第10話 リリー

「それで、私に会いに来た理由はなにかな?バスケットがどうとか言ってたけど――」

 一つ階を降りて喫茶スペースに来た私たち。いくつかあるテーブルの一つに向かい合うように座る。

 周りには人がいなく、話を聞かれる恐れもないだろう。さっきのファンクラブらしき人たちも私たちの後をつけることまではしなかった。

 私は身の安全が確保されたことに安堵しつつ彼女の質問に答える。

 私は会いに来た理由、バスケ部のことについて説明する。

 バスケ部を正式に創るためにはあと二人部員が必要なこと。

 身長が高かったので勧誘しに来たことなどを口下手なりに頑張って説明した。

 ちなみに彼女の名前はリリーで、父親がフランス人のハーフらしい。

 高校生になって両親の住むイギリスを離れ日本にやってきて、今は叔母の家に住んでいると話してくれた。

 身長は百七十五センチあるらしく、さらにフランスに住んでいたときにバスケットクラブに入っていたらしい。

 素晴らしい経歴だ。

 これは絶対入部してもらいたい。

 白雪高校の生徒の中だとバスケット経験者なんてごく僅かだろうし、この逸材を逃すわけにはいかない。


 「それでリリー先輩に会いに来たんです。もしよかったらバスケ部に入ってみませんか?」


 リリー先輩は聞き上手で口下手な私でもかなりうまく話すことができた。

 話してみてリリー先輩の性格は私の悪い事前予想を大きく裏切るような性格で、入ってくれないかな?と期待しながら聞いてみる。


 「部活ってさあ、すごく日本っぽいよね?」


 私の話を聞いたリリー先輩の第一声がそれだった。

 日本っぽい?確かに海外のクラブ活動と部活は意味は一緒でもなんとなく違うイメージがある。

 しかし一体なぜそんなことを聞くのだろう?突然の話に頭がうまく働かない。

 「私は日本の文化にすごく興味があるんだ。日本に来たのも日本の文化を直に体験したかったからなんだよ」


 おや、これは良い流れかも……。


 「なるほど、ということは?」


 「私で良ければ是非一緒にやりたいね」


 ニッと笑ってリリー先輩は言った。

 こうしてリリー先輩の勧誘はあっという間に終わったのだった。

 日本の文化に触れたいから、そんな理由で部活に入ることが決まるなんて予想もしていなかった。

 けど、なんでリリー先輩は他の部活に入らなかったんだろう?

 白雪高校にもいくつか部活はあるのだから部活を体験したいのだったら、今まで入っていないのは不思議だ。

 気になったので聞いてみると、「いやー実は部活の存在に気づいたのは去年の冬ごろなんだ。ほら、うちの学校の部活はなんというか……存在感薄いだろ。気づいたところで今更入りにくくってね」と苦笑まじりで教えてくれた。

 確かに白雪高校の部活は全くもって活発ではない。

 入生向けの説明会なんてものはないし、ビラを配っている人なんか見たこともない。

 そんな状態なのだからフランスから来たばかりのリリー先輩が気づかなくとも不思議ではない。

 それに部活を途中から入部するって勇気がいるし、正直気まずいもんね。

 誰だって既に人間関係ができあがっている所に入るのは億劫な気持ちになるだろう。その点、私たちは安心だ。

 なんたってまだ部活として存在していないのだから人間関係もへったくれもないし。

 それからリリー先輩に部活についての詳細を尋ねられたのだが――これが困った。

 いつやるのか、顧問は誰なのかと聞かれても私には答えることができなかったからだ。

 まぬけな話だが私とは部員を集めることばかり考えていて、そういったことを陽菜と一切話していなかった。


 「もしかしてまだ決まっていない?」


 「ええ……。すいません」


 誘っておいてそんなことも決まっていないとか……とんでもなく恥ずかしい。

 先輩の顔を見られない。体育館を毎日使っている部活はなかったはず。

 けど、いつ使えるかは調べておく必要があるだろう。

 それに、顧問を引き受けてくれる先生を探すことも早いうちにしておく必要もある。

 私の落ち込んだ空気を察してか「なに、今からでもやればいいだけさ」と慰めの言葉をかけてくれるあたり、性格を疑問視していた私が余計に恥ずかしい。

 人を噂で判断しない、と心のメモにしっかり書いておいた。

 それからも私はリリー先輩の質問に答える時間が続いた。

 なんでバスケ部入ろうと思ったの?

 バスケットやってたの?といったバスケットに関わるような質問もあれば、どこの小学校行っていたのか。などにも及んだ。

 先輩は聞き上手でもあり話し上手でもあるようで初対面の私とでも会話を止まらせることがなく気まずい時間を作らなかった。

 どうやら先輩は陰属性ではないようだ。だって陰キャの特徴はこれができないことだと私は思うんだ。

 質問は私だけでなく陽菜や静香についてまで及んだ。

 静香については友達になったばかりだから知っている限りのことを話す。もちろん勝手に人の過去を話すほど分別がない人間ではない。

 話すと言っても実家がイタリアンレストランってことぐらいだ。あとは私からではなく静香から直接聞くべきことだろう。

 陽菜については――正直なにから話せばいいのか分からない。

 だって中学校は離れていても陽菜については静香とは比較にならないくらい話すことが多いからね。思えば私と陽菜はずっと一緒にいた。

 もしいじめがなかったら私は陽菜とずっと一緒だったのだろうか……。

 陽菜について語っていると、「その友達のことすごく好きなんだね」と急にリリー先輩が笑いながら言ってきた。

 え?笑われるぐらい熱く語ってしまっていたのだろうか。

 でも、私がバスケ部に仮入部することになったきっかけの話や、小学校でも一緒にバスケットをやっていたことは話す必要があったはずだ。

 けど、陽菜が未だにブドウ味の歯磨き粉を使っていることは言わなくても良かったかも……後悔が胸に押し寄せる。


 「だってその子のためにわざわざ部員集め、協力してるんでしょ?その人のために行動できるのはその人を好きじゃなきゃできないよ」


 私が陽菜のことを好き?どうだろう、陽菜は昔みたいに接してくれている。


 けど私はなんでか陽菜との間に壁を感じるんだ。

 それが陽菜に相談せず中学受験したことなのか、いじめについて話せなかったことなのかよく分からない。

 でも私は昔みたいに陽菜と接することができないと思うんだ。もう親友になることはできないと、心のどこかにそう思う自分がいる。

 その後もリリー先輩と話している間もなぜかそのことが頭を離れなかった。


 「そうだ、私のことはリリーと呼んでね。それと敬語も抜きで」


 図書館を出て帰り道の途中、リリー先輩が言った。


 「え?でも……私の方が年下ですし――」


 「けどこれからは一緒に部活をやる仲間でしょ。仲間に上下関係はいらないよ」


 リリー先輩はさも当たり前のように言うが、年上には敬語を使っておけと頭の中にインプットされている私には難易度が高い要求だ。

 というかリリー先輩にため口で話してるのをファンクラブの子に見られたらどうなるんだろう。

 さっきリリー先輩と話しているときにファンクラブのことを少し聞いた。

 その時のリリー先輩の話ぶりから想像するにファンクラブというよりなにかの宗教のようだったのだが――。

 けど、横を歩くリリー先輩の顔にはNOは許さないと書いてある気がした。


 「えーと、よろしくねリリー」


 「こちらこそ!」


 私の返事を聞いてリリーは満足そうだ。これで正解だったんだ、としておこう。

 リリーの家は学校の近くだそうで歩いて登下校しているそうだ。

 家から近いのはうらやましいな。まあ私の家も学校から三十分ぐらいの距離なんだけどね。このくらいで文句を言ったら世の中のサラリーマンに怒られそうだ。

 リリー先輩とは駅に向かう途中の道で別れることになった。


 「それじゃあ、また」


 右手を挙げて別れの挨拶をするリリーはモデルさんのようにかっこよくて見惚れてしまう。


 「美人でかっこよくて性格もいいなんて反則だー」


 そんな私の叫びは突然強く吹いた風によってかき消された。

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