第8話 カフェ
翌日の放課後、静香と陽菜が会うことになった。もちろん私も一緒だ。
昨日の夜、陽菜に連絡し静香がバスケ部に入部することは伝えてある。
その時に、「それじゃあ、明日の放課後三人でどっか行かない?」と陽菜が提案してくれたことで今日の放課後、一緒に学校近くのカフェに行くことが決定した。
確かそのカフェはドーナツがおいしいらしく最近クラスでも話題になっていたお店だ。
学校が終わり早速、三人でカフェに向かう。学校から歩いて十分ぐらいの距離に位置しているため、白雪高校の生徒がよく利用しているとのことだ。
外観はレトロな感じで落ち着いた様子のカフェだ。
こういうお洒落な雰囲気のお店にはいるときなんだか緊張してしまうのは私だけではないはずだ。
店内は少し薄暗くリラックスできるスペースになっていて、白雪高校の制服を着た人もちらほら見られる。
四人掛けの席に私と陽菜が隣り合って座る。私の前の席に静香が座った。
席について、まずは飲み物とドーナツをオーダーしておく。
「それじゃあ、まずは私から自己紹介するね。二組の早川陽菜です。涼音ちゃんとは小学校からの友達でバスケ部を創ろうと思ってるの。斉藤さんが入ってくれてすごく嬉しいよ」
陽菜がハツラツと自己紹介した。
私なんかは自己紹介の時、緊張してしまって人の顔を見る余裕なんてないし声もこわばってしまう。そうなると、相手も一歩引いた対応になって気まずい空間になるのがお約束なのに……。
「えーと、わ、私は斎藤静香です。涼音ちゃんに誘われてバスケ部に入ろうかなと思いました。バスケットはやったことないけどよろしくお願いします」
元気な挨拶の陽菜とは対照的に堅い表情で挨拶する静香。
どうやら静香は私と同じタイプのようだ。なんだか安心した。
お互いの自己紹介が終わるのと同時に陽菜は笑顔で親しげな感じでどこに住んでるのか、スポーツ好き?趣味はなにかな?と矢継ぎ早に斉藤さんに質問をしていく。
昔から陽菜は人と距離を詰めるのが早かったが、こういったことが理由なのだと見ていて感心してしまった。
それからしばらくは静香と陽菜が互いの趣味や好きな漫画の話などをし、時々わたしが口を挟むという構図になった。
静香の話は私の知らないことがいっぱいあった。昨日はじめてちゃんと話し合ったのだから当たり前といっちゃ当たり前だ。
静香が一人っ子なことや少女漫画が好きなことなど、静香の話は始めて聞くものばかりだ。話せば話すほど私が静香についてほとんど知らないまま友達になったのだと改めて実感させられる。
静香について知らないことがあるのはまあ当然というか、だろうなって感じで驚きはなかったのだが、陽菜の話も知らないことが多くて驚かされた。
陽菜は中学校ではバスケだけでなく、陸上部も兼任していたらしい。すばしっこさを買われてスカウトされたのだとか。
メインはバスケットだったようだが、ちょくちょく陸上の大会にも出ていたらしい。
昔の私たちは常に一緒にいたから互いのことはなんでも知っていた。しかし、今の陽菜は昔とは違うことを改めて思い知らされる。
陽菜と会わなくなって三年が経っていたことを実感する。
店に入り一時間ぐらい経っただろうか。
会話が一区切りついたところで話題はバスケ部のことについて移りはじめていた。
「それで、バスケ部が正式に認められるためには何が必要なんですか?」
静香はこの一時間でだいぶ緊張がほどけたようでもう言葉がつっかえることはなくなり、リラックスした様子でココアを飲みながら陽菜に聞いた。
さすがにまだ敬語はとれないみたいだけど、この様子だとすぐになくなるだろう。
それと、どうやら私以外は甘党らしくコーヒーを頼んだのは私だけだった。喫茶店に来てコーヒーを頼まないなんて……ラーメン屋でソフトクリームを食べるようなものだろう。
あ、でも某名古屋のチェーン店のソフトクリームはとってもおいしい。
「部活として学校に認められるためにはあと三人部員が必要なんだ。それも……涼音ちゃんが正式に入ってくれたらだけどね」
「正式?涼音ちゃんは部員じゃないの?」
しまった!静香には私がまだ正式に入るかどうか決めてないことを伝え忘れてた。
静香が不思議そうに私のほうを見ている。よく考えたら誘った本人がまだ部活入るか決めてないのはおかしなことだ。
どうしよう?今更なんて言おうか。
「涼音ちゃんはちょっと事情があって今は仮入部ってだけなの。あと二人集まったら入ってくれるよ。そうだよね涼音ちゃん?」
陽菜が気を利かせて説明してくれた。けど……あと二人集まったら入るって決めている訳でもない。
昨日、静香が勇気を出したのを見て私も一歩前に進もうと思った。
またバスケットをやってみるんだって。
けど――いじめの原因となった部活をやるのはまだ怖さがある。部活のこと、バスケットのことを考えると胸がキュッと痛むんだ。
それじゃあダメだ。過去なんて気にしないで生きよう。そう思ってもどうしても勇気がでない。一歩を踏み出せない。
部活に入るって、またコートに戻る決心ができない。
けど陽菜がせっかく気を利かせてくれたんだし、ここは乗るしかない。私は曖昧にうなずいた。
静香は何かを察したのかそれ以上は踏み込んでこなかった。
「そうだ、涼音ちゃんは斉藤さんのこと名前で呼んでるよね。斉藤さんは友達にしては堅苦しいし静ちゃんって呼んでいい?」
陽菜は空気が変わったことを感じてか静香に話しかける。陽菜は昔からこういう時にいつも場を盛り上げてくれる。
しかし、いきなり静ちゃんとは……コミュ力お化けだ!
感心したのもつかの間、「ヒッ、ひっく」と泣き声が――なぜ静香が泣いている!?
え、なんで泣くんだ?まったく意味が分からない。陽菜も同じだったようで戸惑うように私を見てきた。
「えーと、なんか嫌なこと言っちゃったかな」
陽菜が優しく問いかける。
「そ、そうじゃないの。と、友達だって。言ってくれたから」
なんかデジャヴ……。
絶対静香って涙もろい。感動系の映画を観たら涙で前が見えなくなるタイプだ。静香を泣き止ませながら確信した。
あれから静香が泣き止むまで十分くらい要しただろうか。泣き止んだ今も静香の目元は真っ赤だ。真っ赤になった頬や目元が保護欲をかきたてる。
まるで少女漫画に出てくる幸薄い系の美少女だ。美人ってずるい!
「そういえば、陽菜は入部してくれそうな人の当てはあるの?」
気になっていたことを聞いてみる。
陽菜もクラスでバスケ部に入ってくれそうな子を探してみると言っていた。
もしかしたら、もう何人か目星をつけているのかもと思って、期待を込めて聞いてみたのだが――陽菜は首を横に振った。
「ごめんね。クラスの人に声かけてみたんだけど全然部活をやりたい子がいなくて」
陽菜は申し訳なさそうに下を向く。
そっか……。
正直、陽菜のコミュニケーション能力、人柄ならだれか入ってくれるだろうと考えていたので驚きだった。
けど、うちの学校だったらあり得る話かもしれない。
白雪高校には生粋のお嬢様が多い。そのため家に帰ったら習い事がある子も多い。
それにうちの学校はあまり運動を好きな人が少ない気がする。これは小さい頃から家の中で蝶よ花よと育てられているため、外に出ることにあまり関心がないことと繋がっている気がする。
家が快適すぎて、出たくないと中学校の頃、クラス一お嬢様な子が言っていたこを思い出す。
そういえば楽器や茶道、バレエなどをやっている人は多かった気がするのだがバスケットを習っている子の話は聞いたことがない。
いくら陽菜でも部活、というか運動そのものに興味がない人を誘うのは難しいかもしれない。
あと二人。されど二人。
白雪高校でバスケ部員を集めるのは他の高校に比べてなかなかハードルが高いミッションかもしれないな。
「静香は心当たりある?」
一応静香にも聞いてみる。もしかしたら心当たりがあるかもしれない。
しかし、返答した静香の声は暗かった。
「そもそも私、他に友達いないもん……」
そっか……目を下向かせる静香の顔は沈んでいて、聞かなければよかった、と後悔が胸に押し寄せてきた。誰も当てがないとは……。
こうなるといよいよ難しいな。
え?私はって?私に心当たりがあるわけないじゃないか。
確かに中等部から進学したさ。けど交友関係が広かったわけでもない。てか、広かったらボッチなんてやってないね。
謎の声が聞こえた気がして心の中で反論しておく。
ボッチ舐めんなよ!
「あ、でもバスケ向いてそうな子ならこの前学校にいたよ。その人身長が私より少し低いぐらいだったんだ」
私が心の中で葛藤していると静香が思いついたように言った。静香より少し低いぐらいと言うと百七十センチ以上はあるだろうか。
それだけ身長が高ければ確かにバスケをするのに向いてるだろう。バスケは特性上身長が高いほど圧倒的に有利になるスポーツだ。
例え素人でも背が高いだけで期待されるからなあ。
それに女子でそれだけ身長が高ければバスケット経験者ということもあり得る。
小さい頃から身長が高いとかなりの確率でバスケ部やバレー部から勧誘されるからね。
「どんな人だった?同級生かな?」
陽奈が目を輝かせて聞く。
そりゃあ静香ぐらい身長が高い人なら是非とも欲しい人材だ。
「髪が金髪でね、多分ハーフじゃないかな。けど、実はこの前登校する途中に校門の近くで見かけただけなの。その時、私と背が私よりちょっと小さいくらいだったから凄く印象に残ってるんだ。けど、喋ったりしたわけじゃないから名前も分からないんだ、ごめんね」
静香は謝るがそれだけ分かれば十分だ。
白雪高校では髪を染めることが校則で禁じられている。金髪で長身、それだけ特徴が分かれば見つけるのは難しくないはず。
きっと誰か知っている人がいるはずだ。とりあえず明日ゆきに聞いてみよう。
それからは部活のことや趣味の話で盛り上がった。
静香は時々家のお手伝いで厨房に入るらしい。
今度食べに行くことを約束しながら帰路についた。
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