第15話 万事オッケー

 そうしてポジションを決めたのがちょうど二週間前だ。

 それからは私は宮子さんにつきっきりで練習している。

 どうして宮子さんと私なのかというと、それは静香と宮子さんのポジションの違いだ。

 センターは基本的にはゴールの下からシュートを打ったり逆に相手のシュートをブロックしたりとドリブルをする機会が少ない。

 逆にスモールフォワードはずっとゴールの下に居るわけではないためドリブルの重要度はセンターよりも高い。

 私はシュートが打てずドリブルぐらいしか教えることができない。

 そのため私が宮子さんを教えることになったのも当然の流れというわけだ。

 ちなみに静香は陽菜とリリーの二人に教えてもらっている。


 「どう、雨宮さん。だいぶ形になってきたんじゃないか?」


 ここ二週間ずっと続けているドリブルの基礎練習が終わった後宮子さんは満足そうにいった。

 宮子さんはなかなか筋がいいようでこの二週間でドリブルがだいぶできるようになってきた。

 しかも、今日はいつもは数回犯すミスもほとんどなかったし、これならば相手にボールを奪われることもあまりないんじゃないだろうか。

 ちゃんと自主練の成果がでている。

 そもそも最初なんてドリブルとは何かすら知らなかったからな……。

 初めて教えたとき、いきなりボールを持って歩き始めた宮子さんの姿は今も脳裏に焼き付いている。

 まさか、トラベリングの説明から始めることになるとはね。

 ホント何で入ってくれたのか不思議でならない。

 それにしても、そんな状態からこうも形になるなんて。宮子さんに才能があることは最早疑いようのない事実だった。


 「うん。たった二週間でここまで上手になるなんてびっくりだよ」


 お世辞を抜きにした紛れもない本心でそう告げる。

 私の言葉を聞くと、うんうん、と宮子さんは満足そうに何度もうなずいた。

 それにしてもこの短い期間でこれほど上達するのは予想外だった。

 こうなるとそろそろシュート練習もしなきゃいけないんだろうけど……どうしようか。

 私が教えるわけにはいかないし、というか出来ないし……陽菜にでも頼もうかな?


 「けど、雨宮さんには全然及ばないな」


 悔しそうに宮子さんがつぶやく。


 「そりゃあ私は昔やってたからね。けど二週間でそこまで上達してたら十分すぎるよ」


 まあ、こっそり家に帰ってからも練習してたんだけどね……。

 どんどん上達していく宮子さんを見て、一人で放課後公園に通いつめた。

 シュートが出来ない私がドリブルまで出来ないとなるとコートに居る意味がなくなってしまうからね。

 それほど宮子さんの上達スピードはすさまじかった。

 けど、自主練のせいで学校の勉強に遅れが……。

 ま、まあ経験者のメンツは保てているから万事オッケーってやつだ。

 それに自主練をしていたおかげか体も以前のように動けるようになってきている。試合でも少しは役に立てるかもしれない。


 「そろそろシュート練習にも入ろうと思うんだけど――」


 「本当か!やっとだな。正直ずっとドリブルだけやるのは飽き飽きしてたんだ」


 私の言葉に嬉しそうに顔をほころばせる宮子さん。

 やっぱりバスケットボールはゴールにシュートを入れるのが一番の楽しみだしね。


 「それじゃあ陽菜かリリー呼んでくるね」


 「え?雨宮さんが教えてくれるんじゃないのか?」


 てっきり私が教えるのだと思っていたようで宮子さんは首をかしげた。

 「実は私シュートが打てないんだよね。もうてんでだめで、リングにも当たらないんだ」


 アハハ、と口では笑いながらなんだが胸が痛い。バスケットボールでシュートが打てないだけ、でもそのことを自覚するたびに自分が世界で最も価値の無い人間に思えてしまう。

 たかがシュートが入らないだけ、生きていくには必要のないこと。そんな風に割り切ることができない。


 「それなら私と一緒に練習すればいいじゃないか。私を教えるついでに雨宮さんも練習すれば一石二鳥だな」


 さも名案を思いついたように言うが、それだと、宮子さんの練習の邪魔になってしまうだけだ。


 「でもそれじゃあ私が宮子さんの足引っ張っちゃうことに……」


 やんわりと断りを入れるが宮子さんは一歩も引かない。


 「足を引っ張ることなんてないさ。もう一回初心者になったつもりで一緒に練習してみよう。また一から練習してみたら入るようになるかもしれない」


 私のこれは技術的な問題じゃなくて精神的なものが原因な気がするからまた入るようになるとは思えないけど――しかし、宮子さんの提案を上手く断る理由も思いつかず、結局私が教えることになった。


 「それじゃあ、宮子さんはレイアップシュートって知ってる?」


 「れいあっぷシュート?なんだそれは?」


 首をかしげながら初めて聞いたという様子だ。この様子だと一から説明する必要があるな。

 てか、クールで大和撫子といった感じの美人が首をかしげる様子はなんだかドキッとするな。

 これがギャップ萌えというやつなのだろうか。

 そんな風に頭の中で馬鹿げたことを考えながら宮子さんにレイアップシュートについて説明する。

 簡単に言えばレイアップシュートとはゴールに向かってステップを踏みながら放つシュートのことでバスケットボールの基本のシュートの1つだ。

 プロの試合なんかではフリーでうつレイアップシュートは外したら大バッシングされるぐらい決めて当たり前とされる。

 だけど、結構難しいんだよね……。

 まず、初心者だと歩幅が合わなくてリングから近すぎたり、遠すぎたりして上手くシュートを打てない。

 それと、右からリングに向かっていくなら右足、左足の順番で足を動かすのだが、左だと逆になるのだ。

 初心者の頃はよく分からなくなって足の動きがぐちゃぐちゃになってしまうのはあるあるだ。


 「じゃあ、まず見本を見せるね」


 口で説明しても全部は伝わらないだろう。

 それより実際に見せた方がどんな感じかイメージもわくだろう。

 百聞は一見にしかずって大昔から言われてるしね。

 私は宮子さんに見ているようにいって、左右どちらの方向からもレイアップを放った。

 結果は――今は重要じゃないのだ。

 とりあえず宮子さんにも左右どちらからもレイアップシュートを打ってもらう。

 もちろん最初から上手くできるなんて考えていない。

 だから「まあ、落ち着いてね、気軽にやってみてよ」なんて言っていたんだが――できちゃいました!

 宮子さんが放ったシュートはどちらもゴールに吸い込まれるように入った。それはもうきれいに。

 「なるほどな、こういう感じでやればいいのか。感謝するよ雨宮さん!」などど勝手に納得しているがこっちは意味が分からない。

 そもそも見本の私のシュートは入ってないのに……。

 どういう感じで打ったのか、コツはなんなのか私の方が知りたいぐらいだ。

 けどそんなことを聞く前にまずは、「そうそう、そんな感じだよ。これからも頑張ってね」と先輩風を吹かしておくことにした。

 だって、すぐに抜かれそうだし、今のうちに先輩面してもバチはあたんないでしょう?

 その後も宮子さんはレイアップシュートを打ち続けて、ほとんど決めた。

 宮子さんがとんでもない才能の持ち主だと分かったのは嬉しいが、次はなにを教えようか悩んでしまう。

 もちろんレイアップシュートをずっと練習するのもいいんだが、もうちょっとバリエーションを増やしておくのも悪くないように思える。

 悩んだ末にやっぱり普通のシュートを教えることにした。


 「まずシュートの打ち方には二種類あるんだ」


 私はまずワンーハンドシュートとツーハンドシュートといった初歩的なことについての解説から始めることにした。

 ちなみにワンハンドシュートとはその名の通り片手で打つシュートのことでツーハンドシュートは両手で打つシュートのことだ。


 「これがリングに入ったら二点になるんだ」


 「へえ、一点じゃないのか。分かりづらいな」


 ヘ、そこから?

 これってもしかしてスリーポイントシュートも知らないんじゃ……?

 冷や汗が私の背中をツー、と下った。

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