第19話 試合開始!
「お帰り~。あれ、涼音ちゃんどうしたの、具合悪そうだよ?」
静香が横になった体を起こしてこっちを向いた。きっと今の私はひどい顔をしているだろう。
「あ~うん。私も時間差で疲れが来たみたい」
「なにそれー。おばあちゃんみたいじゃん」
私の返答がツボに入ったのか静香は破顔した。
「こら、まだピチピチのJKダゾ」
「その言い方がおばさんだよ」
私は今自然に笑えているだろうか。
怖い、さっかまでなんとも思わなかったこの空間、しかしあいつが近くにいると自覚すると、体育館にいるだけで膝が震えてくる。
静香には上手く隠せているだろうか。
バレたくない、こんな姿見せたくない――。
「もうそろそろ、試合始まるからお前たち、しっかり準備しとけよ」
赤城先生がいつもの気怠げな声でそう言ってるのが聞こえた。
さっきから変な感じだ。どっか別の場所に心があるみたい。先生の声も遠くに聞こえる。
「涼音ちゃんほんとに大丈夫?体調悪かったら出ちゃ駄目だよ」
大丈夫じゃない、逃げたい。
私をいじめる奴があっちにいるんだ――そう伝えたい。
でも、静香にはそんな姿見せたくないよ。
高校生になっての初めての友達だから……友達だからこそ弱みはみせられないんだ。
「大丈夫、大丈夫。ホントに疲れがきただけだから」
だから私は嘘をつく。素直になれない。
「ならいいんだけど……けど、いつでも頼ってね。私まだ全然上手じゃないけど、で、でも涼音ちゃんのためだったら頑張るから。全然役にたたないかもしれないけど、力になるから。え~とね、つまりね、言いたいことは涼音ちゃんは1人じゃないから、私もいるから。それだけは忘れないでね」
静香は胸の中の思いを一気に吐露した。
私と目が合うと、なんか照れくさいね、と言ってテヘへと笑った。
静香がとても頼もしく見える。
一人じゃない。そうだ、今の私は一人ぼっちじゃない。
静香やリリー、宮子さんに赤城先生。それに、陽菜もついているんだ。
そう考えるとさっきまでの気分の悪さが少し消えていった。
「静香、ありがとね」
私がそう言うと余計照れくさくなったのか静香の顔はほんのりと赤く染まった。
「汐見先輩がんばってくださーい」
「辰巳先輩ファイトでーす!」
黒山高校のベンチから声が響く。
一応白雪高校で行われているため、白雪高校のホームといえるのだが完全に空気はアウェー。
挨拶のあといよいよ試合が始まる。
ジャンプボールは静香の方が相手より背が高いため有利だ。
しかし、審判の手から垂直に投げられたボールは相手選手が先に触ってしまい相手の攻撃から試合はスタートした。
完全に競り負けていた。静香の動きは明らかに鈍く、ジャンプも全然跳べていなかった。
午前の練習の疲労が回復していないことが見てとれる。
また、静香は相手へ遠慮してしまってリバウンドやジャンプボールで相手とぶつかることを嫌がってボールを確保できないという弱点が練習の時からあった。
普段は他人を気遣える優しい心を持っていることは素晴らしい長所だろうが、コート上ではかえってその心が静香のプレーの足を引っ張ってしまっている。
私たちは決められた相手選手一人を各選手が守るマンツーマンディフェンスでこの試合に挑むつもりだ。
私と対峙するのは向こうのキャプテンの辰巳さんだ。
彼女は私とほとんど身長が変わらないにもかかわらず先ほどの練習ではシュートを決めまくっていた。
練習を見る限りきっと辰巳さんは私よりもずっと上手いだろう。
私に彼女を止めることはできないかもしれない。
でも、やるしかないんだ。
だってシュートもパスもできない私がディフェンスまでできないのだったら私がみんなとバスケをやる資格なんてないと思うから――。
「そっち行ったよ!」
後ろから陽菜の指示が聞こえるのと同時に辰巳さんにボールが渡った。
試合開始からずっと私が狙われている。
辰巳さんの腕がパスをもらった瞬間に上がるのが見えた。
スリーポイントシュートだ――咄嗟に判断してシュートをブロックしようと腕を伸ばす。
しかし、辰巳さんは私が腕を伸ばすのと同時にボールを地面についた。
フェイント⁉しまった!
辰巳さんはシュートを打たずにドリブルで中に切り込んでいた。
追いかけなければ!と思うが疲労に加え不意をつかれたことで体が動かない。
完全に私を抜いた辰巳さんはそのままフリーでシュートを打ってあっさり決めてしまった。
これでスコアは七十二対五十二。二十点差がついてしまった。
辰巳さんは今ので二十三点目だ。
既に時間は第四クオーター終盤にさしあたっている。
残りおよそ三分ほどでこの点差をひっくり返すのは不可能といっていいだろう。
「切り替えて、もう一回丁寧にいこ!」
陽菜がみんなを鼓舞するように叫ぶ。
五人しかいない私たちは交代ができずにずっと出っぱなしだ。
みんな息切れして、足が動いていない。
けど、誰も諦めていない。少しでも点差を縮めようと懸命に足を動かしている。
「こっち!」
スクリーンを利用してフリーになったリリーがボールを呼ぶ。
陽菜もその隙を逃さず、すかさずリリーへとパスをとおす。
相手選手はこれ以上リリーに決められまいと必死のディフェンスをする。
「打たせるか!」
リリーがシュートを打つ瞬間に相手の手がボールへとのびた。
ピーッ、相手の手を意に介さず、放ったシュートは惜しくもリングにはじかれたが相手のファウルの笛が鳴った。
ツーポイントシュートへのファウルだったため二本のフリースローが与えられる。
リリーが落ちついて二本とも決めた際に相手選手が全員入れ替わった。
既に勝ちがほとんど決まっているので、経験を積ませるためだろう。
変わって入ってきたのは全員一年生だった。
「ラッキー、お前が相手は余裕すぎるっしょ」
変わって入ってきた辻裏が揶揄うような口調で私の耳元でささやいた。
気にしてはいけない、こんな誘いに乗った時点で負けだ。
学校の頃こいつは私と同じシューティングガードだった。
今も変わっていなければコイツの相手は同じポジションの私になる。
「てか、なんであんたさっきから一本もシュート打たないわけ?もしかして、自分に実力ないの気づいちゃった?それなのに昔は自己中でシュート打ちまくってたもんな」
相手の言葉に乗ってしまったらだめだ。
コイツは私を怒らせて面白がってるだけなんだ。
怒りは良いプレーにつながらない。そんなことは分かりきってるのに……。
「もっと早く気づいてたら、あんな目に遭わなかったのにねえ。いや、私たちが気づかせてやったのかも?そう考えたらあんた私に感謝しr――」
「だまれ」
ダメだって分かってるのに……でも口が勝手に動いていた。こうなるともう止まらない。
「なんだよその口調?もう一回教育してやらないとダメみたいだな、雨宮」
「さっきから耳元でうるさいんだよ、私の実力が足りなかったって?その私の控えだったやつは誰だっけ?」
小学校の頃は私はいつもスタメンだった。こいつにスタメンを譲ったことはない。
「はあ?実力は私の方が上だったろ。オメエは顧問のお気に入りだっただけだろ?」
私の挑発によって辻裏の顔は真っ赤になっている。互いに怒りを露わにした私たちはにらみ合うように顔を向け合う。
「今からオマエと私の実力差を見せてやるよ」
「そう。どうしてあなたが私の控えだったか証明することにならなきゃ良いけどね」
試合の勝敗ではない、私と辻裏のもう一つの闘いが始まった。
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