第31話 合宿

 「別に練習試合にこだわる必要はないんじゃないか?」

 黒山高校と再び練習試合が組めないと分かり、落胆ムードが漂った私たちに赤城先生がそう声をかけた。

 練習試合以外での対戦となると大会しかないのではないだろうか。

 はて、心当たりがあるのだろうか?


 「七月の最後にこの地区で大会があるのはおまえたち知っているか?」


 考え込む私たちに赤城先生が聞いてきた。


 「あ、それ知ってます!小さい大会だけど、県の大きな体育館で開かれるやつ……」


 陽菜だけはその大会を知っていたらしく、みんなが一斉に首を横に振るなかで一人声をあげた。

 それにしても、含みを持たせた赤城先生の口調はもしかして……?


 「そうだ。もちろん私たちも参加する。既にエントリーは済ませておいた。そして、一回戦の相手、どこだと思う?」

 この口調もしかして……。いや、でもそんな偶然ほんとにあるのだろうか?

 「もしかして、黒山高校なんですか?」

 静香が目をまん丸にして、まさかといった表情で聞いた。

 「そのまさかだ。何十校も参加している中でいきなり当たるとはな。まったく、運がいいのか悪いのか」

 初戦がいきなり黒山高校とは……これは一つ勝つのも難しくなってしまった。しかし、交代ができない私たちにとって最もコンディションがいい一回戦で当たれるとは逆に運がいいのかもしれない。なにより、必ず試合が、リベンジする機会がある!

 「よし、それじゃあ目標は夏の大会で黒山高校を倒すこと。この大会が我がバスケ部の初陣だー!」

 陽菜が部長らしく、みんなにハッパをかける。

 「オッケー、あのおかっぱ頭に目にも見せてやる」

 リリーが不適な笑みを浮かべながらそう意気込んだ。美人も相まってまるで映画のワンシーンみたいに決まっていた。

 「私も全力で頑張るよ。今度はあんなこと言わせないし、馬鹿にもさせない」

 いつもは穏やかな静香の目には闘志がにじみ出ているように見える。

 「けど……今のままだったら厳しくないか?」

 そんな風に周りが盛り上がる中、宮子さんは冷静にそうつぶやいた。

 私も宮子さんに同感だ。今のペースで練習したとしても、急に黒山高校を倒せるほど成長できるとは思えない。

 「前回は二十点差の完敗だったし、戦術の問題もあるけど単純に力不足だったのは明白だしね」

 二十点は戦術を工夫すれば埋められるような差ではない。私たち――特に私や静香、宮子さんは相当レベルアップしなければいけないだろう。今はもう六月の下旬だし、どうすればいいんだろう?

 みんなが頭を悩ますなか、宮子さんが口を開いた。

 「そこで提案なんだが、夏休みに合宿をしないか?」

 合宿か――なるほど良いアイデアかもしれない。朝から晩までみんなと一緒にバスケが出来れば練度は相当あがるはずだ。

 夏休みは七月の二十日ぐらいに始まるはずだから、そこから大会が始まるまでの十日ほどの間、合宿をしようというつもりだろう。

 みんなの顔が明るくなるなか、静香がいたって現実的な問題を指摘した。

 「合宿かあ、でも場所の確保とかお金とか大丈夫かな?」

 確かに、バスケ部の合宿だったら泊まるところにバスケットコートも必要になるだろうし、場所も限られるかも……。

 しかも、そういう所って意外と高いんだよね。

 お小遣いはそれほど貰ってないし、行けるかな?

 「いや、そういうことは心配しなくてもいい。お金も全くかからないところだから」

 しかし、宮子さんは考えがあるらしく、静香の指摘を受けても全く動じる気配がない。

 「お金が掛からないところ?」

 「そうだ」

 「そんなとこ本当にあるの?お金もかからず、コートもある合宿所なんて聞いたことがないよ。どの辺にあるの?」

 陽菜は話が上手すぎて若干疑いの目を向けている。いや、陽菜だけじゃない。宮子さんを除いてこの場にいる誰もが信じられないといった表情だ。

 「この近く……というか、私の家で合宿をしようと思うんだが。そしたらお金もかからないし、たっぷり練習できるんじゃないだろうか。期間は試合前日の二十九日までの一週間で。その週はちょうど親が家を空けているんだ」

 え⁉家?宮子さんの家で合宿するということ?

 ということは……。

 「え、宮子ちゃんの家ってバスケットコートあるの?」

 静香が驚愕して声をあげた。だよね。バスケの合宿なのだから、コートがなければ話にならない。

「まあね。バスケ部入ったことを両親に伝えたら、庭に作ってくれたんだ」

 はあー?体育館一杯に私たちの声が響いた。

 庭にバスケットコートを作った?たかがバスケ部に入っただけだよ?

 ザ・庶民な私には理解できないことだ。

 宮子さんは特に自慢そうに言うわけでもなく淡々で事実を話しているようで、私たちの驚きを理解していないように見える。

 これが本物のお嬢様か……。驚きを通り越して恐ろしいよ!

 白雪高校はお嬢様学校と言われていても、全員が全員お嬢様というわけではない。

 もちろん、もの凄い名家のお嬢様もいれば、私みたいな一般ピープルもそれなりにはいる。宮子さんは前者なのだろう。

 「そういうわけで……両親には許可はとってあるし、良かったら来ないかな」

 今一度宮子さんが提案した。資金面などの問題もなさそうだし、これを断る手はない。

 「行く!絶対行くよ!」

 陽菜が勢いよく首を縦に振った。もちろん私たちからも反対の言葉が出るはずもなく、こうして夏休みの白雪高校バスケ部の強化合宿が決定した。

 「それじゃあ、合宿前まで気合い入れてこー」

 陽菜の声を合図に久々の練習が始まった。



「うわー、でっかーい」


 「え?ここら辺すべて宮子ちゃんのお家なの?私の通っていた小学校のグラウンドぐらい広いよ……」


 「これが一軒家?まるでお城みたいなんだけど。日本ってこれが常識なの?」


 宮子さんの家に到着するや否や、思わず声を上げる陽菜たち。

 リリーはこれが日本の常識なのかと疑っているが、そんなわけない。

 いったい、こんな豪華な家、日本全国に何軒あるのだろうか……。

 事前に「家けっこう広いから、みんなが来ても泊まれるから安心してくれ」と宮子さんは言っていたが、これならあと十人は余裕で住めそうだ。

 この広さは、けっこうという形容詞で表していい広さじゃない……。

 合宿初日、各々の荷物を持って学校に集合した私たちを宮子さんが迎えに来てくれた。なんとリムジンで。

 校門の前に止まったリムジンから宮子さんが出てきたときの驚きたるや。

 陽菜なんか驚きのあまり飲んでいたお茶を吹き出してしまった。

 そうして驚いた私たちを乗せたリムジンは宮子さんの家に向かったんだけど……。

 レンガの敷居に囲まれ、でかくて頑丈そうな門をくぐった時点で「ああ、相当格式高い家なんだろうな」って予想できた。

 けど、門をくぐった先にあったのは、私の想像をはるか上に行くまさに豪邸だった。

 案内されたのは三階建ての一見ヨーロッパのお城に見えそうな家に広大な庭。

 そして庭の端には二十五Mプールがあって、その横にはまさかの両面のバスケットコート。

 てっきり片面かゴールが置いてあるだけだと思っていたのに。

 娘がバスケ部に入っただけで、両面のバスケットコートなんて――この家色んな意味でやばい。

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