第8話

まずは『支配ノ呪』から始めよう。これは相手の肉体を操作するスキルだが、まだレベル1と低いからそこまで大きな影響は出ないだろう。


残り2つの呪スキル『怨嗟ノ呪』と『魅了ノ呪』はどちらも精神に作用するから、万が一検証が終わる前に精神がおかしくなる可能性を考慮して、肉体操作という1番影響が少なそうなスキルを選んだ。


『奈落ノ底』に溜め込まれてる怨念がどれ程あるのか分からない為、2人同時に使うのではなくミレイに使用する事にした。俺は杖を掲げてスキルを発動する。


「『支配ノ呪』」


スキル名を唱えると、俺の身体から飛び出してきた怨念が苦悶の声をあげながら、杖の先端に付いている山羊の頭蓋骨の口部分に吸い込まれていき、眼孔の部分が不気味な光を発するとミレイの身体の一部を支配したことが分かる不思議な感覚が伝わってきた。


どうやらケビンは勿論、ミレイもスキルを使われたことに気付いていないようだ。もし気付いていたら何かしらの反応をするだろうがそれも無く、それ所か一度ケビンが反省して雰囲気が落ち着いていたにもかかわらず、今は先程よりも激しく言い合いしている。此奴等なんでパーティー組んでるんだ?


「そもそも俺はゴブリンの討伐依頼なんてつまんねぇ事じゃなくて、もっと強いモンスターと戦ったり、未知の遺跡の探索とかがしたいんだよ!!」


「そんなこと言ったって、駆け出しの私達に強いモンスターの討伐依頼や遺跡探索の依頼なんて受けられる訳ないでしょ!?こういうのは地道に実力と冒険者ランクを上げてくしかないの!!」


「だからってゴブリンをチマチマ倒しても全然強くなれないだろ!!」


「それで強いモンスターと無理して戦って死んじゃったら何にもならないじゃない!!あまり我儘ばっかり言わないで!!」


「なんだと!?お前こそ昔から口うるさく言いやがって!!」


「なによ!?アンタが考えなしで自分勝手な言動ばっかりするのが悪いんでしょ!!」


ミレイの言う通りケビンは我儘が過ぎるな。駆け出し2人だと組織からの信用なんて一切ないだろうしこんなものだろう。ミレイはよく愛想を尽かさず昔からケビンと一緒にいられるな。そもそもお前らはここで俺に殺されるんだから今後の展開なんて考えるだけ時間の無駄だがな。ケビンの願いである強いモンスターである俺と闘える事に感謝しろよ。


まあ此奴等の言い争いの内容はどうでもいいが、このタイミングならミレイがケビンに手を挙げてもそこまで不自然じゃないだろう。


俺がミレイに杖を持っていない方の手でケビンの顔を殴るように念じると、ミレイの手はその通りにケビンの頬を殴った。ボコッといい音が響いて、殴られたケビンは唖然としていたが、殴られた事実を認識すると顔を真っ赤にしてミレイに怒鳴った。


「いってぇ!!いくら何でも殴ることねぇだろ!!」


「ち、ちが、私殴るつもりなんて、手が勝手に動いたのよ!!」


「はあ!?そんな事ある訳ねぇだろ!!するならもう少しまともな言い訳しろよ!!」


俺のスキルによってミレイの手が勝手に動いたのは事実だが、そんな事ケビンに分かるはずもなく、より一層大きな声で怒鳴っている。この流れで『魅了ノ呪』を使ってケビンの怒りを増幅させ同士討ちを誘発させたいが、『奈落ノ底』に蓄積されている怨念の量が足りなくて操作できない。


この世界に転生して結構な量のゴブリン種を殺してきたが、それはゴブリンシャーマンに進化する前の話だ。『奈落ノ底』を習得したのが進化後であることを考えると、それまでの怨念は貯めることが出来ておらず、先程殺した鹿の分しか使える怨念がないのだろう。


その鹿も、怒りと空腹に支配されていて何の工夫もない殺し方をしてしまった。『奈落ノ底』の性質上、生物が死んだ時に負の感情を抱いている程獲得できる怨念が増える仕様を生かせず、最低限の量しか確保出来なかったのだろう。実際、鹿を殺した際に発生した禍々しい光は極少量しか無かったしな。


このままだとこれ以上呪スキルの検証をすることが出来ない。もうこの場で殺して怨念を回収して別の獲物を探しに行く事も出来るが、それだと次に人間で実験出来るのがいつになるか分からないし、何より2人にはまだまだ絶望感が足りず獲得できる怨念の量が少なくなりそうだ。


何よりこの程度じゃ俺が全然楽しめていない。ここは拠点にしている洞窟に連れ帰ってからじっくり続けるとしよう。


俺は隠れている樹の影からケビンに杖を向けてスキル名を唱える。


「『暗黒矢』」


俺の持つ杖の先端に魔法陣が出現し、その魔法陣から紫色の菱形をした魔法が発現する。それを未だに馬鹿な言い争いを続けているケビンの頭部に死なないように気絶する程度まで威力を下げて撃ち出す。周辺に一切気を配れていないケビンは、攻撃された事にも気付かず『暗黒矢』によって意識を失い地面に倒れ伏した。


実験体の分際でここまで俺に気を遣わせるとは身の程を弁えられないゴミが。


「………えっ」


ケビンが目の前で突然倒れたことに、ミレイは何が起きたか理解出来ずに思考と身体を硬直させている。


そりゃあれだけ大きな声を出していたら奇襲の一つや二つ受けてもおかしく無いだろ。


普通は襲撃されたら即座に迎撃体制を整えるんだが、ミレイは呆けているだけで何もしようとしていない。そこら辺を経験が足りない冒険者に求めるのは厳しいかもしれないが、命が懸かってるんだから何かしらの行動を起こせとは思う。せめてケビンの心配ぐらいはしてやれよ。


「い、いやあああああ!!!」


漸く現状を認識したミレイは恐怖に顔を歪めて叫び声を上げている。


此奴どんだけ大声出せば気が済むんだ。いい加減五月蠅さに嫌気が差した俺は、さっさと気絶させようとミレイにも対して『暗黒矢』を放った。


これで終わりだと思ったが、恐怖で腰を抜かしたミレイの頭上を『暗黒矢』が通り過ぎていく。


結果的に避けられた事に怒りを覚えた俺は、少しばかり嬲ってから気絶させてやろうと、樹の影から姿を現して未だに腰を抜かしているミレイに近づく。


近づいてよく見ると、ミレイがへたり込んでいる地面に水溜りがある事に気が付いた。どうやら恐怖の限界で小便を漏らしたらしい。


その姿を見た俺は溜飲が下がり、無様な痴態を晒しているミレイの下半身を指差しながらゲラゲラと嘲笑う。


俺の指差しと、馬鹿にした視線と笑い声を受けて、ミレイは自分が漏らした現状を認識して顔を真っ赤にしながら睨み付けてくる。


どうやら恐怖よりも羞恥による怒りの方に振り切れたらしい。


「ゴブリンの癖に私を馬鹿にして、許さないんだから!!『魔法矢』!!」


地面にへたり込んだまま、ミレイは俺に杖を向けて『魔法矢』で攻撃してきた。避けても良いんだが、力の差を見せ付ける為に嘲笑い続けながら防御せず受ける。


俺の防御性能が240で、ミレイの攻撃性能が100と、ステータス差が2倍以上ある上に、『雌特攻』で更に差が存在する。


「な、なんで効かないの!?」


攻撃が直撃したにも関わらず、俺に殆どダメージを与えられていないのを見たミレイは、再び恐怖に囚われ涙を浮かべながら逃げようとする。


逃す気は更々無い為、腰を抜かした姿勢のまま後退あとずさるミレイの頭を掴み、小便の水溜りに頭を叩き付けた。


涙で顔が汚れてるのを洗ってあげる俺はなんて優しいんだ。


「い、いだいよぉ…たすげてぇ…」


恐怖と屈辱と汚泥で顔をぐちゃぐちゃにしながら命乞いするミレイ。ゴブリン風情と馬鹿にした相手に慈悲を求めるとは何て浅ましい女だ。そもそも俺はゴブリンシャーマンであって、ゴブリンなんて劣等種と同列に扱われるのは我慢ならん。


馬鹿にしてくれた返礼として、俺はミレイの頭を掴んだまま顔面に膝をお見舞いした。


「ふごっ!!」


豚の様な鳴き声を上げて鼻血を吹き出しながらミレイは気絶した。


2人を無力化した俺は、ミレイのローブの裾部分を引き千切り、丸めた布をケビンとミレイの口の中に入れる。これは目が覚めた時に舌を噛み切って自殺されたり、声を出すのを防ぐ為だ。そして、布の吐き出し防止に余った布で2人の口元を縛る。


これ以上ミレイのローブを切り裂くと後で困るから、手足を縛る為の布はケビンの着ている服で補う。パンツ一丁の間抜けな格好になったが、恥を掻くのは俺じゃないし、やっと2人の手足を縛り終えた。


武器や防具は邪魔だからそのまま此処に放置するしかない。放置すると他の冒険者に見つかって調査隊を派遣されたりする危険性が有るが、処分しようにも何時目覚めるか分からないから時間も無いし、2人同時に運ぶから荷物は一杯だ。


準備が整い、俺は手に持っている自分の杖を腰蓑に差して、2人の首根っこを掴んで引き摺りながら拠点の洞窟に向かって歩き始めた。

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