第27話 二人の出会い side陽菜

 「あーあ」


 「どうしたの陽菜?またため息ついて。そんなに昨日の試合ダメダメだったの?」


 陽菜がため息をつくと、向かい合ってサンドイッチを頬張っていたよっちゃんが首をかしげた。

 よっちゃんは私と同じ高校からの転入組で教室ではいつも一緒にいるんだ。

 基本はよっちゃんか宮子ちゃんと教室では一緒に居ることが多いかな。

 今は宮子ちゃんは図書館へ宿題の調べ物をしに行っているため、二人でお昼を食べている。

 ランチタイムは部活の次に私が好きな時間だ。

 いつもは幸せな時間。けど、今日は憂鬱な気分だ。理由はもちろん昨日の練習試合だ。

 けど、試合に負けてしまったことが原因じゃない。

 昨日の試合の後、私の大親友の涼音ちゃんが部活を辞めると言ったことが今の私の気分をどん底に落としている。

 涼音ちゃんがあんなことを言ったのは十中八九、辻裏が原因だろうと思う。

 昨日の試合中やたら辻裏が涼音ちゃんに絡んでいたし……まさか辻裏が相手チームにいるとは。

 辻裏っていうのは陽菜と涼音ちゃんの小学校の同級生で、自分よりおとなしそうな子を見つけるといじめて、パシリみたいに使う根性がねじ曲がった嫌みな奴ね。

 中学校の頃辻裏が陽菜のクラスの子をいじめている現場を見つけて注意したときから絶交状態にある。

 あんな性格の悪い女はめったにお目にかかれないね。

 まるで聖女のような涼音ちゃんとは真逆だ。

 まったく、涼音ちゃんの爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだ。

 いや、あんな奴に涼音ちゃんの爪はもったいないね。

 なんなら陽菜が飲みた……ごほん、ごほん。

 つい心の奥から本音がにじみ出てきてしまった。

 しかし、ほんとに涼音ちゃん部活辞めちゃうのだろうか。

 涼音ちゃんがいないバスケ部なんて私にとっては味のしない飴ぐらい価値のないものだ。


 私にとっては涼音ちゃんと一緒にやることが全てなのに……。


 「はーあ」


 「も~また、ため息ついてる――陽菜らしくないなあ」


 よっちゃんがあきれているが、私だっていつも元気いっぱいというわけではないのだ。


 「だって涼音ちゃんがバスケ部辞めちゃうかもしれないんだよ」


 「えぇ!涼音ちゃんって陽菜の親友の?陽菜、涼音ちゃんと一緒にやるためにバスケ部創ったんじゃ……。一体どうしてそんなことに?」


 驚いた様子のよっちゃんに昨日の顛末を話す。


 「だからそんなに落ち込んでいるんだね」


 「そうそう、もし、涼音ちゃんが辞めちゃったらと思うと心配で心配で。夜も眠れないよ」


 「でも、そんなにウジウジしてるの陽菜らしくないよ」


 「陽菜らしく……?」


 「うん。そんな弱気なのらしくないよ。一度涼音さんに会ってみればいいじゃない。辞めるって宣言してから話せてないんでしょ。直接話し合ったら気が変わるかもしれないよ」


 確かに、今は涼音ちゃんが一方的に宣言してしまっている状態で私からは何も伝えられていない。

 よっちゃんの言うとおり涼音ちゃんに私の気持ち伝えたら気が変わるかも。

 ちょっと楽観的な予想のような気もしないではないが、うじうじ悩んでいるよりはマシだろう。


 「そうだね……よし、涼音ちゃんと話してみる!」


 「うん、それでこそ陽菜だよ」


 そうして、お昼ご飯を急いで食べて二組に足を運んだんだけど……。


 「え~、今日涼音ちゃん休みなの⁉」


 「うん、朝のホームルームで赤城先生が体調不良って説明してたよ」


 涼音ちゃんの姿が見えず、静ちゃんに聞いたら今日は休んでいるらしい。

 体調不良のようだが、もしかして昨日の試合が原因なんじゃないか、そんな疑念がわいた。

 「……さようなら」脳裏によぎるのは小学校の卒業式で涼音ちゃんがつぶいた最後の一言。

 今回もあの時みたいに涼音ちゃんが私の前からいなくなってしまうのではないか?

 部活どころか、学校まで辞めてしまうかも。

 そんな最悪のシナリオが思い浮かんだ。

 ほんとにただの体調不良だったらいいんだけど、もしかしたら……。

 翌日も涼音ちゃんは学校に来なかった。私の心配はますます膨らんだ。

 これは、今日の帰る涼音ちゃんの家に行ってみよう。行かなくてはならない気がした。


 きゃっきゃ、と子供たちが追いかけっこしているのをベンチに座りながらボーと眺める。

 学校帰りなのかみんなランドセルを背負ったままだ。

 涼音ちゃんのお見舞いの帰り道、私の足は自然とこの公園へと向かっていた。

 この公園は私の家と涼音ちゃんの家の中間ぐらいに位置しており、なおかつバスケットコートもあったため二人でよく遊びに来た思い出の場所だ。

 なにより、ここは私が初めて涼音ちゃんと出会った場所。

 そんな特別な場所だから――見舞いの帰りにふらっと立ち寄った。

 今日の涼音ちゃんの様子だと風邪をひいているようには見えなかった。

 もしかしたら、私の予想は当たっていたのかもしれない。

 けど、そんなことはどうでもいいのだ。

 私が伝えたいことは伝えられた、今はそれだけでいい。

 あとは涼音ちゃんを信じるだけ。

 大丈夫、私の大好きな優しい涼音ちゃんだったらきっと私の想いに応えてくれるはず。

 今更かもしれないが、私は涼音ちゃんが大好きだ。

 もちろん恋愛感情もある。

 偶然この公園で練習する涼音ちゃんを見たのが私の今も続く長い初恋のはじまりだった。

 私の家の近所には同年代の子がいなかった。

 だから、いつも家の中でゲームや漫画を読んで遊んでいる子供だった。

 三年生の頃公園で涼音ちゃんを見かけるまでは。

 春もそろそろ終わろうかというあの日は雲一つない青空に肌を微かにそよ風がかすめ、暑すぎず、かといって寒くもなく、まさに最高の天気だった。

 それこそ、家にこもってばかりの私が久々に、外に出ようかと思うくらいには。

 家を出てふらりと立ち寄った公園には一人先客がいた。

 その子はこちらをまるで気にもとめず、ひたすら公園の隅のコートでシュートの練習をしていた。

 私はその時バスケットボールのことなんか何一つ知らなかった。

 けど、その子のシュートを打つ姿はとてつもなく綺麗で輝いて見えた。

 幼稚園のころ宝箱の中に大切にしまっていたビー玉よりもデパートに飾られていたアクセサリーよりも、綺麗だった。

 まっすぐ伸びた背中に、高く地面を跳ぶ姿。

 ゴールを見つめる美しい横顔がまるで天使のように見えた。

 その子が打ったシュートは面白いようにリングに吸い込まれていった。

 まるでボールとリングがS極とN極の関係かのように。

 その子が帰るまで、何時間も私はひたすら物陰に隠れてその子を見続けた。

 その時には既に恋をしていたのだろう。しかし、勇気のない私は話しかけることが出来なかった。

 もう一生会えないのだろう、そう諦めていた。

 しかし、幸運にもその子は私と同じ学校に通っていた。

 四年生の始業式、天使は私と同じクラスにいた。教室に入った瞬間に分かった。

 自然と目が引き寄せられた。

 初恋のその子の名前を自己紹介で初めて知った。

 雨宮涼音――それが天使の名前だった。

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