第18話 見覚えのある顔
「練習終わり!十五分休んだら、試合開始するぞ!」
体育館に黒山高校の顧問の先生の声が響き渡る。
やっと、合同練習の午前が終わった。
後は試合を一試合だけやって解散だ。
かなりハードな練習だったから、全員クタクタだ。
静香なんか力尽きたように私の横で寝そべってる。JKのあるべき姿ではないと思うのだが、誰も指摘しない。
というか、静香だけでなくみんな横になっている。
私はどうだって?もちろんゴロンだ。
なんなら私が一番やばい、死にそう。
さっきから砂漠にいるラクダぐらい水分を欲している。
あれ?ラクダは乾燥に強いんだっけ。
まあ、なんでもいいや。私が言いたいことは死ぬほど喉が渇いたってこと。
今日はいつもより多めに水筒を二本持ってきたがそれだけじゃ足りなかった。
もしまた、練習試合があるなら次からは三本は持ってくると固く心に誓う。
まだ、試合が残ってるし外の蛇口で水を汲んできた方がいいかもしれない。
「私ちょっと水くみにいってくるね」
「あ、じゃあついでに私の水筒にも水汲んできてきて……」
さっきから死体と化していた静香の声は今にも事切れそうなほど、か細い。
「静香大丈夫?」
水筒を受け取りながら生存確認をする。
「うん……。なんとかまだ生きてる――」
「そっか、強く生きるんだよ……」
立ち上がれそうもない静香から水筒を受け取り外の蛇口へと向かった。
そんな私たちを尻目に黒山高校の選手はみんな平然としている。
きっと普段からこれぐらい過酷な練習をしているのだろう。
黒山高校は部員数も多く部活にも力を入れることを校訓として掲げているだけあってみんな基本がしっかりしていて上手だ。
それに人数が多いことを生かして普段から即席のチームを作って試合を行っているらしい。
人数がギリギリで、できない練習が多い私たちにとってはうらやましいことだ。
だからこそ今日の経験は私たちにとって大きな収穫となるはずだ。
それと、個人的に気になっていた陽菜とリリーが他の同年代と比べてどれだけ上手かも分かった気がする。
どちらもすごい上手だと思っていたけど、比較対象がいなかったため今まで分からなかったのだ。
今日見た感じだと、陽菜は同年代だったらトップクラスの実力の持ち主だと思う。
実際、今日いる同学年のなかでは陽菜が一番上手だった。
けど、まだ上級生相手だと厳しいかもしれないというのが率直な感想だ。
すごいのはリリーで、今日いる人では誰が見てもリリーが一番上手だったと断言できるくらいのレベルだった。
おそらく、この地域のなかではリリーが一番上手なのではないかとも思う。
普段は教え側に徹しているがこれほど凄いとは内心びっくりだ。
まあ、私たちよりも相手チームの方が驚いていたけど。
そりゃ、できたてほやほやの新設チームにあんな逸材がいたなら誰だって驚くと思う。
水を汲みながら練習風景を思い出していると後ろから声を掛けられた。
「ちょっと、あんた雨宮涼音だよね。中央小学校の」
後ろを振り向くとおかっぱ頭の女がいた。黒山高校と書かれたユニフォームを着ているということは向こうの学校のバスケ部員だろう。
けど、あれ?この顔どこかで……。
それに私の名前を知っている?
なぜ?一体だれ――。
『ははっ、こいつ泣いてるよ。だっせ~』
耳の奥から声が、胸から痛みが、体に悪寒が走った。
そうだ、思い出した。確かこいつの名前は辻裏みき――。
私をいじめた奴らの一人。昔はニキビ面が印象的なヤツだった。
今は無くなっていて印象が変わって最初気づけなかった。
「その顔、やっぱそうだよね。私のこと覚えてる?まさか、忘れたとか言わないよね?」
嫌だ、近寄るな。
「そんなびびんなくていいじゃん。だって私たち仲良しだったもんな」
その薄ら嗤いをヤメロ。
「まさか、まだ懲りずにバスケやってたとはね。あっ分かった!アンタ中学で転校してったけど、もしかしてこれが理由?」
理由?一体なんの話……?
「どうせまた、独りよがりバスケしたくなったんだろ?それで弱小バスケ部に行ったんだ。どうだ?当たってるだろ」
なにを言っているの?私がバスケをやりたい?
そんなわけない。だってバスケ部はあなたたちにいじめられた場所、つらい場所だから。
「じゃあ、中にいるのはやっぱり早川陽菜か。ちっ、早川って頭別によくねえのによー急に白雪高校目指すとか言い始めてちょっとむかついたんだよね。にしても、まじで受かってるとは……なんかムカつくんだけど。」
苛立ちを隠すことなく辻裏は陽菜への悪態をついた。
「もしかして、あいつカンニングとかやってたり――」
バスケはもうできない、つらいことばかり思い出すから、そう思ってた。
けど、それを変えてくれたから――陽菜が変えてくれたから今私はここにいる。
私を救ってくれた陽菜を馬鹿にされた。そ
う思ったとき体中の血が湧き上がり心臓の鼓動が爆発しそうなほど大きくなった。
抑えきれない怒りが体中を駆け巡る。
「そんなことやってない!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
いきなり私が大声を出して随分と驚いたのか、目を広げて辻裏がこちらを見る。
「は?」
「陽菜はそんなことやってないって言ってるの!陽菜のこと馬鹿にしないで!」
私は全身に力を込めて目の前のニキビに向かって叫ぶ。
怖い、またあの時みたいになるのは――。
でも陽菜を馬鹿にされて口を挟まないなんてことはできなかった。
それだけは私のさび付いた勇気が許さなかった。
「なにムキになってんだよ。相変わらず気持ち悪りいやつ」
辻裏はちょっとうろたえた後、吐き捨てるようにそう言って体育館の中に消えていった。
きっとあいつは私が反論するなんて思わなかったんだろう。
昔の私はなにもやり返さないサンドバッグだったから――。
なんでアイツがこんなところに――。もしかして他の奴らもいるのだろうか?
「さいあく」
体育館に戻ろう、そう思って足を踏み出そうとするも動かない。足に力が入らない。
いや、足だけでなく体全体に力が入らない。
動機が早くなり、目の前が真っ暗になった。
そのまま私はその場にうずくまった。
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