第32話 一対一

 宮子さんの豪邸に到着した私たち。

 ここだったら質の高い練習が出来るだろう。

 陽菜なんかさっそくゴールに向かってシュートを打ち始めている。


 「それじゃあさっそく練習始めようか」


 年長者らしくリリーがみんなを集めて言った。

 リリーがこの部活の実質的なキャプテンなのかもしれない。

 シュートを打っていた陽菜も戻ってきて(陽菜が部長だろうに……)なにかを思いついたような顔をして提案をしてきた。


 「それじゃあ、いつも通りの練習じゃなくて違ったことしない?」


 「違ったこと?なにか案があるの?」


 「いや、まったくないけど」


 いや、ないんかい。

 てっきり、なにか考えてるものかと。

 思わせぶりな表情をするのはやめて欲しい。

 しかし、違う練習か……。

 いったいどんな練習をすればいいんだろう。


 「一対一で勝負するとか?」


 すると、静香がおもしろそうな案を出してくれた。


 「それ、良いかも。トーナメント形式にして、誰が優勝するか勝負しない?」


 陽菜も静香の案に乗り気のようで追加の案も出てきた。

 他のみんなからも反対の声はあがら、あっという間にルールを決めて、突然のトーナメントが開催された。

 ルールはとってもシンプル。

 攻撃と守備に分かれて、攻撃の人はシュートを決めたら勝ち。

 反対に守備側はシュートを落とさせれば勝ちだ。

 じゃんけんの結果、一回戦が静香と宮子さん、そして陽菜とリリーになった。

 余った私はシードという扱いだ。

 ちなみに、静香と宮子さんの勝者が私の相手となる。


 「わあー、宮子ちゃんか。お互い初心者どうし、負けられないね」


 「絶対に勝つ!」


 お互い意気込み十分だ。

 今年から始めた二人だし、ライバル心みたいのもあるのかな?


 「私できれば守備側がいいな。最近ブロックの練習に力いれてるんだ」


 「それはちょうどいいな。私も最近師匠との特訓で攻撃には自信アリだ」


 ほう、どちらともやりたいことがかみ合ったようだ。

 静香は身長を生かしたブロックが上手になってきていて、守備に関しては黒山高校でもスタメンで出られるほどの能力があると思っている。

 もちろん、攻撃力は大幅に後れを取るが……静香の守備力はかなり高い。

 一方で宮子さんは私がシュートを打てない理由を知ったことにより、以前よりも攻撃面に力を入れるようになった。

 練習時間の大部分をシュート練習に費やしている。

 そのため、オフェンス能力は相当なものになっているはずだ。

 守備の静香に攻撃の宮子さん、正反対の二人。

 この勝負どちらが勝つのだろうか。

 コートの端で勝負の行方を固唾を飲んで見守る。


 「それじゃあ、いくぞ!」


 そう声をかけた途端、宮子さんは鋭いドリブルで静香の右肩すれすれを抜けた。

 初速が早い!いきなりの動き出しに静香の足は止まったままだ。

 あっ、と声をあげた時にはすでに宮子さんはゴールの真下に到達していた。

 そのままお手本のようなレイアップがネットを揺らした。

 あっという間の勝利だった。


 「私の勝ちだな」


 ニヤリと宮子さんは勝利の笑みを浮かべた。


「ああ……油断したー」


 対する静香は口元が歪ませ悔しさを露わにした。

 静香からしてみれば、準備が全くできていなかった所を急に狙われて反応が出来ずに負けてしまって実力を発揮できずに終わってしまったようなものだろう。

 それじゃあ得意のブロックもしようがない。


 「ドンマイ、静香」


 「うう……なんにも出来なかった」


 肩を落とす静香に慰めの言葉を贈ったが、あまり効果はなさそうだ。

 隅っこの方で、肩を落としてうなだれている。


 「次は私たちだね」


 「後輩に負けるわけにはいかないなあ」


 そう言って、陽菜とリリーがコートに立った。

 うちのツートップの戦いだ。実質ここが決勝戦みたいなものかも。

 じゃんけんの結果、リリーが攻撃で陽菜が守備となった。

 正直、どっちが勝つのかまったく読めない。

 二人とも攻撃も守備、どちらもハイレベルにプレーできるし、身長面でリリーに少し分があるぐらいかな。

 リリーがスリーポイントラインより少し後ろに立った。

 いよいよ始まる――。


 「いくよ!」


 リリーが確認の合図をだす。


 「オッケー」


 陽菜がそう応えた瞬間にリリーは跳んでいた。

 え、その距離から打つのか!

 スリーポイントラインよりも一歩ほどの後ろの位置からだ。

 陽菜もまさかその距離からシュートを打つとは思わなかったようで、目を見開いたまま動けていない。

 私の目にはリリーが分の悪い賭けに出たと写った。

 あんな位置から打って入る確率なんて2割ほどだろうと。

 しかし、そんな私の予想に反して、リリーの放ったシュートは青空に綺麗な弧を描いて、スーッとリングに吸い込まれた。


 「うそ……」


 隣に立つ宮子さんも感嘆の声を漏らす。


 「えー!あんな遠くから、リリー凄いな……」


 「っし」


 リリーのミラクルショットに愕然する。

 シュートを決めたリリーは小さくガッツポーズをしていた。


 「うう……なにも出来ずに負けちゃった……」


 陽菜の視線は地面に釘付けのままだ。さきほどの静香同様、陽菜の足は一歩も動いていなかった。意表をつかれたとはいえ、まさに完敗だろう。

 けど、今回は陽菜がダメだったというわけではなく、リリーが凄すぎただけに思える。

 私だっていきなりあんなシュート打たれたら止められる自信はない。


 「あんな距離から決められる自信はあったの?」


 「いや、自分でも分の悪い賭けだったと思うよ。けど、最近スリーポイントにこだわっていてね。スリーポイントで勝ちたかったんだ」


 なるほど、あくまでこだわりってわけか。

 でも、なんで急にスリーにこだわりはじめたんだろう?


 「黒山高校との試合を見据えてね。得点のパターンは増やしておいた方がいいかなって」


 私の疑問を感じ取ったのか、リリーが言った。

 シュートは私を除いた4人が打たないといけないから、攻撃に力を入れているのかもしれない。

 シュートが打てなくて、みんなの負担になっている申し訳なさを以前は感じていたけど、今は違う。

 出来ないことはみんなに託す分、私はみんなのために全力を尽くす。

 頼り、頼られて、みんなと一緒にいたい。


 「次は私と師匠の戦いか」


 「宮子さん、その言い方辞めて……」


 未だに慣れない呼びかたに顔が熱くなる。

 宮子さんが私を師匠と呼ぶようになったのはごく最近のことだ。

 何に影響されたのか知らないが、辞めてほしいと言っても一向にやめてくれないのが悩みものだ。

 どうせ、陽菜あたりがおかしなことを吹き込んだのだろうと根拠はないが結論づけている。


 「それは無理な注文だ。私にとって師匠は師匠だからな」


 ――この通り、もう何を言っても無駄だろう。最近諦めがついてきた。


 「それより師匠こそいつまで、さん付けで呼ぶつもりなのかな?他のみんなは全員呼び捨てなのに」


 「え⁉それは……」


 宮子さんから強烈なカウンターが返ってきた。

 かれこれ三ヶ月ほど一緒に部活をしているわけだし、もうそろそろ、さん付けで呼ばなくってもいい頃だろうとは思う。

 みんなも呼び捨てか、ちゃん付けで呼んでいるわけだし。

 けど、宮子さんのあふれるお嬢様オーラが私が呼び捨てにすることをためらわせる。

 それにこんなお家に住んでいるのを見ると余計に呼びづらい。


 「それとも私だけ除け者なのか?」


 目を伏せて、寂しげにこちらを向く宮子さんの顔はまるで私が酷いことをしているみたいに思えて、それはずるい……。


 「……宮子」


 「よし!それじゃあ勝負といこうか」


 私が名前を呼んだのを聞いて満足げに頷づいた。なんだか違和感がすごい……。


 「私が攻める側でいいかな?」


 宮子の提案にはもちろん頷く。悲しいかな、私が攻めだと宮子はその場に立っているだけでも勝ててしまうだろう。

 ダムダム、と小刻みにバスケットボールが弾む音がこだまする。

 額から一滴の汗が滴り落ちた。

 空には夏特有の入道雲が青空にポツンと浮かんでいて太陽は燦々と私を照らしている。

 眼前には宮子が姿勢を低く保ちながら私の隙を探している。


 「勝負だ!」


 宮子はそう叫ぶと一気にボールをつくスピードを上げた。

 ボールが右手から左手に渡ったかと思いきや、また右手に。

 素早いボール回しに目を置いていかれないよう、必死に動かす。

 宮子は確率の高いレイアップを狙うはず。

 だったら、ゴールに向かう進行方向上に私の体を潜り込ませてドリブルを止めてやればいい。

 そうすればシュートは打てないし、打たれたとしても入る確率はごく僅かだ。

 いつ来る?いつ突っ込んでくる?――来た!

 私の体の左横に宮子は飛び込んできた。絶対に行かせない。

 そう思って体のを重心を左に傾けた瞬間、視界から宮子が消えた。

 宮子がボールを右手から左手に持ち替えて、右に向かっていた体を左向きに変えたのだ。

 これは……クロスオーバー⁉辻裏が得意としている技だ。

 以前から練習しているのは知っているが、もう習得したのか――!

 想定外の事態に私の足は一瞬止まってしまった。

 そして宮子さんはゴールに向かって一直線。

 これは私の負け……そう思った瞬間、「ああ、しまった!」と、叫び声がした。

 振り向くのと同時にボールがコロコロとコートの外へ転がっていくのが見える。

 なんと自分の足にボールを当ててしまったようだ。

 まさに初歩的なドリブルミス。

 危なかった……ミスさえ無ければ宮子さんはゴールを決めていただろう。


 「あ~、今のは惜しかったなあ」


 「ほんと、ほんと。キレのある良いドリブルだったね」


 私たちの勝負が終わったと見るや、陽菜たちがコートに集まってきた。


 「くやしいー、勝ったと思ったのに……」


 「いやー惜しかったね、私も負けを覚悟したよ。まさか、もう出来るようになったの?」


 率直な疑問だった。

 四月の終わりから初めて、今は七月だから……まだ三ヶ月しか経ってないのに、かなり洗練された身のこなしだった。


 「実は一ヶ月ぐらい前から動画とか見ながら、ここで本格的に練習していたんだよ。まあ、試合で使えるほどじゃないんだけど……まだまだミスも多いし」


 謙遜しているが、バスケットを始めてまだ三ヶ月なのに凄い成長曲線だ。

 その成長を助けているのはやはり自主練習だろう。


 「やっぱり、家にコートがあるっていいなあ」


 陽菜が羨ましそうにつぶやく。


 「バスケ部のみんなだったらいつでも歓迎するぞ」


 その言葉に、わーいと陽菜たちから歓声があがった。もちろん私もね。


 「次が決勝戦だね」


 そうだ。まだリリーとの試合が残っていたんだった。

 さっきの試合は宮子のミスで勝ったようなものだし、次で挽回しなければ。

 私よりもリリーが上手いことは分かっているが、もしかしたら勝てるかも……なんて期待してしまっている自分がいる。

 だって勝負に絶対なんてないしね。

 ワンチャン優勝できるかも……。

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