第19話 楽しいプールと楽しくないプール2
ベチン
今男の手を弾いたのは俺でも愛田さんでもなく、姫川さんであった。
さっきまで大人しかった姫川さんに弾かれたことで男も少し驚いているようだ。
ほらあれだ、母親が先生と話す時に声変えるやつ。あれの驚きと似たようなもんだよ多分。
実際俺も驚いているのでなんとも言えないのだが…
「え?なになに?結構反抗的じゃない?」
「──なさい」
「え?なんて?ごめん聞こえなかった」
「水瀬くんに謝りなさいって言ったのよ」
「…なんでこんな奴に謝らないといけないわけ?」
佐野が言い返す。
「あら、言われないと分からないほど馬鹿なのかしら」
「は?」
「たしかに水瀬くんは積極性が足りないかもしれないわね」
(…やっぱりそうだよな)
「だ、だろ?そんな男がいいわけ──」
「けどそのおかげで水瀬くんは踏み込んでは行けないところを理解しているわ。それに比べて貴方たちは躊躇いもなしに踏み込んでくる」
「いやだからなにをいって──」
「私たちがあなた達じゃなくて水瀬くんと一緒に過ごす理由よ。私から見てあなた達が水瀬くんより優れているところはないように見えるわ。もう話は終わりでいいわよね?」
「おい、言いたいことだけ言って逃げる気かよ」
「はぁ?逃げるー?」
今度言葉を発したのは愛田さんだった。
「こっちもそろそろイラついてるんだけど。これ以上続けたいなら勝手にしろって感じだけど、周りみてみ?」
そうして周りに目を向けると知らぬ間に注目の的になっていた。そうして騒ぎになっていると気付けばもちろん監視員もやってくるわけで…
「君たち何かあったのかい?」
遠くからこっちに向かって歩いてきているのが見える。
「チッ、おい水瀬、次会った時には覚えとけよな!」
そうして去っていく。その後来た監視員に事情を説明し見かけ次第注意しておくということをお願いしておいた。
そうして俺たちは買ってきて少し冷めてしまった昼ごはんを食べることに。
「えっと…ごめん俺のせいで」
「水瀬くんが謝ることじゃないわ。それにしてもムカつくわね」
「めっちゃエラソーだったもんねぇ。にしても舞が本気で怒るって珍しいじゃん?」
「私だって事情も知らない輩に友達が馬鹿にされたら怒るわよ」
(友達か…)
学校の姫川さんと今の姫川さんとではとても違うように見える。学校で話すこともあったが、家とは全く違うように冷たい声だった。
薄々気付いてはいる。素の姫川さんはこっちであることに。学校ではなにか理由があって冷たくあしらっていることも。
でも自分にはその理由を聞くことが出来ない。
積極性が足りない。そして何よりこの関係が壊れることが怖いからなのかもしれない。
「よし!それじゃあ気分転換にあれ乗ろ!」
そうして愛田さんが指さしたのは巨大なウォータースライダー。
…なにか嫌な予感がするような。
「…別に乗るのはいいんだけどあれ2人以上専用だよ?俺一人じゃ乗れないか──」
「3人で乗れば解決じゃん」
ほらねやっぱり。嫌な予感というのは当たるものなんです。
「舞もいいよね?」
「…はぁ、こうなった以上一夏は意志を変えないでしょうね。諦めましょう水瀬くん」
「えぇ…」
「おっ、よく分かってんじゃん舞〜。ほら行くよ〜!」
そうして愛田さんに連れられてウォータースライダーに並ぶことに。
雑談などをしているといつの間にか自分たちの番まで回ってきていた。
「順番どうする〜?私1番前がいい!」
そう言って1番前に座る愛田さん。それ意見求めた意味ある…?
「…じゃあ俺真ん中で」
「お?もしかして碧くんは意外とビビりなのかな?」
「生憎だけど、俺はホラー映画とか見ないタイプだよ」
「それ無理なやつじゃない…」
「というわけで舞は1番後ろね〜」
「はいはい…」
まぁ別にどこでもいいんだけどと言い俺の後ろに座り込んだ姫川さんだったが、ここで従業員からの一言が。
「1番後ろの人は前の人のお腹に腕を回すようにお願いします〜」
「え?!」
…それは予想外だった。それだったら俺が1番前の方が良かったのではないだろうか。
そう思い愛田さんの方を見ると、何故かニヤニヤしていた。これってもしや…
「愛田さん知ってたんじゃ…」
「なんのことかなー?さぁほら早くしないと後ろの人も待ってるよ〜」
「ぐぬぬ…じゃ、じゃあ…し、失礼します」
「う、うん…」
そうして姫川さんの腕が回された。
「それじゃレッツゴー!」
そうしてゆっくりとボートが前に進んでいく。
(まぁ腕を回されているとはいえ抱きついているわけじゃないし…)
…と思っていたのだが。
「うぉ?!」
ウォータースライダーが思ったより早かった。
そうすると自然と体勢を維持するのは困難になり…。
ムギュ
「?!」
背中にとてつもなく柔らかいものが押し当てられた。まぁ言わずともわかるだろうが姫川さんの豊満に育った双丘である。
(いやこれはやばい!)
きっと姫川さんも意識してやっているわけじゃないのだろう。スピードが急に出たので仕方ないと思う…多分。
この状況をどうにかしないと。と思いはしたが、ウォータースライダーを滑っている最中なので出来ることがあるはずもなく…
俺は理性と格闘したままウォータースライダーを滑って行った。
何故か凄くウォータースライダーが長く感じられた。
そうしてウォータースライダーを滑り終えたところで…
「それじゃもっかい乗ろっか!」
「「絶対無理!!」」
愛田さんは悪魔なのかもしれない。
そうしてその後も少しだけ遊んだ後に帰る時間になった。
今は人がほとんど乗っていない電車で揺られながらただただボーっとしていた。
「…愛田さん寝ちゃったね」
右に視線を向けると見えるのは姫川さんにもたれかかって寝息を立てている愛田さん。
「まぁ今日は疲れたんでしょうね。あのナンパの後は特に雰囲気を変えるためにずっと頑張ってたし」
そうだったのか。何か気にしている様子ではあると思っていたがまさかそこまで頑張ってくれていたとは。
「水瀬くんありがとうね」
「ん?なにが?」
「ナンパされてる時に助けてくれたでしょ」
「けど結局2人に助けられたし…」
「それでもよ。助けに来てくれたことが嬉しかった」
そうして姫川さんは笑ってみせる。
学校での姫川さんの表情を『苦い顔』と表すのであれば今の表情は『甘い顔』と表すべきかもしれない。
こういう笑顔は愛田さんと姫川さんが一緒にいる時でもほとんど見ない。愛田さんと一緒に笑っている時とは違う笑顔という気がしてならない。
とそんなことを思っていると
「もし…あなたが…」
「…?」
「…ごめんなさい、何でも無いわ」
そうして姫川さんは何も無かったかのように愛田さんに視線を戻す。
『もし…あなたが…』その先が何なのか聞くことが出来たらどんなに楽だろうか。
でも聞き出すことが出来ない。俺は昔の俺から何も変わることが出来ていないと自覚する。
そんな思いを抱える中。
電車はトンネルの中に入っていく。
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