第16話 検査結果を両親に報告

 もし両親と一緒に仕事をしてなかったら、こんなことを今さら両親に伝えるなんてしなかっただろう。


 だが、俺は伝えた。

 仕事に支障が出ていたからだ。


 特に父親と俺の性質の相性が悪かった。

 父親はいつも口頭で指示を出すし、思いついたときにポッポポッポ仕事を振ってくる(これも口頭指示)。しかもそれをすぐにしないと不機嫌になるので、俺がしようとしていた仕事を一時中断しなければならなかった。


 あと、父親はものすごく独り言が多い。

 それにパソコンがほとんど全く使えないので、度々呼び出されては仕事を中断して、パソコンの操作方法を手取り足取り教えなければいけなかった。

 さらに言えば、父親はよく職場でYouTubeを見ていた。イヤホンはしているのだが、俺は耳がいいので漏れ聞こえる音が気になってしょうがないのだ。


 父親と同じ空間で仕事をすることは、俺にとってものすごい苦痛だった。


 だから、この検査結果を見せて配慮をお願いしたかったのだ。


 ◇◇◇


 まずは母親に検査結果を伝えた。

 検査結果をこさえて帰ってきたわたしに、母が冗談っぽく「どうやった? 障がい者やったぁ?」と訊いてきた。


「まだ確定ではないけど、そうっぽいわあ」

「え……」


 母親は、まさか本気で自分の娘が発達障害だとは思っていなかったようだ。

 言葉を失っていた。


 俺はWAIS-IVの結果を見せ、ワーキングメモリの弱さと数値差48について説明した。 ついでに48という数値差がどの程度のものなのか、ちょっとだけ分かる動画も見せた。


 母親は、涙ぐんでいた。


 そりゃ、そうだよな。いろいろ思うところあるわな。ごめんな、こんなもん見せて。


 俺は母親に言った。


「ちゃうねん。そうじゃなくて、わたしが言いたいのは。口頭指示に弱いからそこらへん配慮してほしいのと、あと記憶力やばいからこれからも迷惑かけるけどごめん許してってことを言いたいねん」


 母はこくりと頷き、それからは普段通りに振舞っていた。


 ◇◇◇


 次は父親に伝えた。

 父親には、発達障害とはなにかというところから説明を始めなければならなかった。


 心理士さんが出してくれた検査結果報告書を父親に読んでもらった。そこには、ADHDとASDの傾向、WAIS-IV結果で分かった俺の得意不得意がざっくりと記載されていた。


 それを読んだ父親は、鼻で笑った。


「都合の良い病気やな。こんなん、なんでもこの病気で言い訳できるやん」


 父親がこういう反応をすることは、予想できていた。

 だが実際に言われると、ガツーンとメンタルにきた。


 さらに父親はこう続けた。


「お母さん、絶対発達障害やわ。お父さんは発達障害じゃなくて認知症が入りかけてるだけやから」


 これは遠回しに、「お前の脳みそがアレなのは俺のせいじゃない。母親のせいだ」と主張したいのだろうと、わたしは思った。


 俺は気を取り直し、本題に入った。


「こういうわけやから、ごめんやけどこれからは口頭じゃなくて紙に書いて指示してほしいねん」

「ええ……?」


 顔に「いやだ。めんどくさい」とハッキリ書かれていた。最後まで父親は頷いてくれなかった。


 これだけでもショックが大きかったのに、さらに父親はこんな仕打ちをした。


 その日は保険会社の営業担当がうちを訪問する日だった。

 営業担当がいる前で、父親がこんなことを言ってきた。


「ぽみーは天才やもんな。IQ130あるもんな」


 こいつはいったい何を言い出したのだろうか。


「ちゃうよ。100やで」

「いや、でも130の部分もあったやん」

「124やけどな」


 人前でIQの話なんてするな。

 IQを検査したという時点で、分かる人にはもうお察しだぞ。

 なにを言っているんだこの人は。


「ぽみー天才」発言はこれだけに留まらなかった。

 その日、昼ご飯を家族で食べていたときにも、また掘り返してきた。


 さすがに腹が立って、こう言った。


「あのさ。良いとこばっかり見るんじゃなくて、悪いところを見てほしいねん」

「ううん。お父さんはぽみーの良いところしか見ないよ」


 断固とした「現実を認めません」宣言だった。


 それからというもの、父親は「ぽみーは賢いんだ」アピールをことあるごとにしてきた。


「大学に行ったぽみーは賢い。電話対応が上手なぽみーはすごい。仕事ができるよくできた子や」


 だからお前は発達障害なんかじゃないんだ。

 お父さんのせいじゃない。お父さんは発達障害なんかじゃない。

 父親の心の声は、叫ばれるよりもうるさかった。


 ◇◇◇


 ワーキングメモリが生まれつきヤベェことに対しても、もし発達障害だと診断されたとしても、俺は両親を責めようとなんて微塵も思っていなかった。

 誰もそんなふうに産みたくて産んだわけではない。誰のせいでもない、たまたまだ。


 心から、八割はそう思っている。


 まあ、父親が子どもの発達障害を認めないというのはよくあることのようだ。

 俺の父親もその一人だっただけの話である。


 これも良い経験だと思う。

 発達障害に対して、こういう反応をする人がいるということを早めに知れてよかった。(まだ発達障害と確定したわけではないが)


 それに、俺が甘えていたことに気付いた。

「ワーキングメモリが生まれつき弱いから/ADHDとASDの傾向が強いから、配慮してください」とお願いして、それを親ならば当然受け入れてくれるだろうとタカをくくっていたのだ。


 そんなことはないということを知れた。

 そして配慮してくれない人に対して悪感情は抱くべきじゃないと、個人的に思うし、そう思って自分を戒めなければならないと思っている。


 配慮してくれる人には感謝を。

 配慮してくれない人は、それが普通だ。


 だからやっぱり、自分でなんとかカバーするしかないのだ。

 そう、自分に言い聞かせている。

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