第16話 先生からのプレゼント
宮子さんの言葉に私の心臓はドキッと大きく揺れた。
「どうしたんだ、雨宮さん。そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして?せっかくの美人が台無しだぞ」
思わず頭を抱えそうになった私とは正反対に平然とした顔でうそぶく宮子さん。
これは一から説明しないといけないな、なんならこの機会に一通りバスケットのルールを説明しておかねば。
このままだと、いざ試合の時に大ポカをやらかしてしまいかねない。
「えーとね、宮子さん。バスケットのシュートは基本二点なんだよ。でも、あの線の後ろからシュートを打つと三点のシュートになるんだ。これがスリーポイントシュートというやつだね」
「あんな遠くから?それで一点しか変わらないのか……」
私の説明を聞いて宮子さんは仰天した。スリーポイントラインはゴールから六・七メートル以上離れており、実際にラインに立つとゴールが随分小さく感じる。
難易度は高いが、試合で決めることのできたらかっこいいプレーだ。
私もスリーが決められるくらい上手くなりたいなあ。
もし、スリーを決めることができたなら、情けなくなった自分に自信が持てるのに……。
説明しながら、頭の隅でそう思った。
「あと、シュートを打つときにファウルされたらフリースローがもらえるんだ。その時打ったシュートが入ったら追加で一本打てて、入らなかったら二本もらえるんだよ。フリースローは一点しかもらえないんだけど、ファウルを受けながらシュートもフリースローも決められたら三点のプレーになるんだ」
「むむむ……難しい」
宮子さんは私の説明に眉をひそめた。けど、こんなものではないぞ。
「まあ、慣れてくれば感覚で分かるようになるよ。あと、まだまだ説明しなきゃいけないことは山ほどあるから覚悟して聞いてね」
「へ⁉山ほどある?ちょ、ちょっと待ってくれ。これ以上説明されると私の頭は爆発してしまうぞ!」
宮子さんは絶対に嫌だと声を大にして言った。
すまないな宮子さん……。
けどこれはきっと未来の宮子さんのためになるから。ルールを知らないまま試合に出て恥をかくのは嫌だろう?
「なにあの子?もしかしてルール分かってないんじゃない?」なんて、周りに白い目を向けられるのはゴメンだろう?
あの時の周りの反応ときたら……今思い返しても冷や汗が出てくるね。
ん?やけに具体的だって?
なにを隠そうルールを知らないまま試合に出たことあるからね……。
ショットクロックってなんだよ!
二十四秒以内にシュートを打たないといけないなんて聞いたことなかったぞ。
きっとこれは未来の宮子さんを救うのだ!と信じて心を鬼にした私はルール説明を開始した。
「バスケの試合はクオーター制でね、十分を四回に分けて試合をするんだ。まあ第一クオーターと第二クオーターが前半で第三と第四が後半みたいなものかな――えーと、まだ説明してないことあったかな?」
一通りルール説明は出来た気がする。まだなにかあったけ?
「もうないと思います……これ以上は勘弁してください」
私の前に立つ宮子さんの顔は若干青ざめて見えた。
これ以上説明しても宮子さんの頭には一つも入ることはなさそうだ。
これ以上は分からないことがあったら質問してもらう形でいいだろう。今説明したことぐらいを知っていれば試合中に困るような事態にはならないはずだ。
説明を切り上げて練習を再開することにする。
「それじゃあ、シュート練習しようか」
「やっと、やっと終わった……それで私はどのシュートを教えてもらえるんだ?」
私の言葉を聞いた瞬間、宮子さんの顔がぱあっ、と一気に明るくなった。どうやら生気が戻ったようだ。
「まずはツーポイントシュートを両手で打つ練習してみよう。片手で打つワンハンドシュートだとボールをゴールまで届かせるのにも一苦労だからね」
シュートを打ったことがない宮子さんにはボースハンドシュートでやってみるよう勧める。
個人的には片手で打った方がかっこよく見えるからワンハンドシュートがお勧めなんだけど……まあ今は見栄えより実用性が重要だろう。
「確かに両手で投げた方が遠くに飛ばせるか」
それからは宮子さんと私が交互にゴールの前でシュート練習した。
ちなみに私はワンハンドシュートで練習をした。
別に見栄えなんてこれっぽっちも……いや、ほんのちょびっとしか気にしてない。
単に昔からの慣れなのだ。
練習では互いに気になったことを言い合ったりして実りある時間になったと思う。
今度は宮子さんもすぐに決められることはなく、二人ともシュートはほとんど入らなかった。
けど、それは今後続けていくうちによくなるだろう。
少なくとも宮子さんは……。
なんせ一回見ただけでレイアップシュートを決められたんだから。
私はどうしてもシュートを打つとき緊張して手が震えてしまう。
これは私が自分の気持ちに整理をつけないといつまでも変わらないんだろう。
けど、それはいつになるんだろうな……
まあ、今考えても仕方ないか、今に集中しよう。
そう思ってまた、シュートを打とうとしたところで、「しゅーごー」と陽菜の呼びかける声が体育館に響いた。
「ちょっと話がある」と、呼びかけに応じて集まってきた私たちにいつのまにか来ていた赤城先生が言った。
今日もちゃんと見に来てくれたらしい。
それにしても話ってなんだろうか。基本赤城先生は練習を見にきていても、私たちの練習に口を挟むことはないのだが……。
みんなも疑問に思っているのか頭にはてなマークが浮かんでいる。
「お前らもずっと五人だけで練習しているのもアレだと思ってな、来月黒山高校と合同練習をやることにした」
先生の言葉におおーっと歓声があがる。
五人だとやれる練習も限られるため、素晴らしい話だ。
黒山高校はこの学校から少し離れたところ建っている高校だ。
文武両道を掲げているところで公立高校にしてはスポーツが盛んな学校で有名な高校だ。
しかし、そんな高校に無名の白雪高校が練習試合を受けてもらえるなんて、一体どんな手を使ったのだろう。
宮子さんも同じように思っていたらしく、赤城先生に尋ねた。
「でも、どうやって申し込んだんですか?」
「実は私と同じ大学のやつが黒山高校で教師をやっていてな、その縁で向こうと話ができた」
ちょっと照れくさそうに話す赤城先生が気怠げな感じに見えても実際は生徒思いの良い先生なんだとはっきりと分かった。
正直、そんなにやる気ないタイプだろうなあーと思っていた過去の私をぶん殴りたい。
「赤城先生が顧問引き受けてくれて良かったー!」
陽菜が両手をあげて喜ぶ。
「全く同感だね。毎日練習見に来てくれるし、練習試合も組んでくれるし」
陽菜の言葉にうんうん、とうなずきながらリリーが同意した。
「おいおい、おだててもなんにもでないぞ。それにこんなこと顧問だったら当たり前だろ」
先生は恥ずかしくなったのか冗談っぽく流そうとしているが、耳が少し赤くなってるのに気づいた。
実際、私たちは先生に感謝している。けど、その感謝をまだ伝えていない。
伝えるのは今かもと思い口を開く。
こういうのは言えるときに言った方がいいと思うんだ。
「でも、私たち本当に先生に感謝しているんです。顧問だったら当たり前といっても、どの先生もできることではないですし……忙しい中、毎回練習を当たり前のようにのぞきに来てくれてるのも本当にありがたいですし」
実際、私と陽菜が小学校の頃のバスケ部では顧問が練習をのぞきに来ない日もよくあった。
そんな日は、練習がちゃんと行われることなく、まさにカオスだった。
「まあ、役に立っているようで良かった。私はバスケのことなんぞ微塵も知らないからな、こんなことぐらいはするさ」
いつも通りのぶっきらぼうな口調だが、さっきよりも耳が赤くなっている。さらに今はリンゴぐらい真っ赤に染まっている。
「それに威張ったりしないから赤城先生は安心して話せるというか、落ち着くよね」
追い打ちをかけるように静香も赤城先生への感謝を言う。
変に態度が大きい教師もいるなかで高圧的でないところも赤城先生の良さだと思う。
「あー、もうこの話しは終わりだ!来月の練習試合に向けて今から準備しないとな。さあ、練習だ、練習!」
これ以上は赤城先生の羞恥心の限界だったようだ。
手をたたきながら話を打ち切って、練習の再開を宣言する。
赤城先生の声に従って私たちはまた各自の練習を再開するのだった。
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