第15話 検査結果

 六月三日。とうとうこの日が来たか。

 俺は再び心療内科に行き、心理士さんと対面した。


 まずはペーパーの結果からだ。


「ぽみーさんは、ADHDとASDの傾向がどちらもけっこう高めです」

「どっちも……ですか! それはつまり……わたしにはどちらの素質がある……ということですか?」

「そうですね」

「おれすげぇー!」

「笑」


 俺的には、ADHDもASDも障害というより特徴という感覚だったので、ふたつも特徴を兼ね備えた自分が純粋に「すげえー」となった。


「特にADHDが強くてですね……」


 そう言いながら、心理士さんはWAIS-IVの結果を机に広げた。

 私の結果はこうだ。


 全検査:100

 言語理解:104

 知覚推理:95

 ワーキングメモリ:76

 処理速度:124



 ◆


 IQの数値は以下に分類されている。

(心のクリニック武蔵小杉のHPを参考)


 130以上:きわめて優秀

 120~129:優秀

 110~119:平均の上

 90~109:平均

 80~89:平均の下

 70~79:境界知能

 70未満:知的障害


 ◆


「おお~。全検査IQが見事に100ぴったり」

「そうですね。平均どまんなかです」


 全検査IQだけで見るとわたしは平均ぴったりの人間だが、各指標の数値や数値差がちょっと……いやかなりアレらしい。


「知覚推理は、解けてはいたのですが時間がかかっていたので、この数値になっています」

「なるほどお」


 かなりノロノロしていたもんな。


「ぽみーさんはひとつの物事を、じっくり丁寧に、なんども繰り返しながらこなしていくようですね」


 良い感じに言ってくれた。


 正直、知覚推理なんぞどうでもいい。

 俺の目を一番引いたのは、ワーキングメモリである。

 この数値を見たとき「やっぱりかー」と思ったが。


「ワーキングメモリ、低いですね! 76ってけっこう低いですか?」

「そうですね……けっこう、大変だっただろうなと思います」


 納得も納得である。

 この76という数値は、境界知能と呼ばれている、知的障害には一歩届かないが片脚を突っ込みそうになっているくらいの低さである。

 口頭指示が頭に入ってこないのも、電話対応中によくテンパるのも、記憶力が壊滅的なのも、このワーキングメモリが足を引っ張っていたからなのだな。


 ワーキングメモリとは対照的に――


「ぽみーさんは処理速度がとても速いです!」

「124! これはけっこう高いですか?」

「高いです!」

「おお~!」


 処理速度が何なのか、わたし自身よく理解できていないのだが……

 どうやら黙々系の単純作業が得意っぽい。


 これにも納得した。

 俺はマイクラでひたすら整地したり、探鉱したりするのが一番好きである。家を建てるとか自動化施設を作るとかそんなんじゃなく、ただただ黙々と洞窟を掘っていたい。更地にしたい。


 友だちに「なんでそんなんが楽しいん?」と訊かれることがあるが、俺にも分からんかった。こういう作業をしているときに得も言われぬ幸福感が全身を満たすのだ。

 おそらくそういった作業には処理速度が関係していたのだろう。


 だが、残念ながらゲームに限っての話である。体を使うとなれば話は別だ。

 実際に詰め込み作業系のバイトをしたことがあるが、続かなかった。

 ミスばっかりしてしまうし、楽しいと思えなかった。むしろ苦しかった。


 あくまでわたしが得意なのは、指だけを動かすような単純作業である。使えねえ。


 それぞれの数値を確認したあと、心理士さんが言った。


「ワーキングメモリと処理速度の数値差を見てください」


 その差、48である。


「この差ってどうなんですか? けっこう開いている方ですか?」

「かなり……大変だったと思います。今までよく頑張ってこられましたね」


 その言葉にうっかり泣きそうになった。

 そうか。俺はよく頑張っていたのか。


 どこかの記事で読んだのだが、数値差が15以上あった場合に「発達障害の疑いあり」といわれるそうだ。

 あと、「数値差が50近くある人は、かなり大変そうだな……と思いますね」と話している発達障害関係のお仕事をされている誰かの動画を見た。


 そうか。俺は大変だったのか。

 よく頑張っていたのか。


 それを認めてくれるのか。労ってくれるのか。


「数値差が大きな人の中には、お仕事でうまくいかないことを、自分の努力不足だと考えてしまう人が多いんです。ちがいます。努力不足なんかじゃありません」


 この言葉が聞きたくて、俺は検査を受けたのかもしれない。


「それで……、結局わたしってどうなんですか?」

「ADHDとASD、どちらも数値が高いです。特にADHDは……わたしは診断できないのではっきりとは言えませんが、病名が付きそうだな……という感じですね」


 病名をつけてもらうには、心療内科の先生に、検査結果を見せた上で再度診察してもらう必要があるという。あと診察した上での診断なので、まだ病名をつけてくれるとは限らない。

 わたしはその日のうちに診察の予約を取った。診察日は六月十四日に決まった。

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