第6話 超絶ラッキー?

 翌日のお昼さっそく斉藤さんの実家の料理屋さんに向かった。


 「涼音ももう高校生だもんね――。今度紹介してね」


 家を出る際、にやついた顔で母親がそんな戯れ言を言ってきた。恋人とのデートだと勘違いしたのだろう。

 すまんな、母よ。残念ながらあなたの娘には恋人どころか友達すらほとんどいないのだよ……。

 家を出て駅に向かい、斉藤さんの家の最寄り駅である笹姫駅に向かう。笹姫駅は私の家から学校を挟んで向かいにあり、かなり栄えている場所だ。

 駅には十二時ちょうどに着き、斉藤さんの家を探す。確か実家はさいとーという名前の料理屋さんだったはずだ。斉藤さんの居場所を教えてくれた女子が、そう言っていたはず。

 ネットで調べても情報が出なかったため、どこにあるのかよく分かっていない。そのため、適当に歩き回って探すしかない。

 駅員さんやそこら辺を歩いてる人に聞けばすぐに分かるだろうがこの程度のことで聞くのは、はばかられた。

 べ、別にコミュ症ってわけじゃないんだからね!そこははっきりとしておかなければならない。私は話しかけられないのではなく、その程度のことで人様に時間を取らせることを躊躇しているだけなのだと。

 そういうわけで詳しい情報を持たずに探しはじめて現在の時刻は三時だ。

 そう、三時になった。もう一度言おう三時だ!

 既に三時間も歩き回っているのだが一向に見つかる気配がない。やはり何も手がかりがないまま探すのは無謀だったのかもしれない。

 やっぱり学校でもう一回交渉してみようかな、そう考えて駅まで帰ろうとしたとき脇道からいい匂いがしてきた。

 そういえば家をでてから何も食べていない。ここら辺で何か食べて帰るのも悪くない。

 お金はあまりないが、このまま何もせずに帰るのは嫌だった。何もせずに帰ったらこの三時間が全く意味のなかった時間になってしまう気がした。

 脇道に入り匂いの元の店を覗く。店の外観はレンガ造りの洒落た店だ。

 店名はさいとーという名前みたいだ。

 ん、さいとー?それって私が探してた店と全く同じ店だ。

 全く同じ名前の別の料理屋さんって偶然も考えたが、珍しい店名だけにその可能性はないだろう。つまり、目の前にあるさいとーという名前の店が斉藤さんの家で間違いはない。

 はぁ~、大きなため息がでた。

 まさか三時間探して見つからなかった店が寄り道で見つかるなんてね。

 まったく、ツイてるのかツイてないのか。判断が分かれるところだが、ネガティブに考えても仕方ない。ここは超絶ラッキーだったと判断しておく。


 「いらっしゃい。好きな席に座ってね」


 店内に入ると背がとても高い女の人が声をかけてきた。小さな顔に均整のとれた手足、細いウエストも相まってまさにモデル体型と言える。

 斉藤さんが大人になったらこうなるだろうと思えるほどそっくりだ。きっとこの女性が斎藤さんのお母さんだろう。

 艶の良いショートカットの下にあるのは若干タレ目気味な大きな目にぷっくりとした唇。整った顔だが全体的に幼い印象を与える顔だ。斉藤さんのお母さんということは年齢は三十歳を間違いなく超えているはず。けれども、まだ二十台と言われても疑うことなく信じられる顔立ちをしていた。

 店内は掃除が行き届いていているのだろう。床はピカピカで汚れ一つない。木製で統一された壁やテーブルに程よく飾られている雑貨が温かみのあるオシャレな空間を作り出している。それに加え、壁に掛けられた絵画が店内をより一層オシャレな空間にしている。

 斉藤さんの実家がオシャレすぎる……。

 衝撃を受けつつも空いている席につく。なんとなく私は下町の料理屋さんみたいなのを想像してた……だって名前がそれっぽいし。

 キャロルみたいなカタカナの店名が似合いそうなお店だ。

 メニューを見ると、どうやらイタリアンレストランのようだ。メニュー表の写真には代表的なイタリアン料理であるパスタやピザが載っていた。

 ほうほう、マルゲリータにカルボナーラ、ペペロンチーノまで、イタリア料理の定番は大体あるようだ。それに、どの料理も千円ぐらいでお財布にも優しい。

 特にペペロンチーノは七百円と、素晴らしいお値段だ。

 うーん、どれにしようか。ピザは好きだけど、一人で食べきれるだろうか。

 やはり値段を重視してペペロンチーノにしようか。でも、リゾットも捨てがたいなあ。

 そうして、かれこれ十分ぐらい悩んだあげくやっぱり安さが一番!とペペロンチーノに決めた。

 ベルを鳴らすと斉藤さんのお母さんがオーダーを取りに来てくれた。


 「ペペロンチーノ一つお願いします」


 「はい、ペペロンチーノ一つですね」


 オーダーを素早く機械に打ちこむ様子を見ながら、会話の切り出し方を考える。

 打ち込むのが終わった時、私は勇気を振り絞って、話しかけた。


 「それと、もしかして斉藤静香さんのお母さんですか?」


 「はい、そうですけど……もしかして静ちゃんのお友達!?」


 斉藤さんのお母さんはさっきまでの優しそうな表情からいっぺんして、食い入るように聞いてきた。大きな目をより一層見開いてこちらを見つめるその顔は真剣そのものでちょっと怖い。


 「えーと、そうなりたいと思ってここに来ました」


 「そう……ついに静ちゃんにもお友達が……」


 そう言うと、斉藤さんのお母さんはなぜか感極まったように泣き出してしまった。大きな目から大粒の涙が滝のように流れる。待てよ、これはマズイのでは?

 他のお客さんからは、私がなにかクレームをつけて泣かせてしまっているように見えるかもしれない。

 ぱっ、と隣の席を振り向くとお婆さんが私を冷たい目で見つめていた。まるで、床に落ちているゴミを見るかのような目だった。


 「え~と、と、とりあえず落ち着いてください」


 ハンカチの一つでも差し出せれば良かったのだが、残念ながらポケットの中に突っ込んだ手はなんの感触もえられなかった。

 しまった。普段からハンカチを持ち歩けって母親に口うるさく言われてたのに。どうせ使わないでしょって聞き流してたツケが回ってきた。

 私はただ落ち着くよう声がけをすることしかできない。

 うう……他のお客さんの目線がいたい。

 ちがうんだ、私はなにもやっていない!


 「ぐっす、ごめんなさいね。あ、あなたのお名前は?」


 「あ、雨宮涼音といいます」


 「そう、涼音さん……私は斉藤ほのかと申します。娘を今後ともどうかよろしくお願いいたします。ぐすっ」


 ほのかさんはわたしの名前を聞くと、また泣き出してしまった。

 どうなってんだ、これ……?私は斉藤さんと結婚でもするのかな。

 そう思いつつほのかさんを泣き止ませにかかる。

 うう……周囲の視線が痛いよ。先ほどより、目線が厳しくなっている気がする。


 「先ほどは取り乱してすいませんでした」


 そう言って頭を下げるほのかさん。あれから5分ほど泣き続けてしまい苦労したもんだ。

 泣きじゃくったせいで目は充血して、化粧は落ちてしまっている。せっかくの美人が台無しだ。


 「えーと、今日は斉藤さ――静香さんいないんですか?」


 斉藤さんと呼ぼうとしたが、目の前のほのかさんの名字ももちろん斉藤さんだ。だから、下の名前に言い換えたのだが、ちょっとなれなれしすぎる。

 斉藤さ――静香さんがこの場に居なくて本当によかった。


 「ええ、今は教室に課題を忘れたから取りに行ってるんじゃなかったかしら。静ちゃんに会いに来てくれたのよね?」


 どうやら斉藤さんは家にいないらしい。てっきり姿を見せないだけだと思っていた。ほのかさんは私が斉藤さん――じゃなくって静香さんに会いに来たと思って、申し訳なさそうな顔をした。


 「実は静香さんについて聞きたいことがあって来ました」


 「静ちゃんについて聞きたいこと?」


 そう言って首をかしげるほのかさん。それだけで様になるんだから美人って得だな――。


 「私の友達がバスケ部を創ってるんですけど、斉藤さんに入ってもらいたくてこの前勧誘したんです。けど、断られちゃって。その時の様子がバスケ部をやりたくないというよりはなにかにおびえてる感じがしたんです。それで何が原因なのかなって」


 「そっか――バスケ部ねえ」


 ほのかさんは腕を組んで何かを思案しているようだ。


 「もしかしてバスケットが嫌いだったとか?」

 

 「そうじゃないけど……。まあ雨宮ちゃんには話してもいいかしら」


 ほのかさんが私の向かいの席に座った。どうやら教えてくれるようだ。


 「静ちゃんって昔から男の子よりも背が高かったの。それで小学校の時クラスの男の子から馬鹿にされてね……。大女ってからかわれちゃったの」


 小学生時代、些細なことをからかう子がいたことを思い出した。

 トイレで大をしたことや声変わりをからかったり。大人では決してあり得ないことだ。

 精神的に成熟していない子供時代特有なものだと思う。

 もしかしたら、からかった子に気づけようという明確な悪意はなかったかもしれない。ただ、場を盛り上げるためだけの行為だったのかもしれない。しかし、その言葉で斉藤さんはどれほど傷ついただろう。

 その傷は今も斉藤さんの心に残ってしまっているように見えた。


 「そのせいで元々引っ込み思案な子だったんだけど余計にその傾向が強くなったみたい。人付き合いもちょっと苦手になっちゃってね……それ以来友達が一人もいなかったみたい」


 そうだったのか……。きっとそれが斎藤さんの過剰に自己肯定感が低くなった原因なのかもしれない。

 周囲から下に見られるうちに段々自分までもが自分のことをダメなやつだと思い込ませてしまったかも。

 斉藤さんは他人と関わることを避けているのではないか、そんな予想が頭をよぎった。私もいじめられた時人間不信になっていた。

 斉藤さんは今もそうなのではなかろうか。

 教室でも斉藤さんはクラスメートから一歩距離を引いている印象がある。他人と関わることは傷つくこと、斉藤さんはそう考えているのかもしれない。


 「だから静ちゃんのお友達が来てくれて嬉しいわ。これからも仲良くしてね」


 「――こちらこそ」


 実際にはまだ友達ではないのだがほのかさんの嬉しそうな表情を見てそんなことは言えなかった。

 「最後に一つお願いがあるんだけど――――――」


 その後、静ちゃんのお友達からお金はもらえないと言い張るほのかさんとなんとか代金を払おうとする私の熱いバトルになったのだが、結局私が根負けした。

 だって、また周囲の人が眉をひそめて私たちの方を見ていたもの。だから、私はなにもやってないから!

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