第37話 初めての…

「はあ…疲れたわね」

「だね。なんで愛田さんはあれだけ歌って元気なのかわからないよ…」

あれからというもの結局カラオケに連行された俺たちは約3時間の間、カラオケの部屋に閉じ込められたのだった。

俺と舞はあまり人前で歌うことが得意ではなかったので愛田さんが歌っている時間の方が多かったはずなのだが…なぜか愛田さんは帰り際に別れる時でさえすごく元気だった。


「まあ、今日は大変だったからな…」

「そう、ね…」

今日は舞も相当疲れただろう。実は愛田さんと話すときは自分が全部を話して、気持ちを伝えたいと事前に言われていた。だから俺は舞の意見を尊重して舞に任せることにした。

(あそこまで怒っている舞は初めて見たな…)

舞は多少は愛田さんにも怒っていたが、自分に対して一番怒っていたようだ。

家に帰ったら癒してあげないといけないかもしれない。


「でも、よかった」

「ん?」

「もう一夏とはあの関係には戻れないかもしれないって心配だったから…」

「…そっか」

舞はこう見えて心配性な一面もある。特に唯一の親友との関係が危ういというときだったのだから余計に心配で不安だっただろう。


「それに、ありがとう碧くん。あなたがいなければ――」

「それは違うよ舞。舞が頑張ったおかげだよ」

今回の一件がどうにかなったのは舞が頑張ったおかげなのだ。

舞がちゃんと愛田さんと向き合い、本心を話した。それが愛田さんにしっかり伝わったからこそだった。

「そう…それならよかったわ。でも私と一夏があなたに迷惑をかけた事実は変わらないわ」

「いや別に迷惑なんて――」

「と、とりあえずちょっと目を閉じててちょうだい」

「…?なんで?」

「い、いいから!」

そうして半ば強制的に目を閉じさせられた。


「えっと…舞?」

そう呼ぶが返事は返ってこない。そうして不審に思っていると舞の手が俺の頬に添えられた。そうして次の瞬間――


ちゅっ


「え?」

そうして唇に押し当てられた感触に驚いて反射的に目を開いてしまった。

そこには目の前で顔を赤くしながら俺の唇に自分の唇を重ねている舞の姿があった。

そうして舞は唇を離してすぐに後ろを向いてしまう。

「ま、舞?!」

「え、えっと…」

舞は耳まで真っ赤である。まあ俺もきっと似たようなものだろうが。


俺と舞は文化祭のあの日以来、ハグすらもすることが少なかった。

キスなんてしたこともなかった。

けど今、俺と舞はキスをした。おそらくお互いのファーストキス。


「…改めてこれからもよろしくね碧くん」

そうして舞は満面の笑顔でこちらを振り返るのだった。

その笑顔は今まで見たどの笑顔よりも可愛らしく、明るい笑顔だったかもしれない。

「うん、こちらこそよろしく。舞」

そのあとは家に着くまで喋ることはなかった。けれど、腰の少し下あたりで繋いだ手を離すことはなかった。


「あわあわあわあわ」

カラオケから出て駅の前で二人と別れたあと、言い忘れていたことがあったため二人の後を追いかけたのだが…


ちゅっ


そんな効果音が出そうな行為――キスを二人はしていた。

(見ちゃった…)

二人がキスするところを見てしまった。

いや、二人ならこのまま結婚しそうだし?することはあるだろうと思っていたが…

あのピュアな舞が自分からキスをするというのが意外だった。


私はあの二人のおかげで我慢をしなくていいんだと思うことが出来た。

もちろん我慢をしないといけない場面もあるとは思うが。

…なら私は恋だったしてもいいのだろうか。

(でも私好きな人いないしなあ)

恋をするにしても好きな人が居ない。舞のような男の子が居ればいいのかな?


(まあ、今は舞と碧くんとの時間を大切にしたいかな)

今はどんなものよりも大切なものができた。今はそれを手放したくない。

だから私が恋をするのはきっともっと先のことだろう。


そんなことを思いながら私はチャットアプリを開き、伝えたかったことをメッセージで伝えるのだった。


手を繋いだまま家に帰ってきた俺たちは、疲れて料理するのがしんどそうだったので出前を取ることにした。

こうして出前を取るのは久しぶりかもしれない。入学したとき――舞とこの家で過ごすことになった日以来だろうか。

あの時の俺はまさか舞と恋人になるなんて思っていなかっただろう。


「碧くん、何を頼む?やっぱりこのレタスの塩漬けピザを――」

「それは却下で」

そういえば舞はこういったときに謎のチョイスの悪さを発揮するんだった。


そうしてピザを頼んで10分ぐらいたったところでチャイムが鳴った。

「あれ、さっき頼んだばっかよね?来るのが流石に早いんじゃないかしら」

「そうだよね?なにか配達物かな?」

そう思い、インターホンをのぞき込む。そこに映っていたのは――


「母さん?!」

「朋美おばさん?」


そうして俺は母さんが突然訪ねてきた理由を考えるのだった。




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

前回の一夏の話で完結にしてもよかったんですが…

まだまだ行事なども残っていますし、やはり終わるときは碧と舞の二人の話で締めたいですから。まだ続きます。それではまた次話で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る