第12話 球技大会 3
(…姫川さん凄かったな)
女子のバスケが終われば今度は男子の競技の番になる。俺はさっきのことを考えながらコートに向かって歩く。
…ちなみにだが姫川さんチームは決勝戦まで行った。最後の最後で身長170cm越え3人のチームと当たり、惜しくも負けてしまった。
なぜそっちは許可したのだろうかと気になったが、バスケ部じゃないのでOKだったのであろう。それでも理不尽だが。
(…さてと、俺も姫川さんみたいに頑張ってみるか)
なぜ自分が姫川さんのように頑張ろうとしているのだろうか、特に誰かに見られる訳でもないのに。誰に見られても気にしないのに。
1試合目が始まる。相手には180越えの子もいるようでなかなか手強そうである。俺も身長は170あるものの、運動が得意という訳でもないせいで、身長のおかげで少し普通よりブロックが強いぐらいの感じになっている。練習しても才能が開花するとかあるわけがなかった。
とはいえ俺は基本的には全力で取り組む姿勢が大事だと思っているので手を抜いたりはしない。
…じゃあ友達作るのにも全力で取り組めって?
全力で取り組んでるんですよ。取り組んでも出来ないんです、わかってください。
こんなこと試合中に考えるべきじゃないなと思い、試合に集中することにする。
「水瀬くん!トスお願い!」
少し俺より身長低めの男の子、矢幡くんである。
「了解…!」
八幡くんの身長に合わせて打ちやすい位置にトスをする。
「──そりゃ!」
周りからおぉ!という歓声が上がる。勢いよく打たれたボールが相手コートの地面に着く。
やっとの事でこちらに1点が加点された。
しかしやはり相手はとても手強くてどんどん点数差が開いていく。1度交代ということでクラスメイトと代わって椅子に座る。
(何も出来なかったな…まぁできるとも思ってはいなかったんだけど…)
少し憂鬱な気分になっていると隣に座っている他のチームメイト達が話し始めた。
「──なぁなぁ、これ無理じゃね?相手強すぎるっしょ」
「わかる。こっちと相手の運動神経が違いすぎるっての」
少し嫌だなと思った。点数は差をつけられるばかりで大負けするのが恥ずかしいという気持ちがあるのだろう。気持ちは分かる所もあるがそれでも真面目にやって欲しい。だってまだコートに居る5人は諦めるプレイをしていない。全力で頑張っている。
(これが団体戦の難しいところだよな…)
団体戦は難しい。1人がどれだけ頑張っても勝つのが難しいのだから。1人が諦めると崩れる。
それでもチーム全員が諦める心を捨てるのは無理だろう。そんな気持ちが周りから溢れているのがチームスポーツを嫌う理由ではあった。
今の点数はこちら側が3点で相手側が13点。
15点マッチなのであと2点取られたら負けだ。
こっから頑張ってもきっと、みんなが言う通り負ける確率が高いだろう。
(けどこのまま終わりたくは…ないんだよな)
ここでホイッスルが鳴る、交代の時間だ。
俺はもう一度コートに入る。
相手の強いスパイクがこちら側のコートに落ちる。あと1点。あと1点取られたら負け。
このまま終わるのが悔しかった。
八幡くんも少しもういいかなという心の声が顔に出ている。相手もあとは消化試合だと思っているのか少し緩やかになった。悔しい。けど自分には実力がない。何も出来ない。自信が無い。踏み出せない。そんな気持ちが渦巻いている。
チームメイトが相手のボールをレシーブした。
自分に何が出来る?ここでミスって大恥をかきたいのか?自己紹介の時のようにまた笑いものにされるのか?ずっとそんなことを考えていた。
「──んばれ!」
ふと顔を上げる。歓声が大きくてあまり聞こえない。相手チームを応援する声や野次馬の声がうるさくて聞こえずらいし、他の人も多分聞こえていない。けど俺はその声が誰かすぐにわかった。透き通ったような声に誰もが目を引く容姿を持つ女の子。
毎朝遅刻するかもしれない時間まで寝坊して、急いで支度をする女の子。
「がんばれ!水瀬くん!」
今度ははっきり聞こえた。さっき俺がしたように一生懸命に声を出して応援をしている。
このままじゃだめだなと思った。
「矢幡くん!トスお願い!」
「え?あ、う、うん!」
体が動いた。ミスるのが怖い。自分に何ができるのか。そんな気持ちは今いらない。
だってあんなにも一生懸命に応援している人がいるんだから。俺と同じで周りと協力したりすることが苦手で少し人を避けてしまう女の子。
女子とは仲良くしているように見えるが、まだ慣れていなくて時々避けてしまうというのを聞いたことがある。それでも一生懸命に応援している。
それだけで頑張る理由は十分だろう。
(俺どうしちゃったんだろな…)
普段の俺ならこのまま低い自己肯定感に押しつぶされていただろう。他の人が信用出来ないから。
周りの意見に耳を傾けないから。
周りが自分を応援していても、褒めていても、それを本当だと思って受け取ったことは無い。
そうやって生きてきたから。でも『姫川さん』の言葉で俺は動いた。俺はいつの間にか姫川さんを信用している。否、信用しているのかは分からない。けど他の人とは違う安心感を得てしまっている。
(こんなこと姫川さんに話したらまた嫌われそうだな)
自然と口がにやける。こんなことはいつぶりだろうか。自分が姫川さんに何を思っているのかは分からない。別に俺は姫川さんのことが好きな訳では無い。それは今言えることだ。
それでも好きとは違い、知り合いとは違う感情を持っている気がする。過ごしていて楽しい。
話したい。くだらない事で笑いたい。
これがどういう感情なのかわからない。
自分にはそういう経験がなかったから。
もしミスったらダサいと言われるかもしれない。
たとえミスをしなくてもなにあいつぐらいにしか周りから思われないだろう。けれどそれで十分。
これは俺の自己満足であるから。姫川さんの応援に応えたい。今までの自分から変わりたい。
ただのそういう気持ちだった。
「──ふっ!」
高く跳ぶ。大嫌いな父親から引き継いだ平均的な身長。そんなものでも今は武器だと思える。
八幡くんがトスで上げてくれたボールが落ちてくる。
(…こういうのも…いいよな)
勢いよくスパイクを打った。もしかしたら相手が油断していただけかもしれない。たまたまいい所に当たっただけかもしれない。それでも十分。
自分が打ったボールが相手のコートに落ちた。
この真実だけで十分。
沈黙が続く。もしかしたら緊張で俺が何も聞こえていないだけかもしれない。
そんな中で俺は1人、ガッツポーズをしていた。
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更新結構遅れててすみません。
考えるシーン長すぎて自分で書いてて少し笑っちゃいました笑
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