第7話

気絶するかのように眠ったおかげか、目覚めの気分は頗る良い。これで陽の光を浴びながらだったら更に良かったんだが、洞窟を拠点にしてる限り無理なのが残念だ。


気分はいいが、腹はさっきから疲れ果てたおっさんのいびきの様な爆音で空腹を主張している。


今すぐ大柄ゴブリンを貪り喰らいたい所だが、まだ『アナライズ』を使って能力値の見比べが出来ていない。大柄ゴブリンを喰うのはそれまで我慢だ我慢。


俺は空腹に逸る気持ちを何とか抑えて大柄ゴブリンに『アナライズ』を使用した。


「『アナライズ』」


——————————

使用不可

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「…は?」


なんでだ?目を擦ってから確認し直しても結果は変わっていない。


ああそうか、まだ寝惚けてるんだな。自分ではしっかり目醒めているつもりだが、あれ程の死闘の疲労が一晩で抜ける訳ないか。


両頬を二度叩いて気合いを入れ直す。これで完全に目が醒めたはずだ。


俺はもう一度アナライズを使用した。


「『アナライズ』」


——————————

使用不可

——————————


どうやら寝惚けてる訳じゃないみたいだ。これはあれか?既に死んでいると食材や素材扱いになって『アナライズ』の適応外とか。


『アナライズ』は自身と他者のステータスを知るスキルだ。食材や素材を生物扱いする奴は居ないだろう。これなら理解は出来る。理解は出来ても、納得出来るかはまた話が別だが。


なる程そっかそっか———


ふざけんなこのゴミが!!死んでも俺に迷惑掛けるとか舐めるのもいい加減にしろよ!!お前マジで存在価値ねぇじゃねぇか!!


怒りのままに何度も何度も大柄ゴブリンの死体を踏みつける。既に扱いがゴブリン種じゃないからか『ゴブリン特攻』も発動せず、死体が殆ど傷付かない事が余計に俺をイラつかせた。


いや、落ち着け俺。腹が減ってるから余計にイラつくんだ。こんな時はさっさと空腹を満たして忘れるに限る。地面に横たわる大型ゴブリンの死体に俺は食い付いた。


そして前歯が欠けた。


食い付いた体制で暫く呆然としていたが、我に返って立ち上がり、大柄ゴブリンから距離を離す。そして杖を向けて覚えたばかりの『闇魔法』の暗黒矢を一心不乱に死体に向かって撃ち始める。


うがあああああああああ!!!!!


悪態をつく余裕もなく、今はただ目の前のゴミを消し去りたくて堪らない。


精神力が枯渇寸前まで暗黒矢を放ち続けた俺は、肉片一つ残っていない大柄ゴブリンが居た場所には目もくれず、ふらふらとした足取りで食糧を求めて洞窟の外に向かって歩き始めた。


安全を考慮するなら精神力の回復を待った方がいいのだが、今の俺にそんな思考力は1ミリも存在しない。


洞窟を抜け森を彷徨っていると、生えてる樹が少ない場所に出た。そこには陽の光を浴びて気持ち良さそうに地面に伏せている大きな鹿がいた。


その鹿が視界に入った瞬間、俺は口から涎を撒き散らし、血走った目を限界まで見開きながら火事場の馬鹿力で一目散に駆け出した。


言葉を濁さず言うなら、完全にイッてる形相で向かってくる俺に驚いた鹿は慌てて逃げ出そうとするが、伏せていたせいで逃げるのが遅れ、立ち上がった瞬間横っ面を思い切り殴られて首の骨が折れた。


絶命した鹿の身体から発生した禍々しい少量の光が俺の身体に吸い込まれるが、そんなもの知るかと俺は鹿の肉に飛び付き喰らう。


たっぷりと栄養を蓄えた上質な肉の柔らかさと、噛めば噛む程溢れ出る甘味さえ感じる肉の脂が口一杯に広がる。


血も『悪食』のお陰で芳醇な赤ワインの様に変わっており、口の中に残る肉の脂を洗い流してくれる。これなら幾らでも食べられそうだ。まるで餓死寸前の遭難者——半日しか経っていない——が漸く食事にありつけたかのような様で肉を貪り続ける。


一欠片も残す事なく平らげると、俺は満足げに吐息を吐き出しながら腹を叩いた。


「ああ…美味かった…」


このまま幸福感に浸りながら二度寝と洒落込みたい所だが、いつ来るか分からないモンスターに怯えながら寝るのは流石に自殺行為だ。


それに今日の目的は能力値やスキルの検証だ。さっき鹿を殺した時に出た禍々しい光が『奈落ノ底』によって溜め込まれた怨念なのだろう。量が少ないのは単純に殴り殺しただけだからか。


折角ゴブリンシャーマンに進化したのに、やってる事はゴブリンの時と変わらないのが悲しい。そろそろマトモにスキル運用がしたいぞ。


俺は精神力を回復させる為に多少の食休みを挟んだ後、再び獲物を求めて森の探索を再開する。


——————————


食事をした場所から少し離れると、近くから男女の話声が聞こえて来た。見つからない様に樹の後ろに隠れながら様子を伺う。


「ああ〜ゴブリンの討伐依頼なんて面倒臭いぜ」


「ちょっと、真面目にやりなさいよ。いつゴブリンが襲ってくるか分からないんだから」


「ゴブリンなんてただの雑魚だろ?襲われてもあんな奴らに俺達が負ける筈ないって」


「そういう問題じゃないでしょ。依頼なんだからしっかり熟さないと冒険者としての信用を失うの」


「へぇへぇ、そりゃ悪うございました。お前は俺の母ちゃんかよ」


「私はまだそんな年齢じゃ無いわよ!!」


これが冒険者か初めて見た。男の方は腰に剣を差しており、革鎧で武装している。油断し切っているのか、頭の後ろで手を組みながら怠そうに歩いている。


女の方は身体全体を隠すローブを着ており、手には杖を持っている。男に注意しながらも周囲を警戒していたが、結局男の発言に対して怒鳴り返して警戒が疎かになっている。


こんな馬鹿どもが本当に冒険者なのか?そしてその馬鹿の片割れに雑魚扱いされるゴブリンはなんて哀れな存在なんだ。俺は唯一無二のゴブリンシャーマンだから奴等とは違うがな。


このまま不意打ちしても簡単に倒せそうだが、まずは『アナライズ』を使ってステータスを知りたい。俺は男女二人に向かって『アナライズ』を発動した。


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ケビンLv3

一ツ星冒険者


能力値一覧

生命力:107

精神力:36

攻撃性能:98

防御性能:96

俊敏性能:85


アクティブスキル一覧

なし


パッシブスキル一覧

なし

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ミレイLv3

一ツ星冒険者


能力値一覧

生命力:74

精神力:121

攻撃性能:100

防御性能:68

俊敏性能:69


アクティブスキル一覧

『無属性魔法Lv1』


パッシブスキル一覧

なし

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なんだ此奴らのステータス雑魚かよ!!男の方はこの程度の強さでイキッてたのか!?


そりゃゴブリンは倒せるかもしれないが、この森にはゴブリン以外のモンスターも居るんだぞ。もっと警戒心持てよ。


パーティーバランスも悪い。前衛1後衛1だと複数の敵と戦闘になったら、前衛が数を捌ききれずに後衛を危険に晒す場面が必ず来る。強者ならなんとかしてしまうんだろうが、生憎ケビンにそんな力はない。


ケビンとミレイの弱さと愚かさに呆れ果てるが、俺にとっては都合が良い。能力値の比較も出来たし、スキルの検証をする上で獲物が強いとそんな余裕ないしな。


此奴らには俺の実験台になれる栄誉と、自身の愚かさを呪いながら絶望の果てに死んで貰おう。


さあ——検証開始だ。

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