第9話 初診-生い立ち-大学時代

「大学時代はどうでしたか?」


 大学時代が一番楽しかった。気の合う友人がたくさん(当社比)できたし、苦手な理系の勉強をする必要がなくなったし。


「大学では何を専攻されていましたか?」

「英語英文学科でした」


 英語は中学・高校時代から好きだった。塾に通っていたためか、成績は上位だった。

 大学でも、二回生に上がるときに特別な試験を受けて、上位クラスに入ることができた。


「それなのに、わたし、遅刻ばっかりして。出席日数が足りなくて、単位落としたんです。たった半期で上位クラスから外されました」


 俺にはこういうところがあった。

 寝坊したり、やる気がなかったりで、遅刻や欠席を繰り返してしまう。


 遅刻・欠席癖は、親から離れて暮らすようになってから急激に加速した。

 というのも、うちの親父はめちゃくちゃに厳しい人だったので、遅刻や欠席をさせてくれなかったのだ。

 尻たたきがいなくなった途端、遅刻と欠席をしまくるようになった。


 これは大学時代からはじまり、今現在も続いている。


「あとは、大人数での会話が苦手なことに気付きました」


 それまでは、そこまで気が回っていなかったのだと思う。大学に入ってから、空気の温度感を感じることができるようになった。


 たびたび、俺が発言すると周囲の雰囲気が変わることに気付いた。あまり良くない、冷たくぎこちない空気感だ。

 それが俺の失言のせいだと気付いてからは、できるだけ発言しないように努めるようになった。


 三人以上の会話や、気心知れた友人以外との会話は特に要注意だった。

 TPOをわきまえるのが苦手なのだと思う。公衆の面前でするべきでない話をしたり、普通は隠し事にするようなことを初対面レベルの人に話してしまったり。


 少し話が逸れるが……

 たとえば、俺はバイなのだが。

 俺は誰にでもバイであることを公然と話す。


「あ、わたしバイなんで」


 みたいな。


 それを聞いたレズの友人が、二人きりになったときに「ぽみーちゃんすごいね!? なんでそんなこと堂々と言えんの? わたしは言えない」と言ってきたり。

※この会話をしたのは十五年ほど前なので、LGBTQを受け入れられつつある今とはずいぶん違う社会環境である※


 会社の上司が、「ぽみーさんバイなんだって?www え、女の子も男の子もいけんの?www すごいねwwww」とからかってきたり。

※この会話をしたのは八年ほど前なので、今とはちょっとだけ違う社会環境である※


 レズの友人が周囲に打ち明けられないのは分かる。

 だが、上司にからかわれたのは全く意味が分からなかった。


 おそらく、少なくとも当時は、そういうセンシティブなことをおおっぴらに「言うべきではない」とされていたのだろう。

 今は十五年前よりかはずいぶん受け入れられるようになってきたので、「やっと時代が俺に追い付いてきたかガハハ」とこっそり思っている。


 そんな感じで、俺は相手の気持ちや社会の暗黙のルール的なものを配慮せずに物を言ってしまうタチなのだ。


 平気でうんことかおしっことか口に出してしまうしな。

 昼食を食べているときに、両親に「今日友だちがうんこちびる夢見たー!」と大はしゃぎで夢の詳細を話すくらいには空気が読めない。


 さて、大学時代についての話に戻す。


 自分のせいで空気が凍ることを気にし始めてから、かなり人の顔色を窺うようになった。また、周りの空気に溶け込むよう常に細心の注意を払っていた。


 なんせ俺は、気を抜けば周りの空気からはみ出してしまうのだ。

 いかに存在感をなくし、まわりの雰囲気を波立てないか、ということばかり考えていた。


 これ、めちゃくちゃ疲れる。そしてつまらん。


 そもそも、他人にも、他人がする話にも興味が持てなかった。

 恋愛話や噂話なんて地獄である。なぜどうでもいいヤツの、学びもクソもないクソつまらんクソどうでもいい話を延々と聞かされねばならんのだ。


 そんなことより三国志の話しようぜ。お前の推し誰? 俺の推しは曹植。


 テレビにも興味が持てなかったので、幼いときから友人と話が合わなかった。

 ドラマのことも、芸能人のことも、なんにも知らないから当然だ。

 俺が知っているのは筒井康隆とハリーポッターと三国志だけだった。


 同年代の人とほとんど話が合わなかった俺だが、大学時代では少し違った。

 なんせ俺の専攻は英語英文学科。ハリーポッターなんて一般常識みたいなものだった。とりあえずハリポタの話しときゃいいだろ的な雰囲気があった。

(ハリポタの推し発表会をしたときに、俺が「クリーチャー。次点でドビー」と答えると空気がちょっと凍った)


 それに文学科なので小説を読むことに抵抗がない人ばかりだった。

 筒井康隆の文庫本を貸すと、だいたいみんな読んでくれた。返すときにちょっと苦い顔はしていたものの。


 人間関係はとても疲れる。

 だが、それでも俺が楽しい大学時代を過ごせたのは、やっと自分の好きなことを語らえる友人と出会えたからにほかならない。

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