第31話 愛田一夏の悩み

(あの二人が付き合っちゃうなんてねー)

あの日――そう文化祭の日だ。

私は彼、『水瀬碧』の背中を押した。

『舞なら屋上だから、急ぐんだよ』

彼ならきっと舞のことを見捨てたりしないとわかっていた。あの日、私に舞のことを相談してきた彼の目からはそう感じ取ることができた。だからこそ彼の背中を押したのだ。舞を幸せにするのは自分じゃなくてもいい。やっとのことでそう思いきることが出来たから。

今日は9月19日。文化祭が終わって3日が経っている。

舞と碧くんのことが心配になって朝早くに家に行ったのだけれど、心配するだけ無駄だったみたい。もう私が入る余地もないぐらいに二人は仲良くなっていた。

あの二人はこれからもきっと私とも仲良くしてくれるだろう。

けれども、二人の時間を私が壊していいのかなと思ったりもする。

そんなことを考えている私は、きっと儚げな顔をしていることだろう。

自分で二人を応援すると決めたのだ。それなのにその間に自分を入れてほしいなんてなんとわがままなことなのだろうか。

私にとってあの時間は楽しかった。舞と二人でいた時間が楽しくなかったわけじゃない。舞と碧くんと私。三人でいる時間がとてつもなく心地よく感じた。

けれどそんな時間がずっと続くことはないんだって思い知った。

だから私一人は別の道を選ぼう。自分のわがままは心の中にとどめておけばいいのだ。


(舞の次はお母さんか・・・)

そうだ、私にはまだやることがある。自分のことよりもとても大切なこと。

お母さんの幸せをつかむこと。一度家で聞いたことがある。

『お母さんはどうしたら幸せになる?』って。

そうしたらなんて言ったと思う?

『一夏が元気で幸せなら私も幸せだよ』ってお母さんは言ったの。

私の幸せ?私の幸せって何だろう。舞たちと一緒に過ごすこと?

いや、それはさっきやめようって決めたじゃん。

あまりにも見当がつかなかったので私はあるノートのようなものを取り出す。


『日記』


そう書かれた小さなメモ帳のようなものには舞と碧くんとの出来事などたくさんのことを綴ってある。もしかしたら、二人とは過ごすことが出来なくても一人でも幸せに思えることが日記に残っているかもしれない。


――4月13日

舞の新しい家に行ったら男の子がいた!どういう関係か気になって聞いたら、同じ寮で暮らすことになった男の子らしい。今まで男の子をことごとく嫌ってきた舞が男の子との生活を認めるなんてなにかあったのかな?

そうして私はもしかしたら舞は弱みを握られたんじゃないかと思った。

だから水瀬くん・・・いや碧くんは私が警戒することにした。


――7月23日

最近、舞と一緒にいるのが今まで以上に楽しい。

碧くんとも過ごすようになってからだろうか?最初こそ警戒してたものの、私の警戒はすぐに解かれた。彼はそんな人じゃない。舞とは普通に接してくれているただの男の子。関わっているうちにそんなことは容易にわかってしまった。

まあ、警戒してたなんて本人には言えないね~

せっかくの夏休みだからプールに行こうって誘ってみた。

二人は最初は嫌がってたけど最後は行くと言ってくれた。とても楽しみ。

そして買い物に出かけ、その帰り際に私は彼に舞のことが好きかどうか聞いてしまった。これはとても大事なことなのだ。舞がこれから幸せになるか確かめないと。

彼は明白に好きとは言わなかったけど大切な友達と言っていた。

彼なら舞のことを任して大丈夫だと思い始めた。でもまだ私は舞を占領していたいかな。


――7月30日

プールに来た!彼は私たちの水着を見ても何も動じずに誉めて見せたのだからなかなかだと思う・・・まあ少し恥ずかしがってるの見えてたけどそういうことにしておこう。いろんなところで遊んでめっちゃ疲れた。お昼ご飯を食べようってことになったんだけど碧くんが離れた瞬間にナンパされた。しかも断ってもついてくるからめっちゃ迷惑・・・

男の一人が舞のことを触ろうとして本当に相手のことを殴ろうとしたけど、直前で碧くんが止めてくれた。碧くんは私たちのためにナンパ男たちを追い払おうとしてくれた。とても助かった。けどそううまくはいかなかった。

男グループの中に碧くんの中学校の時の同級生がいたらしい。

その子の一言で碧くんは黙ってしまった。その間も男たちは碧くんに罵声を浴びせている。そしてまた男が舞に触れようとしたところで私と舞は怒りを抑えることが出来なくなった。あの男が碧君の何を知っているのだろう。

私だってきっと舞ほど彼のことは知らない。けどいろんな一面を知っている。

料理はできるけど結構不器用なところだって・・・これは舞に教えてもらったやつだっけ。

けどあの男はきっと碧くんのちょっとした一面しか知らないはず。

それなのに碧くんをバカにされ続けるのは許すことが出来なかった。

そうしてナンパ男たちを退けた。碧くんはまたなにもできなかったと言っていたけれど、そんなことはないと思う。彼は頑張っていた。

そのあとは悪くなった気分と雰囲気の改善に努めてとても疲れた。

帰りの電車では寝てしまったけれど、実は舞と碧くんが話していた内容は少しだけ聞いちゃった。この3人でこれからも一緒に居れたらいいな――


・・・だめだ。私は頑張って自分一人で幸せになれる方法を探した。

けれども、どんなけ探しても見つからなかった・・・私はあの二人と過ごす時間が自分が思うよりも、楽しくて幸せだったのだ。どれだけその感情を押し殺そうとしてもだめだった。

(だめ・・・私はあの二人の時間を壊してしまう・・・)

二人の時間を壊さないように・・・二人だけの時間が増えるように・・・

私は遠くからあの二人を応援し続けると決心したのだ。

それに私はあの日嘘もついた。文化祭の日、舞は言った。

『これからも私たちは親友でいれるよね?』

私は首を縦に振った。もちろんだと答えた。自分でも酷い嘘だと思う。

だって遠くから二人をずっと見ている私は親友といえるのか、そんな私を舞は親友と呼んでくれるのだろうか。

でもどうしてだろう。そのことを頭の中で考えると自然と息苦しくなる。

私の瞳から雫が流れ始めた。だれだけ拭き取っても無限にあふれ出てくる。

ああそうだ。私は今、『涙』を流しているのだ。泣くのなんていつぶりだろう。

私はあの二人と離れることが嫌なのかもしれない。

それでも感情を殺すべきだ。私にわがままを言う資格なんてないはずだから。

(やめて・・・この気持ちを今すぐ無くして・・・)

だめ。抑えて。感情にすがってしまったら私はもう今の道に戻ることが出来ない。きっとわがままばかり言う子になってしまう。不幸になるのは私だけでいいはずなのに・・・

お母さんの言葉が頭をよぎる。

『一夏が元気で幸せなら私は幸せだよ』

私は幸せを求めていいの?自分は幸せになっていいの?

もし、私が幸せを求めてもいいのならば――


「ずっとっ・・・一緒に居たいよっ・・・!」


私は周りも気にせずに呟いていた。これが私の本心。

舞や碧くんとまだ一緒に居たい。クリスマスも、バレンタインも全部全部。

一人で幸せになんてなれるわけない。自分は何もできないのだ。

人にすがることしかできない。舞たちが居てくれないと私は幸せにはなれない。

どれだけ私が『辛』くてもあの二人がいれば『幸』せに感じるのだ。

あの二人はきっと私にとっての幸せへの最後の一本。

だから私は願う。願い続ける。


私はあの二人の親友であり続けたい。




――――――――――――――――――

えっと・・・またまた暗い展開で申し訳ないです。

最近少し投稿に遅れが出ていますが、まあいつものことなので気にしないでください・・・

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