第2話

「まずそれぞれの死因について触れましょう。ヒトの顔が焼かれていますが、ヒトの死因は顔が焼かれたことではありません。ヒトの爪を見てください。両手の爪の根元が青く色づいています。これは青毒系の毒草に由来する物です」

 近づいて見てみると、確かに爪が青くなっていた。肌が死んで青くなっているのでは無い。青々と、綺麗に青い。

「ヒトが毒で死に、その後竜がヒトの顔を胃酸で焼いて、最後に竜が朽ちたのです」

「こんな巨大な竜の首を、どうやってったというのです? 凄腕のドラゴンスレイヤーが?」

 スートさんは首を振った。

「竜の首の切断面をよく見てください。切断したのなら鱗もすっぱりと切断されているはずですが、実際は鱗と鱗の間の皮膚がちぎれています。そして、さらによく観察すると、皮膚がちぎれているのではなく、皮膚の細胞が壊死して朽ちているのです。これは高齢の魔法生物に属する魔物が被害に遭いやすいと言われている分解カビ『メデューサ』によるものと思われます」

「メデューサ? あの、伝説に聞いたことのある、見ただけで対象を石化させるという魔物の?」

「はい、その伝説の魔物の名を冠したカビです。そのカビは対象の魔力を分解して、鉱石化させます。魔力の枯渇した鉱石は時間経過と共に形をとどめることが出来ずに朽ちていきます。結果的に、魔法生物の身体は分解されて、その部分から壊死していくのです。竜の身体で心臓部から最も遠い部位、魔力の乏しい部分である尻尾から、そのカビに食われていたのだと思われます」

「竜はカビにやられて朽ちていき、ヒトは毒草の毒にやられて死んだ。これはただそれだけの出来事ということですか?」

 そうだとしたら、なんてあっけない。ワープ代にそぐわない真実だ。

 しかしスートさんは続ける。

「いえ、実はその分解カビに唯一効く特効薬が先ほどヒトの死因であるところの青毒系の毒草なんです。するとどうでしょう。一つの筋道が見えてくると思いませんか?」

「カビにやられる竜と、それを助けるために毒草を摘みに行ったヒト。しかし毒草にやられてヒトが死んでしまった……?」

「はい。毒にやられたヒトの身体には青毒系の毒素が満ちていたはず。そのヒトを食せば竜は少なくとも助かったはずです。しかしそうしなかった。竜はヒトと共に死ぬことを選んだんです。だから竜は首だけになってしまった。竜の首が全て朽ちてしまうのも、時間の問題です」

「それならばどうして竜はヒトの顔を焼いたのですか? 痛めつける必要なんて無かったじゃないですか」

「ヒトの顔には、そのままにしておけない痕があったのではないでしょうか。たとえば王族の紋章とか。王族の首の後ろには紋章があると聞きます。ここで死んでしまったことを知られて、その死を利用されることを竜は良しとしなかったのではないでしょうか」

 私は頭の中の記憶にある失踪した王族を探した。たしか現国王の第一王子は彼が幼い頃に失踪していたはずだ。誘拐だとも奪略だとも噂されたが、金銭などの要求が王国に無かったため、どこかで死んでしまったと決定づけられた。もし彼がそうであったとするのなら、それは確かに、死後利用されてもおかしくない。

 ヒトが竜のことを大事に思い、竜がヒトのことを大事に思っていたことが、私にもよくわかった。

 竜の口にヒトが横たわっていたあの不思議な光景は、竜がヒトと共に死に、ヒトを守った結果の、その刹那の瞬間だったのだと。竜は鱗の一つ、牙の一つになってまでも彼を守ろうとしていたのだと。首だけの状態になりながらも、ヒトを守るために口を大きく開けて微動だにしない竜の思いに私は感無量になった。

 しかし。

「しかし、その事実を書くわけにはいかないじゃないですか」

 王族の第一王子の死。王国の一大ニュースになってしまう。それは、そのヒトにとっても、竜にとっても本意では無い。この私にとっても。

「はい、ですから、お願いです。真実を知ったあなたにだからこそお願いします。嘘の記事を書いて頂けませんか? ヒトと彼を守る、嘘の記事を。人々の記憶から薄れていくようなありふれた記事フィクションを」

「わかりました」

 私は二つ返事をしていた。残念ながら、人々の記憶に残らないありふれた記事を書く才能が私にはあるのだ。

「……ありがとうございます」

 スートさんは深々と私に頭を下げた。


 村に戻った後、根掘り葉掘り聞いてくる酒場の常連客にはうまくはぐらかして、宿にこもって筆を執り、私は考えた。

 誰も傷つかない物語を。誰も癒やされない物語を。

 当たり障りの無い、それでいて「まぁ、そうだろうな」と誰もが納得する物語を。

 竜が朽ちても、毒で身体を満たされたヒトが魔物に食われることは無いとのこと。竜の思いは達成される。竜の弔いは、叶う。

 あとはこの私の腕にかかっていると言っても過言では無いだろう。

 スートさんは、あれからどこかに消えてしまった。彼は一体何だったのだろうか? 竜を旧友と言い、一貫して私たちを「ヒト」と呼んだ。彼はひょっとして……。

 いや、よそう。

 この真実は私の中で楽しむべきだ。

 それに、彼に直々にこの役目を任された私は、どこか嬉しさを感じていた。私の文才をきっとこの世界のどこかで見てくれたのだろうから。その喜びもまた、私だけのものだ。

 私の元には灯精霊が残された。机の上を白い光が照らしてくれている。この子の存在が、スートさんとの出会いを事実ノンフィクションたらしめている。

 私は真実をこの目で見た。真実は世間に知らしめるべきだと、そう考えていた。しかし、違った。世間に伏せられ、眠らせるべき真実も存在するということを知った。


 私は思う。彼らの死を悼む。

 願わくば、安らかに眠ってほしい。それだけが私の思いだった。


 ◆◆◆


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