第15話 お出かけと最悪 2

その後の俺たちは特に会話をすることも無く家に帰ってきた。はっきり言って最悪の気分だ。

今日は金曜日で明日から休みなのでゆっくり休むとしよう。家に帰ると久しぶりに会話が生まれた。

「ね、ねぇ…水瀬くん…」

「えーと、あー、うん。ごめんさっきの忘れてくれない?」

「っ!そんなの出来るわけ…」

(まぁだよな…)

「その…ごめん。話すのは明日でいいかな?少し休みたくて」

「え、あ、うん。分かったわ…」

そうしてそそくさに晩御飯を済まして風呂を済ます。


そして部屋に戻ろうとしたところで姫川さんに袖を引っ張られて止められた。

「ね、ねぇ水瀬くん…」

「?どうしたの?」

「わがままだって分かっているけれど、やっぱり今話してくれないかしら?」

「えっと…なんで?」

「えっと、その…私待つのが苦手なの。わがままだと言うのは分かっているわ。けれど話して欲しいの」

「そっか…分かったよ」

そうしてリビングに移動する。

「コーヒーでいい?」

「えぇ。ありがとう」

姫川さんの好みの味は砂糖を少し入れるぐらいである。一緒に過ごしてきて寝坊してきた姫川さんにコーヒーを渡すことが多かったのでいつの間にか覚えていた。

「さてと…どこから話したらいいんだろう…」

姫川さんは真面目な顔で話を聞く体勢になっている。ここで話さないのは卑怯だなと思った。

だから俺は今までにあったことを全て話した。

父親の浮気が原因で両親が離婚をしたこと。

そこから人間不信になり、周りを信用せず、周りと関わらず生きてきたこと。少し省いた所はあるが基本的な部分は全て話した。

「──っ…そんなのって…」

「今まで黙っててごめん…」

「あなたが謝ることじゃないわよ。それに普通は家族のことなんて話さないし、私があなたの立場だったら隠そうとすると思うわ…」

「そっか…ありがとう」

いつの間にかカップに入っていたコーヒーはなくなっている。姫川さんはずっと悲しげな顔で聞いていてくれていたが、少し申し訳ない気持ちになった。

「えっとごめん。長くなっちゃったね」

「だからなんでいちいち謝るの…聞いたのは私なんだからあなたが責められることは無いわよ」

「そっか…ありがとう。話したおかげで少しすっきりしたかも」

「そう?なら良かったわ」

本当に俺はこの『姫川舞』という存在を信用しつつあるらしい。1年前の俺には考えられないことだな…

「姫川さん、話聞いてくれてありがとう。それじゃおやすみ」

そう言って部屋へと向かおうとする。

「えぇ、おやすみなさい…あ、ちょっと待って」

「…?なに?」

そう振り向いた瞬間だった。

「──?!」

なぜこうなっているのか。俺は今姫川さんに抱きしめられている。それも顔を胸の方に押し付けられるようにして。柔らかすぎだろ!って…俺キモイな…

「今までずっと1人で抱えてきたのね…本当にお疲れ様。今日はゆっくり休んでね…」

「っ!ありがとう…姫川さん…」

そうして姫川さんは体を離してくれた。

少し顔が赤くなっている姫川さんだけど、きっと俺も相当顔が赤くなっているはずだからお互い様だろう。今はあのぬくもりがとてつもなく心地よかった。


※※※


今日は水瀬くんとショッピングモールに来ている。買いたいものがあったのだけれど1人じゃ持ち帰れそうになかったので着いて来てもらったのだ。

昼食に甘いものを提案したら一瞬渋い顔をされたけれど何故かその後すぐに快諾された。

なんだったんだろう?

くだらない話をしながら買い物を続けていく。

あぁ、やっぱりだ。この人なら一緒にいても安心出来る。ほかの男子と違うというのがわかる。


買うべきものを買い終わってそろそろ帰ろうかという話になった。わたし的には外で晩御飯を食べて帰ってもいいのだが、重い荷物を水瀬くんに持ってもらっている以上、長時間外に居るままなのは最低だなと思ったので帰ることにした。

そうしたら途中ですれ違った男性に水瀬くんが話しかけられていた。

「──じゃないか碧!」

「えっと…水瀬くんのお知り合い?」

咄嗟にそう聞いてしまった。話を聞くと水瀬くんのお父さんらしい。でも何故か仲が悪いように見える。反抗期ってやつかなと思ったけれどそういうわけじゃなかった。それは私が踏み込んではいけない場所でもあった。

「姫川さんに謝って」

途中で私に対して少し侮蔑した水瀬くんのお父さんに対して、水瀬くんが怒ったように声を発する。私はそういうのには慣れているのであまり気にしていなかったのだが、水瀬くんが私のことを思って言ってくれたことは少し嬉しかった。


水瀬くんのお父さんが去ってからは絶妙な雰囲気が漂ってしまった。お互い会話もなくただ歩いて家に向かうだけ。

家に帰り、さっきのことを水瀬くんに聞こうとした。それなのに

「ごめん…さっきのことは忘れてくれないかな…」

「っ!そんなの出来るわけ…」

そんなこと出来るわけない。確かにあれは私が踏み込んでは行けないところだ。しかしこの事を放置してしまったらいけない気がした。

そうしたら水瀬くんは明日話すと言ってくれた。

私はそれで納得したつもりだったが、水瀬くんがお風呂に入ってる間に考えは変わってしまった。

ここで話さないとダメだと。もしここで明日に持ち越してしまったらまた何かと理由をつけて誤魔化される気がして。明日になればこの事がなかった事のようになる気がして。

だから部屋に戻ろうとする水瀬くんの袖を咄嗟に掴んだ。そうして今日話して欲しいと言った。

水瀬くんは困った顔をしていたが、諦めたように話してくれることになった。やはり水瀬くんは優しい。こんなのただの私のわがままでしかないのに。


それから話されたことはなかなかに辛い話だった。両親の離婚。それを小学校のころに体験をしたのだ。そんなの辛すぎる。まだまだ親に甘える時期じゃないか。母親はその時から夜は仕事でいなかったそうだ。あまりにも辛すぎる。

そしてそれによって人のことを信用することが出来なくなったという話も聞いた。

もしかしたら私も信用されていないのかもしれない。でも今こうやって水瀬くんが話してくれているのが、信用されている気がして少し嬉しかった。話を聞き終わる頃には水瀬くんが入れてくれたコーヒーも無くなっていた。

水瀬くんはなぜかたくさん謝ってきた。何も悪くないのに。わがままで話させた私が悪いはずなのに。

「あの…水瀬くん…」

「?なに?」

「えっと…」

水瀬くんは全てを話してくれた。だから私も過去のことを話すべきだと思った。その方がフェアだから。…けれども言葉が出てこなかった。話すことが出来なかった。話すことで今の距離感が変わるのが怖かった。

「いいえ…ごめんなさい、なにもないわ」

「…?そう?」

「えぇ」


そうして一通り話を終えると水瀬くんは自分の部屋へと向かっていった。彼はすっきりしたと言っていたが、何かが足りない気がした。

「あ、ちょっと待って」

「…?なに?」

だからだろうか。私は彼を抱きしめてしまった。

今、私は耳まで真っ赤だろう。けれどそれでもこうしないとダメだと思った。私は不器用だから、話を聞いたというのに水瀬くんを慰めることも、力になってあげることも出来ない。だから今だけは恥を捨てて、彼を慰めてあげるのだ。

「今までずっと1人で抱えてきたのね…本当にお疲れ様。今日はゆっくり休んでね…」

「っ!ありがとう…姫川さん…」

そうして水瀬くんを離してあげた。

おやすみ。と声をかけて部屋に入る。

その瞬間恥ずかしさが込み上げてきた。

けれど、どこか満足している自分もいた。


「ほんとどうしちゃったのよ私…」

そう嘆く声と共に夜は更けていく



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