焼かれたこと。以上三点のみであります」

 冊子との相違点をあげるところでどこかから失笑があがった。刑事たちの中には冊子をバカにしているものがいた。共通点があったとしても、たまたまで、偶然であると。

 被害者が王族の出でないことは調べるまでもなく分かっていた。

 冊子の中の物語ではボロボロの衣服をまとっているとあったが、遺体の服はサラリーマンのスーツだった。遺体発見前後の雨で少し濡れていたし、酸でところどころ破けていたが、ボロボロとまでではなかった。身分証の類いは身につけていなかった。この点が四つ目の冊子との共通点とでも言うのだろうか。発見時に身元不明の遺体、と言う点では。

「あの冊子のことについては調べても何も出てこないようだな。ただのいたずらだろう。偶然の一致だ」

 捜査本部の方針はそう決定したようだった。偶然の一致にしては事件の核が符合し過ぎている。しかし、冊子の事を調べても犯人に届きそうに無いことも事実だ。

 まずは被害者の殺害方法をはっきりさせないことには、関係者を洗っても成果が挙げられないだろう。

「じゃあ次、あの竜のオブジェの作者、山田 大蛇おろちについて」

「はい」

 部下が手を挙げた。


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