第8話 初診-生い立ち-高校時代

「高校時代のあなたについて教えてください」


 高校に上がると幾分か落ち着き、人に飛び蹴りを食らわすことはなくなった。


 その代わりに出てきたのが、噛み癖だ。

 仲の良い友人の腕や肩に噛みつくようになった。


「どんなときに噛みたいと思うのですか?」

「どんなとき……? そこに腕があったときですかね……?」


 初診のときはそう答えたが、あとで改めて考えてみた。

 そこで思ったことがひとつある。

 わたしは、愛しさが極まったときに噛みついているのではないかと。

 一種の愛情表現である。非常に迷惑な。


 噛み癖以外のところでは、高校時代のわたしはそこまで嫌われるような人ではなかったと思う。

 人の悪口を言うこともなくなり、クラスメイトや部活員とそれなりに良好な関係を築けていた。


 ……と、自分では思っていたのだが。

 半年くらい前に、高校時代の部活仲間と約二十年ぶりに話す機会があった。わたしと彼女は別に仲が良いわけでも悪いわけでもない、ただの部活仲間だった。


 彼女にこんなことを言われた。


「ぽみーちゃんのこと、ちょっと近寄りがたいと思ってた。なんだろう。話しかける隙を与えてくれないっていうか……。どこか壁があったんだよね」


 そうだったのか、とびっくりした。

 わたしにそんなつもりは全くなかった。その子に悪感情など抱いたこともない。

 いやしかし……

 仲が良い子以外に興味は全くなかった。


 おそらく無関心な相手に視線も向かなかっただろう。

 壁があると思わせたのは、それが原因だったのだろうか。


 ちなみに、部活仲間の中にとても好きな(興味がある)子がいて、その子のことは追いかけ回して噛みついていた。

 たぶん興味を持たれた子のほうが可哀そうだったと思う。ほんとごめん。


 そんなわたしは、高校三年生の春、突然クラスで孤立した。

 仲良しグループの中でハブられたのだ。

 相手の顔が見える分、中学時代の靴水事件とは比べ物にならないほど苦しかった。


 仲良しグループがなぜわたしを突然ハブったのか、わたしには分からない。

 ケンカもしていなければ、揉め事もなかった。前日まで仲が良かったのに。

 

 そう思っていたのはわたしだけだったのだろう。

 彼女たちにとったら何かがあり、彼女たちなりにハブる理由があったのだと思う。


「それから……一人でいることが好きになりましたね」


 それまでのわたしは、トイレに行くのも友だちと一緒でなければ不安だった。

 一人でいることに恥ずかしさを覚えていたのだ。


 孤立したわたしは勇気を振り絞ることにした。

 昼休みの時間に、一人で校舎外のベンチに腰掛け、ジュースを飲んでみた。


 そのときのことは、今でも昨日のように覚えている。


 誰かといるときは苛立っていた周囲の喧騒も、このときは心地の良い環境音に感じた。


 目の前をサッカー部員たちが通り過ぎる。

 一人ぼっちでいるところを見られて笑われるんじゃないか、なんて不安がよぎったけれど……。なんてことない。誰一人として、わたしに目を向ける人はいなかった。


 わたしはホッとした。

 わたしはちょっと、勘違いをしていたみたい。

 わたしが一人ぼっちでジュースを飲んでいようが、誰も気にしない。

 自分が思っていたよりも、世間はわたしに無関心だった。


 なあんだ、そっか。そうなんだ。

 じゃあ、ものすごく気楽じゃん。


 それに気付いたとき、肩の荷が下りたような気持ちになった。


 一人でいると、誰にも気を遣わなくていい。

 誰にもいじめられないし、嫌な思いをせずにすむ。


 孤独はとても楽で、気楽で、しあわせだった。


 その後、運の良いことに、別のグループがわたしに声をかけてくれた。おかげでわたしは一人ぼっちではなくなった。

 わたしに手を差し伸べてくれた友だちとは、約二十年経った今でも交友が続いている。この恩は一生忘れることがないだろう。

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