後編 事実

第3話

「この物語はフィクションです。物語に登場する人物や設定は全て架空のもので、実在する人物とは関係ありません」

「んな事はわかってんだよ」


 物語を読み終わり、コピーされた冊子を部下に投げて寄越した。刑事はそのいい加減さに吐き気がしたかのように苦々しい顔をした。

「首だけの竜の口の中に横たわる、顔がただれたヒトの死体。その謎の究明の物語……。普通に読み物としては面白いんだろうな。だがこの状況、悪趣味以外の何物でも無い」


『Dragon head gargoyle』山田 大蛇おろち (2012)

 ドラゴンアーティスト山田 大蛇の作品。オフィスビルのエントランスに置かれた、見上げるほどの巨大な竜の頭の石像オブジェ。その大きく開かれた口の中に酸で顔を焼かれた人が死んでいた。

 竜の口殺人事件だの、ドラゴンヘッドガーゴイルの殺人だの、世間では勝手に名前を付けられて、ワイドショーなどのメディアで連日騒がれている。


 遺体の傍にはひとつの冊子が置かれていた。

 ホッチキスで留められた簡素な作りだったが、黒の紙に白く印字されたものだった。

 ファンタジー小説のような、しかしこの殺人事件と酷似した内容の絵空事フィクションが書かれていた。

 中央都市フィクスの小さな新聞社の記者ルメットと、魔物学者スートによる竜の口の中の遺体についての調査の旅。真実を隠すように嘘の記事を書くことにした主人公。

 一方、現実では竜の口のオブジェの中に遺体。顔が酸で焼かれていたこと。死因が毒殺なこと。遺体の周囲の状況は瓜二つだった。冊子の物語と同じ。これは紛れもない事実ノンフィクションだ。

 もちろん現実ではオブジェはただのオブジェであり、被害者はオフィスビルに務める会社員であることは確認済みだ。冊子の内容がこの事件に関係あるとは思えない。

 これは犯人からのメッセージなのか。それとも第三者の目撃者による二次創作なのか? 一体何の目的で?

 冊子に指紋などの犯人を示す証拠は見つからなかった。世間では偶然にも、竜に殺されただのと、物語の中のような推論が繰り広げられている。今この冊子を報道に渡せばマスメディアの格好の餌食になる。そんなことは犯人の思うつぼだろう。これは警察や関係者以外には伏せられた非公開情報だ。

「この物語では、竜とヒトは共生関係にあり、お互いを想いあって死んだと書いてありましたよ」

「それが事実だと……?」部下を睨む。

「そんな訳ありませんね。竜はオブジェですから、生きてませんし」部下は肩を竦めてため息をついた。「竜みたいに睨まないでくださいよ。怖い怖い」

 部下の減らず口は無視して事実確認をする。

「被害者の死因は毒殺だ。同僚たちとここに立ち寄り、被害者一人酔いつぶれてここに残された。その時は生きていたことを同僚たちは確認している。翌朝警備員が遺体を発見。同僚たちと離れてから遺体発見までの間、エントランスの監視カメラによって、誰一人遺体に近づいていないことが確認されている。毒は即効性の毒だ。同僚たちに犯行は不可能……」

 オブジェの竜が胃酸やら毒を出して人を殺した? そうとしか考えられない状況が胸糞悪い。そんなことがあってたまるか。

「製作者の山田氏にも事情聴取しましたけど、そんな機能はあのオブジェには無いそうです」

「だろうな」

「ただ、少し気になることを言ってましたね」

「……なんだ?」


「『この物語によって私の作った竜が命を得て、誰かを守り、誇り高く死んだことになりました。作品が物語で再び彩られた。不謹慎であること、重々承知していますが、製作者として、喜びを覚えてなりません。この事件の犯人は、私たちと同じような、作品のことを想うアーティストなのかもしれません』と」


「くだらねぇな。人殺しが、アートだとは」

 殺人犯と冊子の作者が同一とは限らないが。無関係ではないだろう。

 冊子の情報をいつまで秘匿できるか分からないが、早く犯人を捕まえないと、面白くないことになる。

 憶測が憶測を呼び、今でさえうるさい熱気が爆発的に悪化していく。それが想像出来てしまう。最悪だ。


 物語の結びをちらりと見た。


『私は思う。彼らの死を悼む』

『願わくば、安らかに眠ってほしい。それだけが私の思いだった。』


 そんな殊勝なことを、この物語が伝えたいわけがない。

 人の死を悼んじゃいない。

 人の死を痛ぶるような仕打ちにはらわたが煮えくり返る思いだったが、こちらを高慢に見下ろす竜に睨み返すことしかできなかった。



 完

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