第36話 二人の親友

「愛田さんが恐れているのは俺たちから…特に舞から邪魔者と思われることなんじゃないの?」

「え?」

そう言われて私の頭の中は真っ白になった。




「ど、どうしてそうなるのかな?」

私は二人の時間を壊さないようにという一心で…二人にとっての邪魔者にならないように…

(あっ…)

そうして私は気付いてしまった。

そうか。そうだったのか。きっと二人の邪魔にならないようにするというのはあくまで過程なのだ。私の本心の目的は二人に邪魔者と思われるのを避けること。

私は二人の邪魔をするのが嫌だったのではなく、二人から邪魔だと言われるのが、思われることが嫌だったのだ。


それを偽の理由で誤魔化して逃げていただけなのだ。

(ああ、私はなんて最低な子なんだろう)

お母さんが言っていた。あなたは幸せになっていいと。

でもそんなのは間違いだ。私は改めて自分には幸せになる資格がないと認識した。


私が自分の本心に気付いたことをあの二人は感じ取ったのか、さらに畳みかけてきた。

「一夏、あなたがずっと私たちの顔を…表情を見ないのもそれが理由なのでしょう?」

「っ!そっか…それもわかっちゃうんだね」

表情を見ると相手が思っていることがなんとなくわかってしまうこと。

それを私は舞に教えたことはない。それ以外の人にもだ。

けど舞はそんなことはお構いなしに私の秘密を暴いて見せた。


(やっぱり、舞はすごいなあ…)

「…私ね―――」

だから私は二人に少しだけ昔の話をした。

二人は真剣に聞いてくれていただろう。顔を見ていないからわからないのだけれど。

二人は今、私のことをどう思っているんだろう。

めんどくさい女だと思われてるかな?それともやっぱり邪魔者?


「だから私はお母さんを幸せにしたいの。今、私が幸せになる必要も権利もないんだよ」

バチンッ!

舞は思いっきり私の頬を叩いた。


「そんなわけないでしょ!!」

舞が珍しく本気で怒っていた。

「舞になにがわかるの?舞にとって私はなんなの…?」

自分でもなぜかわからないが少し強く返してしまった。そしてそのあとにくる舞の言葉をしっかり受け止めようと思った。そして舞から飛んできた言葉は―――


「そんなの唯一の親友に決まってるでしょ?!」


「!」

私は思わず舞の顔を見ていた。そして気付いた。

舞は…そして碧くんも。二人は自分のことを一度も邪魔だなんて思ったことはなかったのだ。ずっと大切な親友として思い接してくれていた。

二人がそういう子だということうを自分は一番理解していたのに…


「あぐっ…あ…あぁぁぁぁあぁああ」

私は泣いていた。それでも舞は言葉を止めない。

「一夏が私のことを助けてくれた日から一夏はずっと私にとっての唯一の親友。それが変わったことなんて一度もないわよ」

「ああっ…」

「それに一夏はあの日…文化祭の日にずっと親友だって言ってくれたでしょ?あれが一夏にとって嘘だったなんて信じない。だってあれはあなたの本心だと思うから」


きっと舞の言う通りだろう。今まで私は自分に嘘をついてきただけ。

私は本当はずっと舞と一緒に居たい。けどそれが許されていいのだろうか…

そうして悩んでいるとまた舞が口を開いた。


「…それにね、一夏のお母さんと約束したの」

「おかあさんと…?」

「一夏とずっと友達でいてあげてほしいって。あの子を助けてあげてほしいって」

「…」

私はお母さんのこともなにもわかっていなかったのか。

私の幸せがお母さんの幸せと言われて、それを心の中で否定していた。

私が幸せだからってお母さんが幸せになるわけじゃないと。

けどそれが違った。私の幸せを自分の幸せのように感じてくれる優しい母なのだ。

私にとって大切な大切な家族。それを自分で否定していた。


舞がまた口を開こうとする。

これ以上舞の言葉を聞くときっと私は甘えてしまう。それはきっとダメなことなのかもしれない…けれど、どこかでもういいんじゃないかとも思ってしまっている。


「だけどこれは一夏のお母さんに言われたからじゃない。私自身の意思であなたを助けるわ。あの日一夏が助けてくれたようにね」


「っ!」

少し止まっていた涙がまた溢れてくる。

私は自分が思っているより恵まれている子だったらしい。

自分のことを何よりも大切にしてくれる母。

そしてこんな自分を見捨てず親友だと呼んでくれる子。

碧くんだってそうだ。舞みたいなとっても可愛くて魅力的な子と一緒に居れば普通は二人だけになりたいだろう。けど彼は私すらも大切に思ってくれている。もちろん友達としてだが。


今まで我慢ばかりをしてきた。けどもうそんな必要はないのかもしれない。

私は思いっきり舞に抱き着いていた。


「ごめんっ…ほんとうにごめんなさいっ…」

舞は優しく私の頭を撫でてくれた。今はそれがとてつもなく心地よく感じた。

「私もごめんなさい。あなたにビンタもしたし、なによりあなたをこんな気持ちにしてしまった」

「…!違うよ…舞は何も悪くないんだよ…」

「いいえ私は悪い子なのよ…私も一夏と同じだった。そうしてそれを碧くんに助けてもらったわ」

「!」

「だからこそあなたは私が必ず助けるって決めたの。私の隣には大好きな男の子の水瀬碧くん。そしてその場には一番大切な親友の愛田一夏が居る。そんな日常が私は大好き」


涙が止まらない。なんて情けない姿なんだろう。けれど別に構わなかった。

素の自分で居ていいのだ。自分の本心を偽って我慢をする必要もない。

この二人はそれを受け止めてくれるから。そんな我儘な私がいる日常を大好きと言ってくれたから。


だからこそ私は必ずこの言葉は言わないといけないなと思った。

「ねえ。舞、碧くん」

「なに?」「どうしたの?」


「これからも二人の親友として一緒に居させてくださいっ…」


そうして私が頭を下げると二人は笑顔でこう言うのだ。


「当たり前でしょ」

「もちろんだよ」


「あははっ。二人ともこういうときは揃わないね」

いっつもは息ぴったりなのにこういう時は揃わない二人が面白くて仕方がない。

(ああ…こんな感じだったなあ)

これが私にとって一番楽しかった日常。そんな日常に戻ってきた。

もう手放すことはないだろう。だって私は我儘で強欲な女の子だから。

でもそれでいいだろう。それを受け止めてくれる親友が私には居るから。

目の前にいる二人が私と一緒に同じように笑ってくれているのが何よりの証拠。

こんな幸せは一度手に入れてしまったら手放すことはできないのだ。


「ねえ二人とも!今からカラオケ行こっ!奢ってあげるから!」

「「うーん」」

カラオケがあまり得意ではないのか二人は少し悩む素振りをする。

「まあ、今日ぐらいはいいでしょう。ほら碧くん、行くわよ」

「えっ?!舞は愛田さん側に着くんだ?!」

「ほら、逃げようとしない。一夏、碧くんを連行するの手伝って」

「うんっ!」

そうして舞は碧くんの腕を掴み私は碧くんの背中を押していく。

途中まで駄々をこねていた碧くんだったが観念したようだ。

そうして三人で歩いている最中に私は一度立ち止まった。


(お母さん…私今とっても幸せなんだ。私が嬉しそうな顔で二人との日常を話したらお母さんは喜んでくれるかな?)

私は家でお母さんと話をすることを決めた。お母さんが帰ってくるのは夜だろうが今日は気分が高くて眠れそうになさそうだから大丈夫だろう。


「一夏?ほら行くわよ」

「あ、うん!今行く!」

そうして二人に追いつく。今日からちゃんと前を見よう。私はこの二人がいるならずっと前へと進める。そんな気がしていた。



きっと私はその日、世界で一番幸せな女の子だった。









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