第20話 成長


 「パス!ボールこっち渡せ!」


 スリーポイントラインで辻裏が強引に味方からパスを受け取る。

 ボールを持っている黒山高校の選手は辻裏のしつこい要求に怪訝な顔を浮かばせながらパスしている。

 辻裏が本来の作戦を守っていないことは明白だ。

 こいつはチームへの貢献なんか考えてはいない――。

 私との勝負にこだわる気だ。この勝負、絶対に負けるわけにはいかない。

 私のプライドのためにも、オフェンスができない私のサポートをしてくれる仲間のためにも、なにより陽菜を馬鹿にしたコイツだけには負けたくない。

 過去の記憶から辻裏に関する情報を必死に思い起こす。

 小学校のころの辻裏のプレースタイルは中にドリブルで切り込んでからレイアップを打つのを得意としていた。

 反対に味方へのパスと外からのシュートは苦手だった。

 ジャンプシュートはツーポイントですらほとんど決められなかったはず。

 今も変わっていないという保証はないし、もしかしたら外からでも決められる可能性はあるだろう。

 けど、得意なプレーというのは昔から変わらないことが多い。

 誰だって得意なプレーは積極的に練習したくなるし、試合でも使いたくなるだろう。

 逆に苦手なプレーは試合で使うのを躊躇っていつまでも進歩しないなんてことはザラにある。

 それに、たとえ苦手なプレーを克服しても、一番の武器、一番自信のあるプレーは変わらないなんてよくあることだ。

 たとえ、辻裏が外のシュートを克服していたとしても、きっと中で勝負してくるはず。

 私は辻裏がジャンプシュートを打ってくる可能性を頭の中から消した。

 ダン、ダン、と辻裏がゆっくりとボールを叩く音がだけが、やけにクリアに聞こえる。

 その他の音はどこかに消えてしまった。

 今この瞬間、私の全神経は目の前の敵に注がれている。

 辻裏が左前に向かって突っ込む素振りを見せた。

 けど、きっとそれはフェイク。きっとこいつの狙いは――。

 辻裏はフッと息を吐くのと同時に左手から右手に勢いよくボールを持ち替えるとそのまま右からドリブルして突っ込んできた。

 これは――クロスオーバーだ!

 辻裏は試合の大事な場面のシュートではクロスオーバーからのレイアップシュートを多用していた。

 自慢のドリブル技術と得意のレイアップシュートを組み合わせた辻裏にとっての必殺技だ。

 けど……やっぱりコイツは変わってない。

 昔からコイツのクロスオーバーは何回も見てきた。

 これだったら十分対処できる、止められる!

 さっきまでのゆったりとした動きから急に早くなったことで目が追いつかない。

 しかし、ここで引き剥がされるともう止められなくなってしまう。

 私は体を辻裏の進行方向に潜り込ませて体を当てて奴のドリブルを止めようと踏ん張る。

 しかし—止まらない!

 昔だったらこれでコイツの動きを止めることができていた。

 なのに、辻裏は私のことを意に介さず強引にリングに向かって突っ込んでいく。

 私と辻裏はほとんど変わらない体型のはずなのに明らかにパワーで負けていた。

 やばい、このままだと決められる――。

 しかし、今でもファウルすれすれのディフェンスだ。

 これ以上激しくディフェンスにした瞬間、審判の笛が鳴るだろう。

 ふと、辻裏の勝ち誇った顔が浮かんだ。結局、私はあの頃から変われていないのだろうか。いつまでたっても負け犬のままで終わってしまうのか……。

 私はどうすることもできずにとうとうゴールの手前まで侵入を許してしまった。

 辻裏がレイアップを打とうとステップを踏む。

 もうダメだ、止められなかった……。

 そう思った瞬間に私は足を止めていた。

 ただただ、辻裏がリングに向かってジャンプしていくのを棒立ちで見守っているだけ。

 私が諦めて、足をとめたことで私という障害物がなくなった辻裏は悠々とボールをリングに向かって放り投げていく。

 完全に私の負けだ……。

 ごめん陽菜、陽菜のこと馬鹿にされたのに。コイツに勝てなかった……。

 いつもこうだ。

 私がなにかにチャレンジしても、どんなに必死にやっても最後はバッドエンドで終わるんだ。

 小学校でもあんなに必死にチームを強くしようと、もっとバスケを上手くなろうと努力した結果がどうだった?いじめられただけじゃないか。

 もうどうでもいいや。

 負けを自覚して全てがどうでもよくなった。

 体中から力が抜け落ちた。

 ただ呆然とリングに向かうボールを見る。

 そしてボールはリングに――吸い込まれなかった。

 横から伸びてきた手がボールをはじき、方向を変えた。

 ブロック――!

 いったい誰が?


 「涼音ちゃん、わたしもいるって言ったでしょ!」


 シュートをブロックしたのは静香だった。そして静香の声はひどく怒っていた。

 ふと、正気に戻る。

 そりゃあそうだ。試合中に諦めて足を止めるなんて最悪だ。怒られて当然だ。


 「ごめん、ひどいプレーだった」


 「そうじゃなくて!」


 「二人とも今は試合に集中しないと」


 静香は何かを言いたそうにしていたが横を走る宮子さんの言葉に口をつぐんだ。

 そうだ、まだ試合は終わっていない。今

 のミスを取り返さなければ。

 このままだと……このままだと私の価値、このチームにいる資格がなくなってしまう。

 オフェンスで全く役に立たないどころかプレーを諦めてしまったなんて。

 それだけじゃなくディフェンスですら辰巳さんにボコボコにされ、辻裏にも簡単に抜かれてしまった。

 みんなに失望されただろうか。

 いや、プレーを諦めてしまった時点でもう私はこのチームにいていいのだろうか……。

 時間が必要だった。

 私が自分の気持ちの整理をつけるための。

 けど、時間は止まってくれない。

 今もタイマーは着々と進んでいる。

 タイマーが示す残り時間は四十秒。もうほとんど時間はない。

 この短い間でなんとか挽回しなければ。

 けど、どうやって?

 シュートも打てない、守れない私にできることって?

 なにもないんじゃ……。

 そんな目の前の試合に集中出来ていなかった私に対して宮子さんから注意の声がとんだ。


 「雨宮さん!そんなとこに突っ立ってないで動いて!」


 しまった、位置が悪い。

 私がここにいるとリリーのドリブルの邪魔になってしまう。

 宮子さんの声で気づいた時には既に遅かった。

 私のせいで乱れたフォーメーションを立て直せず、リリーは二十四秒ギリギリに苦しまぎれのスリーポイントシュートを放った。

 相手のブロックをなんとか躱そうと、かなり無理な体勢から放ったシュートはリングに掠ることもなく地面に落ちた。

 落ちたボールをしっかりと相手のセンターが確保し、私たちの反撃は封じられてしまう。

 またやってしまった……。

 私のせいで、私が邪魔したせいで……。

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