第13話 練習開始

 気をつけ、さようならー。今日は週の最初月曜日、少し延長して最後の授業が終わった後。

 前までだったら委員長の帰りの挨拶が終わった瞬間、一目散に帰宅していたが今日は違う。

 なぜなら今日はバスケ部の練習日だからだ。申請書が無事に受理されたのが二週間ほど前。

 それからは週三日欠かさずに練習をしている。

 いつものように私は静香と一緒に体育館へ向かう。

 まあ、正確には体育館隣にある更衣室で着替えないといけないため、更衣室へと足を進める。

 すると隣を歩く静香が少し焦ったように言った。


 「涼音ちゃん、ちょっと急いだ方がよくない?」


 確かに今日は授業が延長したため、このままでは練習開始時刻に間に合わないかも。


 「そうだね。部長に怒られるのはごめんだしね」


 「陽菜ちゃんは遅刻には厳しいもんね。でも……怒られることはないと思うなあ」


 そう、我が白雪高校バスケ部の部長は陽菜になった。まあ、作り始めたのが陽菜だったから当然と言えば当然なんだけど。

 しかし、陽菜はみんなをまとめるタイプではない。

 むしろ、みんなと一緒になってふざけてしまうのでしっかり者の宮子さんが部のまとめ役になっている。

 もう宮子さんが部長でもいいんじゃね、と心の中で思ったことは陽菜には内緒だ。


 「まあ、陽菜が怒るのめったにないしね」


 「いや……そういう意味じゃ無くてね、涼音ちゃんは特別だからね。私は陽菜ちゃんが涼音ちゃんに怒ることはないと思うんだよね」


 え?私だから怒られないってこと?

 まさか、陽菜は人によって態度を変えることはしないのだけど、もしかして静香の前では違うのか?


 「私、陽菜は人によって扱いを変えたりするような子じゃないと思ってたんだけど、もしかしてみんなの前だと違うの?」


 だとしたらすごくショックだ。仮にもしそうだとしたら幼馴染みとして注意しなくては。


 「いやいや、そういう訳じゃないよ!ただ、陽菜ちゃんは涼音ちゃんにはベタ甘だからそう思っただけだよ」


 ベタ甘?陽菜が私にだけ?

 そうだろうか。別に昔からこんな感じだったと思うけどなあ。

 確かに私だけ部活の後とかよく陽菜の手作りのお菓子とか貰ったり、自主練手伝ってもらってたなあ。言われてみると他にも思い当たることがいくつかあった。


 「もしかして、自覚なかったの?」


 陽菜が若干ひいてる気がする。


 「いやー、自分の状況を客観的に見るのは非常に難しいことでありまして……まあしょうがないと言わざるを得ないというか……もう練習始まるから急いで行かないとね!」


 「あ、逃げた!」


 静香の冷たい視線から逃れるように体育館へ向かって廊下を駆け抜ける。

 そんな当たり前のことみたいに言われても。

 出会った頃からそんな感じだったんだからそれが普通だと思うじゃない。

 廊下を走るな!と手書きで書かれたポスターは視界から消して廊下を走る。

 急いで着替えを済まして、体育館に入るとみんなはすでに集まっていて私と静香を待ってくれていた。

 あ、でも赤城先生はまだ来ていないようだ。驚くことに赤城先生は部活の日は毎日来てくれている。

 バスケット未経験者のようで教えることはしないがちゃんと来てくれて、私たちの力になってくれていて、随分助かっている。


 「今日はちょっと遅いね。どうしたの?」


 いつもは遅れることない私と静香が遅れてきたことに驚いたのか陽菜が聞いてきた。


 「あー、ちょっとね。六時間目古文でさ……」


 「あーなるほど、古谷先生の授業延長しがちだもんねえ」


 私の言葉に納得したように陽菜がうなずく。ちなみに古谷先生は授業が延長しがちなことで有名である。

 もちろん評判は最悪ということも付け加えておかなければならない。


 「それじゃあ早速練習始めようか。いつもどおり、わたしとリリーと静ちゃんはそっちで練習。涼音ちゃんと宮子ちゃんはそっちでお願い」


 今日も陽菜の指示によって練習が始まる。陽菜とリリーが静香を私が宮子さんを教えるという構図もここ二週間ずっとおなじだ。


 「よろしく頼む、雨宮さん」


 そう言ってこちらへやってきた宮子さんと私の心の距離はこの二週間で随分縮まった気がする。

 これは願望ではなく、事実……のはず。


 「家でドリブルの練習をしてきたんだが、見てもらえないか?」


 そう言う宮子さんの顔は自信ありげだ。

 この顔を見るに結構練習してきたのかもしれないな。どれぐらい上達しているのかワクワクする。

 宮子さんは私が教えたことをあっという間に吸収してしまい、とんでもないスピードで上達している。

 この前なんかクロスオーバー(ボールを左右に動かすことで相手を抜き去る技術)を家で練習してきたと言って、驚かされた。

 お世辞にも完成度はあまり高くなく、実践では使えないだろうが、形にはなっていて愕然としたものだ。

 初めて宮子さんのドリブルを見たらバスケットを始めて、たかが数週間の子とはとても信じられないだろう。

 ただ、宮子さんはまだドリブルの練習しかしていない。

 これはルールも全く分からない状態から始めたのだから仕方ないけどね。

 むしろ、この短期間の宮子さんの成長には驚かされるばかりだ。

 最初はドリブルで十メートルも進めなかったのを考えると現状は素晴らしい進歩に思える。

 しかし、最初の練習からもう二週間とはなあ。

 バスケ部に入ってから時間の流れが随分と早くなったように感じるな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る