第25話 忘れられない過去

 私は小学校一年生から地域のバスケットボールチームに所属していた。

 隣家の年の離れたお姉さんが通っていて、私を誘ったのがきっかけだった。

 あの頃はバスケットボールが大好きだったから、家から少し離れた公園でよく自主練もしていた。

 そんなこともあって、小学校4年生から始まる部活で私がバスケ部を選んだのも至極当然のことだった。

 当然昔からやっていた私は新入部員の中で頭一つ、いや四つぐらいは抜けていた。

 その証拠に私は入ってすぐの試合ですでにスタメンに選ばれた。

 週に練習が三回ぐらいしかなく、緩くやっていた部活だったため私よりも上手な上級生もいなかった。

 最初の一年、四年生だった頃は県大会一歩手前で負けてしまったが、五年生のときには県大会に出場して良いところまでいけた。

 それが私にとってのターニングポイントになってしまったのだと、今は思う。

 最後の一年、私は全国大会にいけると本気で信じてしまったのだ。

 四年生の頃より五年生の方が成績も良かったし、このまま成長して行けば全国大会も夢ではないと思った。

 最後の年、一番上手というだけで先生は私を部長に選んだ。

 そして、私はみんなに全国大会に行くために練習することを強要した。

 練習日を増やして、試合は一番シュートが上手な私がほとんどシュートを打って、パスはほとんど出さなかった。

 しかし、それは全国大会に行くためにしょうがないことで、みんなも同じ気持ちだと思っていた。

 今思い返せばなんと馬鹿な話だろう!

 たかだか小学校の部活で、公立高校の部活で勝利は求められていなかったのだ。

 みんなで頑張って、みんなで仲良く試合に出てその結果負けてもそれでいいのだ。

 私に対するみんなの不満はどんどん大きくなっていった。

 しかし、私はみんなの気持ちには気づけなかった。

 この時点では誰も表立って文句を言わなかったからだ。

 試合では連戦連勝で全国大会も夢だと、ばかばかしいと一蹴できなくなっていたからだ。

 まだ希望はあった。

 私が自分の失敗に気づいたのは試合に負けたとき、県大会の決勝だった。

 勝てば全国大会にいけるその試合、僅差のゲームだった。

 試合は残り十秒で一点差、こちらがボールを持っていて最後の攻撃。

 シュートを決めれば勝ち、外したら負けの緊迫とした場面。

 会場の観客は息を潜め、試合の行末を見守っていた。

 ボールを持つ私は相手の厳しいマークにあっていた。

 そんな私の視界の端にはフリーになっている味方が見えた。

 けれど、私はパスを出す選択をしなかった。

 厳しいマークにあいながら、無理矢理にも自分でシュートを打った。

 その方が勝つ確率が高いと思ったから、全国に行くには最善の策だとおもったから。しかし、崩れた体制で打ったシュートはリングに当たることなくエアボールとなって床に落ちた。

 その瞬間、体育館に歓声とため息が入り乱れた。私たちは負けたのだ。


 「ごめんなさい……」


 私はそう言って頭を下げることしかできなかった。


 「涼音ちゃんのせいじゃないよ。むしろ涼音ちゃんがいなかったら陽菜たち、こんなところまで来ていないよ。むしろここまで連れてきてありがとね」


 陽菜はそう言って私を慰めてくれた。し

 かし、周りのみんなは何も言葉を発しなかった。

 次の日から始まった。地獄の日々が……。

 登校してすぐ異変に気づいた。

 教室に入った瞬間周囲の視線が私に注がれたのだ。

 思わず寝癖でもついているのかと頭に手をやったことをよく覚えている。

 席に座っていると、クラスの中でも背の高いバレー部の女子が私に向かって歩いてきた。

 その女子は私の前に来るやいなや、「みんなに謝ったのかよ?女王様」そういった。

 その目は蔑むように上から私を見下ろしていた。

 意味が分からずに呆然としていると、ちっ、と舌打ちをしてその女子は去って行った。

 その日のうちに、比較的仲の良かったクラスの子が私の現状を教えてくれた。

 私が下手なのに自己中なプレーばっかりして、バスケ部に迷惑をかけていたこと。私のプレーが原因で負けたこと。

 そのような噂が広まって私は下手くそな自己中というレッテルを貼られていること。バスケ部員を中心に嫌味を込めて女王様というあだ名で呼ばれ始めていることなどだ。

 その噂を聞いたときショックで足下が無くなって、体が崩れ落ちるような感覚になった。

 その時に馬鹿な私は初めて自分の間違いに気づいたのだ。

 自分が裸の王様だったことに。

 しかし、時すでに遅し。

 噂はあっという間に広まって廊下を歩くたびにクラスメートに指を指されるようになった。

 それまでクラスでは仲良かった子も一斉に私と目を合わせなくなった。

 まるで、今までの関係が全て消えてしまったみたいに。

 そうして、あからさまに私はハブかれた。

 行事では私だけ雑用を押しつけられたり、上履きがなくなったり。

 そんな状態に納得できずに最初は言い返していた。

「私は下手じゃないしチームのことを考えてる。それに私が居なかったらそもそも県大会にも行けていないんだぞ」と。

 しかし、いつしかそんな気力は失せ私は何もやり返さないサンドバッグになった。

 シュートが決まらなくなったのはこの頃からだっただろうか。

 唯一の幸運だったのは違うクラスだった陽菜はいじめについて何も知らなかったことだ。

 もしかしたら陽菜の友人たちも「あなたの友達いじめられてるよ」とは伝えづらかったのかもしれない。

 私は陽菜はもちろん誰にも相談できなかった。

 見栄や意地が邪魔をしてしまった。陽菜と廊下ですれ違っても目を合わせないようにしていた。

 だから中学校は私立に逃げたし、バスケットボールもやめた。

 バスケットボールは私にとって辛い日々の象徴となっていたから。

 けど、陽菜や静香たちと会って過去を乗り越えられたのかもって、忘れられたのかもって思えた。しかし、そんなことはなかったのだ。私の勘違いだった……。

 辻裏に会って、怯えて、何も変われていないと思い知られされた。

 私の中でバスケに対する意欲もバスケをやる勇気もポキンと折られてしまった。

 みんなには申し訳ない、でもバスケはもうやりたくない。



 布団の中で膝を抱えながらうずくまっているとピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。

 はて、郵便でも届いたのだろうか。

 お母さんと訪問者の話し声が微かに聞こえた。

 今日はお母さんが休みだから私が行く必要はないだろう。

 そのままベットに潜っているとトントン、と部屋の扉がノックされた。

 もしかして、荷物は私宛のものだったのかな?

 お母さんが持ってきてくれたのかもしれない。

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