第7話 はじめての友達

 終業後のざわめきが残る教室で静香さんに声をかける。


 「この後、ちょっと時間あるかな。もう一回話しがしたいんだけど」


 斉藤さん宅を訪ねた日の翌日。斉藤さんは帰りの支度をしている最中だった。

 斉藤さんは私に声をかけられたことに驚いたような表情を浮かべた後、小さくうなずいた。私が事前に探しておいた空き教室へ静香さんとむかう。

 白雪高校は使われていない教室も多くあり、探すのはそれほど手間取らなかった。


 「話しって部活のことかな?」


 教室に入るとすぐ静香さんが問いかけてきた。いきなり本題に突入した。

 静香さんの問いかけにうなずきつつ話をする。


 「うん。実は昨日斉藤さんの家に行ってみたの」


 「え?」


 驚いた様子で口に手をあてて目を見開く。

 どうやらほのかさんは昨日私が来たことを言わなかったようだ。

 まあ、私が頼んだんだけど。話しをする前に悩ませたくないからね。


 「それで、斉藤さんのことお母さんからいろいろ聞いたの。昔のこととか――」


 斉藤さんがうつむいて目を伏せる。

 斉藤さんにとって昔の話は人に知られたくないことなのだろう。私だっていじめの事を他人に知られたくはない。

 だから、勝手に聞き出して申し訳なく思う気持ちもある。

 でも、私は知ってしまった。私と同じように過去に苦しむ静香を。だから私は静香の気持ちが理解できると思う。全然そんなことはないかもしれない。

 けど、私は自分の気持ちを伝えたい。


 「実は私も昔、いじめられてたの」


 静香が驚いた顔をして私の方を見る。そんな静香の顔を見ながら話しを続ける。


 「昔の私ってさ、自分勝手で他人の気持ちなんてみじんも気にして無かったの。そしたら小学校の時、バスケ部でいじめられちゃった」


 そうだ。当時の私は世界は自分を中心に回っていると本気で考えていた。全部自分の思い取りになると。今思えば、自分でも笑ってしまうくらい馬鹿な考えだ。そんな子だったからいじめられた。親友だと思っていた子に――。

 あのいじめは私の人生を大きく変えてきた。いじめが原因で中学校受験してあいつらから逃げた。

 一時期は人と関わるのが怖くなった。それ以外にも、ところどころで人生を変えられた。これからも変えられるかもしれない。でも、そんな人生でいいのだろうかって思うんだ。

 過去に縛られたままの人生で――。


 「それが原因で私の人生は変わった。それが悪かったのか、良かったのかは分からない。でも、過去にとらわれた人生なんて嫌だった。だから私はバスケ部に入って過去と少しだけ向き合ってみることにしたの」


 かっこつけて言ってみたが過去と向き合うきっかけをくれたのは陽菜だ。それにまだ仮入部で正式に入るには心の整理ができていない。でも私にとっては大きな一歩だった。

 陽菜がいなかったらバスケットを再びやろうなんて思えなかっただろう。

 今度は私が静香のきっかけになりたい。


「静香もずっと過去にとらわれるのは嫌じゃない?だから……静香もちょっとだけ頑張ってみない?」


 自分で言ってみて、ずいぶん勝手なことを言っていると思った。勝手に過去を調べてきたあげく部活に入って人と関われだなんて。

 静香にとっては余計なお世話かもしれない。でも、同じように過去を気にして生きている静香をみたらおせっかいしたくなってしまったのだ。

 こんな勝手な私は小学校で捨てたと思ってたのにな。

 心のどこかに細々と生き残っていたのかもしれない。

 私が伝えたいことは伝えた。後は静香しだいだ。

 また静香に入部を断られるならその時は諦めよう、そう考えて静香の返事を待つ。


 「どうしてそこまで私のためにしてくれるの?」


 今まで口をつぐんできた静香が下を向きながら声を発した。髪の毛に隠れて表情は見えない。でも、声が少し震えてる気がした。

 どうして、か。いろいろ理由はある。斉藤さんの過去が私に似ていることや、ほのかさんとの約束とか。でもやっぱり……。


 「友達だからかな。」


 そうなんだ。結局それが一番の理由だ。


 「……友達?私と雨宮さんが?」


 しまった。いきなり友達認定されてびっくりしたかな。

 けどここ最近静香さんのことばっかり考えてて私の頭の中では勝手に友達認定してる。

 まだ、出会ったばっかり、ほんのちょっと話しただけ。でも静香とは仲良くしたいって思うんだ。過去にとらわれているところや、自分に自信が持てないところ。なんだか私と静香はよく似ている気がする。

 似たもの同士仲良くしたいし、一緒に過去を忘れたい。

 伝えなくては、ここで勇気を出すんだ!


 「うん。まだそこまでの関係性はないかもしれない。でも私はもう斉藤さんのこと友達だって、そうなりたいって思ってる。友達になってくれる?」


 そんなこそばゆいセリフを正面きって言えるはずもなく、うつむきながら言ってみる。

 おかしいな。返事がない。もしかして断られるんじゃ……。

 顔を上げて斉藤さんを見ると斎藤さんは今にも泣き出しそうな顔をしている。友達になって欲しいと頼んで泣かれるって……私とは友達にはなりたくないということか。

 勇気を出した分だけ落胆が大きい。あまりのショックに何も言えず、その場に立ち尽くす。


「なる、私も雨宮さんとどもだぁちになりたい」


 斉藤さんは涙で顔をくしゃくしゃにしながら子供みたいに言った。

 え、そっち?てっきり断られると思ったのに。


 「私もずっと嫌だった。昔言われた言葉を気にして生きていくなんて。だから、私頑張ってみるよ。部活入ってみる」


 そう言った静香の目は確かな決意があった。

 何もしらない人が見たら部活に入るぐらいで大袈裟だと言うかもしれない。けど、私たちにとっては大きな一歩なんだ。

 なんだか胸が熱い。


 「よろしくね。斉藤さん」


 思わずそう言って右手を差し出して握手を求めてみたのだが、斎藤さんが私の手をとる様子がない。それどころか頬を膨らませて怒っているように見える。

 はて、何かしてしまったのだろうか。

 怒らせるようなことはなかったはずだぞ。


 「さっきは静香って呼んでくれたのに……」


 あー、確かに。無意識に呼んでいたので気づかなかった。けどいきなり呼び捨てはなぁ〜。


 「えーと、いきなり呼び捨てはハードルが高いというかなんていうか……」


 さっきまでは呼び捨てだったが冷静になった今呼び捨ては難しい。

 そう伝えたのだが。

 返ってきた静香の声は氷のように冷たかった。


 「私たち友達でしょ、それとも違うの」


 静香の目は座っている。

 どうやら静香の頭の中では友達=下の名前の方式があるようだ。

 こうなったらもう選択肢は1つしかない。


 「静香、これからよろしくね」


 しっかりと静香の顔を見て伝える。


 「うん、こちらこそ」


 この日私は高校生になって初めての友達ができた。

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