第9話 噂の王子様

 「バスケ部を創るための部員を探してる?涼音が?」


 帰りの挨拶が終わった瞬間に急いでゆきの席へと向かう。昨日話してた金髪の子について聞くためだ。

 とりあえず事情を話してゆきに金髪の子について聞いてみたのだが――。

 私の話を聞いたゆきは眉をひそめて怪訝な表情で私を見てくる。

 その目はまるでお前みたいなぼっちが?とでも言いたげな感じだ。

 なんだよ、ぼっちが青春っぽいことやったっていいじゃんかよ!てか、もう静香いるからぼっちじゃないもんね。

 思わずそんな反論をしてしまいそうになる。


 「金髪かあ。そういえば二年生に帰国子女でとんでもなく美人のハーフの先輩がいるって有名だっけ。確か去年の秋ぐらいに転入してきたんだってさ」


 そんな私の気持ちを知ってか知らずかゆきは素直に私の質問に答えてくれた。

 しかし、二年生か。学年が違うし、勧誘することは難しいかもしれない。できれば同級生がベストだった。


 「その先輩のことなんか知らない?バスケットやってたとか、運動好きとか」


 「さあ、どうだろ?中学校からの進学組ではないし、あんまり情報ないんだよね。わかってるのはとんでもなく美人でかっこいいってこと。ファンクラブとかあるらしいよ。私がその先輩のこと知ってるのも去年友達がそのファンクラブとやらに入ってたからだし」


 女子校なのにファンクラブ?そういえば芸能人が子供の頃そういうことがあったってテレビで言ってたな。芸能人レベルの美人ということだろうか。

 しかし、困ったな。バスケ部への勧誘方法が全く思いつかないぞ。

 進学組でもないようだし、学年も違うからなあ。けれど、静香ほどの身長の持ち主なら是非とも入部してもらいたい。


 「もし、その先輩と話したいんだったら図書館に行ってみるといいかも。その人よく図書館にいるらしいって噂だよ。なんか、ほぼ毎日いるって話。まあ噂だから本当にいるかは分からないけど」


 悩んでいるとゆきが助け船を出してくれた。それだけ目立つ容姿の人が毎日同じ場所にいたら噂も立つのかも。

 たとえ噂でも他に手立てがない以上直接会いに行くのが一番いい手立てかもしれない。

 ゆきに聞いて良かった。ゆきがいなかったら完全に詰んでいたに違いない。



 「ありがとね」


 ここは素直に感謝の言葉をかけておく。


 「別にいいって。てか今日斉藤さんと一緒にいたよね。斉藤さんのこと聞いてきたし、斉藤さんもバスケ部に入んの?」


 そういえばゆきにはなにも話していなかった。話す機会もなかったし。

 いい機会だと思い斉藤さんが部活にはいることになったこと、友達になってカフェに行ったことなどを話しておく。

 私の話を聞いて、そーいえば涼音今日ずっと斎藤さんと一緒にいたなあ。とつぶやき、一人で納得した様子だった。

 

 

 さてどうしたものかな。ゆきから話を聞いたあと私は教室に残り迷っていた。

 静香は店の手伝いがあるらしく今日は急いで家に帰っていった。残りたそうにしていたが、家のことを疎かにするのはよくないだろう。

 それといつもは一緒に帰っている陽菜も今日は用事があるらしい。

 いつも明るい陽菜だが今日はいつもの三割増しで明るかったのでなにか良いことあるのかもしれない。もしかしたら、入ってくれそうな子の目星がついたのかも。

 私はゆきから聞いた話をそのまま陽菜に知らせるか迷っていた。もちろん、ゆきの話を陽菜に知らせるべきだとは思うのだが、もう少し情報が欲しい。

 特に性格についてのね。

 バスケットはチームメイトの関係性、いわゆるケミストリーと呼ばれるものが重要なスポーツだ。

 ファンクラブまであるということは相当な美人なんだろう。

 しかし、性格は分からない。世の中不思議なもので顔が良い人ほど性格が悪いということが往々にしてあるのだ。

 特にファンクラブがあるのが心配だ。

 周りに持ち上げられすぎてとんでもなく高飛車な子だったらどうしよう?

 自分の目で少し確かめて誘うのか決めてみてもいいのでは?さっきからそう思えてならない。

 もし、ゆきの情報を陽菜にそのまま伝えたら陽菜はその先輩を必ず誘うだろう。

 ファンクラブまであって人気な人なんだから良い子に違いない、と単純な性格の陽菜が言い出すことは簡単に予想がついた。

 それは、私にとって都合が良くない。

 せっかく創部の初期メンバーになったんだから、多少は選り好みしてもいいんと思うんだ。

 けど、選り好みしていたらそもそも創部できるか怪しいんだけど……。

 そうやって、一人で悶々と悩んでいると、先ほどまで教室で話していた子たちもいつの間にかいなくなっていた。

 もう教室には私一人だけ。

 うーん、これ以上迷っていても仕方ないな。ゆき以外に情報を得られそうな人はいないし、自分の目でその先輩を見てみよう。

 勧誘するのはその後でも遅くないはずだ。

 一度勧誘してしまったら、もう引き返せないからね。

 そうと決まれば、とりあえずは図書館に行ってみよう。ほぼ毎日いるという噂が本当なら、きっと今日も居るはずだ。

 白雪高校は髪を染めることが禁じられているので金髪の子がいたら、きっと探している先輩だろう。

 遠まきに眺めて様子を見て誘うかどうか判断しよう。もし、図書館にいなかったらその時は私がその先輩に会うことは諦めて陽菜に今日の話をすればいい。

 早速教室を出て図書館に向かう。図書館は白雪高校の敷地の中に校舎とは別に建てられていたはずだ。

 場所を調べて歩いて向かう。

 さすが敷地が広いことで有名な白雪高校。教室から図書館まで移動するだけで十分以上を有した。

 なんでも大きければいいってわけじゃないぞ。

 「でかすぎだろ……」と、着いて思わずそう声が出てしまった。

 さすがお嬢様学校、普通の公立学校とはスケールが違う。

 私の町の図書館よりでかくないか、これ。白雪中学校にあったのは図書室だけだったのでここまでデカくなかった。

 中に入って案内板を見る。図書館は地上三階、地下二階の合計五階構造だった。

 この中から目的の先輩を探すのは骨が折れるな……。

 しょうがない。とりあえず一番下の階から順番に探していこう。


 コツン、コツンとさっきから私が階段を上る音が響く。もう三階まできたが目的の人物はいない。

 もしかして、今日はいないのかもしれない。毎日いるって話だったのに……。

 あの噂はデマだったのかも。そんな疑念が頭に浮かび上がると、疲れ切った身体から力が抜けていく気がした。

 運動場みたいに広い図書館を地下二階から隅々まで歩き回った私の足はクタクタだった。

 これ以上はもう歩けない――少し休憩しよう。

 HPが尽きる前にそばにある椅子に腰掛ける。今更ながらこんな体力落ちてる状態でまたバスケできるのだろうか?

 自主練ぐらいしといた方が良いのかもしれない。

 席に座り、やることもないのでぼんやりと周囲を眺める。学校終わりだったが、生徒の姿はあまり見えない。

 こんな立派な図書館を利用しないのはなんだかもったいないな。

 たまには来てみようか。

 この階はどうやら小説コーナーのようで先ほどから目に入る本はすべて小説だ。

 私でも知ってるようなタイトルの本がずらっと並んでいる。

 あ、あの本有名な賞を取って話題になってたやつだ。

 近くの本棚を眺めているとたまたま一冊の本が目に入った。この本はずっと読みたかったのだが地元の図書館だと予約が一年待ちになっていて読むのを諦めた。

 まさか置いてあるなんて。

 席を立って本に手を伸ばす。散々歩き回った時間は無駄じゃ無かっ――ゴチン!

 私があと少しで本に手をかける寸前になにかと手が激突した。

 どうやら隣の人も同じタイミングでこの本を取ろうとしていたらしい。

 しまった、隣に人がいるの全然気づかなかった。体だけじゃなくて頭も疲れてるようだ。

 それにしても偶然同じ本を同じタイミングで手に取るってまるで少女漫画みたいな展開。

 ここは少女漫画だと私の隣にいるのは王子様のはず――。


 「あ、すいません――」


 そんなバカな妄想をしつつも、相手の方を振り向く。

 振り向いた先に本当にいた……王子様が。

 金色の髪はショートカットにしたその人は吸い込まれそうな大きな青い瞳でこちらをまっすぐ見ている。大きな目と小顔でスッとのびた鼻が日本人離れした美貌をより一層際立てている。

 私と同じ制服を着ているということはこの人は女性なのだろう。

 しかし、背は百七十センチ以上あるだろうか。彼女の中性的な容姿に相まって男と言われてもまるで違和感がわかない。

 彼女がこそ私が探していた人物だ、とピンときた。金髪で背の高くとんでもなく美人な人。こんな人がそうそういるわけない。彼女で間違いないだろう。

 どうしよう、遠巻きに眺めるだけのつもりだったのに。


 「こちらこそゴメンね。はい、これ読みたかったんでしょ?」


 微笑みを浮かべながら本を差し出す様子はまるで映画のワンシーンのようで目を奪われる。うわー、肌も綺麗だ。

 やばい、そんなに近づかれるとなんかドキドキする。

 私は思わず彼女の美貌に見とれて本を受け取ってしまった。

 すいませんでした!なんかファンクラブがあるとか、そんな噂だけで性格に問題ありそうとか思ったりして。

 美人だから高飛車になってそうとか考えちゃって。

 自分も読みたかったはずなのに笑顔で本を差し出す行動が彼女の人の良さを表していた。

 彼女だったらバスケ部に誘っても良さそうだ。

 いや……是非とも入部してほしい!

 私に本を渡した彼女はその場を去ろうと私に背を向けた。

 まずい、このままだと帰られてしまう――なにか話かけなきゃ。

 みんなとも相談して誘うか判断するつもりだったが、予定変更だ。今彼女をバスケ部に勧誘することにする。

 だって、私は彼女の行動でこの人だったら一緒にバスケやりたいと思ってしまったから。

 最近、自分でも恐ろしいくらい行動力が爆発してるかも。

 「すいません。私、実はあなたに会いに来たんです」


 なんとか口を開いて声を発する。


 「私に?ああ、もしかしてファンクラブの子?」


 まずい!なにやら誤解を与えたようで彼女の表情が曇ったのが分かる。

 どうやらファンクラブとやらを疎ましく思っている様子だ。


 「いえ、バスケット!バスケットに興味ありませんか?」


 「は……?バスケット?」


 私は慌てて先輩の誤解を解く。しかし、慌てすぎて急に本題に入ってしまった。

 今日は様子見のはずだったのに……絶世の美女に会って気が動転してるのだろうか。

 これじゃ急にバスケットについて話しかけてきた変人になってしまう。

 彼女の顔に困惑の色が浮かんだ。とりあえずバスケ部のことを説明しないと。


 「えーと私バスケットやってまして、えーと幼馴染みがですね……えー」


 悲しいことに私のコミュニケーション能力はこの状況に対応できるほど高くないのだ。

 いちいち会話にえーと、ってつける小学校の校長みたいになった。


 「少し場所移そっか?ちょっと注目されてるみたいだし」


 言われて周りを見ると私たちの方を興味深げに見ている人と目が合った。

 どうやら私は自分が思ったより声が出ていたようで周囲の視線が私たちに集まっている。

 てかいつの間にこんなに人が居たんだ?さっきまで私の周りには誰もいなかったのに。

 もしかして、あの人たちがファンクラブ?

 なんか私に殺気立った視線を送っている人もいるんですけど……。

 確かにこれは場所を移した方がいいみたいだ。


 「着いてきて」


 王子様は私がうなずいたのを確認して歩き出した。

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