第5話 静香

 教室を出て、駅まで全力で走る。

 喉はカラカラで肋骨のあたりが悲鳴をあげている。もうちょっと運動しておくんだった……。

 そんな今更してもどうしようもない後悔をしつつも必死に走り続ける。

 駅までもう少し、というところで前方に背の高い人が歩いているのが見えた。白雪高校の制服を着ているし、ショートカットの髪が斉藤さんであることを教えてくれた。

 どうやらギリギリで追いついたようだ。良かった、これ以上走り続けるのは私の生命に関わる。

 斉藤さんの後ろから勇気を振り絞って話しかけてみる。


 「はぁはぁ、あ、あの斉藤さっ……んに話しが……ゲホッゲホ」


 「え!?雨宮さん?え~と、その~大丈夫?」


 突然の後ろから呼び声も驚いた顔をして斉藤さんが振り返った。しかし、私を見るや心配そうに声をかけてくれた。

 それと、斉藤さんは私のことを認識してくれていたらしい。自己紹介する必要がないのは大いにありがたい。


 「ぜーぜー、ふー、全然平気――」


 それにしても、全力疾走がこれほどキツいとは……。もうちょっと運動した方がいいかも――こんな状態でバスケットをやるなんて自殺行為だ。


 「えーと、斉藤さんに話しがあるんだけど。斉藤さん部活入る気ある?」


 これは――我ながら単刀直入すぎる。もうちょっとなんか言えば良かったかも。

 一瞬そんな後悔が頭をよぎった。

 「え~と、部活入る気はないかな。もしかして部活の勧誘?」


 おっ、話しの流れを察して部活の勧誘だと気づいてくれたようだ。察しが良くてとても助かる。

 しかし、部活の勧誘だと気づいた途端顔をしかめてしまった。

 これは部活をやる気はなさそうだ。けど、なんとか興味をもってもらわねば。

 正直、斉藤さんは私の最初で最後の希望なんだよ。


 「そうそう。私の――」


 友達がバスケ部を作ってるんだけど入らない?そう言おうと思ったのだが言葉が喉の奥から出てこない。

 私と陽菜は友達なのだろうか。以前は友達どころか親友だった。

 しかし、今もそうなのだろうか?友達、そう思っていた人に一度裏切られた私にはその言葉は昔のように気安く言える言葉ではなくなっていた。


 「私の幼馴染みがバスケ部を作ってるんだけど入らない?斉藤さん身長高いしバスケット向いてると思うんだ」


 結局、私は陽菜のことを友達だと言えなかった。陽菜は私のことを友達だと言ってくれた。けれども、私は……まだ陽菜との間に壁を作ってしまっている。

 それは時間が作ったものなのか、私の性格の変化によるものなのかは分からなかった。


 「無理、無理!私バスケットボールやったことないし。それに、わたしが部活なんて絶対無理だよ」


 斉藤さんから返ってきたのは強い否定の言葉。大きく首を横に振って前に突き出した手は斉藤さんの入らないという意思をはっきりと表している。

 しかし、嫌ではなくなぜ無理と言うのだろう?

 もしかして、バスケ経験者のみの募集だと思っているのかも。


 「もし良ければどうして無理だと思うのか聞かしてもらえない?初心者でも大歓迎だし、私も一応バスケットボール経験者なんだけど全然上手じゃないよ」


 これは謙遜じゃなくて本当。ぶっちゃけ斎藤さんほど高身長だったら絶対私より戦力になるね。


「だって、わたしノロマだし、覚え悪いし……わたしなんかが部活なんか入ったら他の人の迷惑になっちゃうから」


 そう言って下を向く斉藤さん。

 その目は悲しそうで、何かに怯えているようで。

 ふと、斉藤さんは私と似ていると思った。

 自分を過剰に卑下してしまう。

 そうならざるを得ない嫌なこと、過去があったのではないかと思う。

 もちろん、なんの根拠もない。けど、私はそう確信した。確信できてしまった。

 だって、私がそうだから――。

 「雨宮さん、わざわざ部活に誘ってくれてありがとね」

 そう言ってうつむいたまま駅に向かう斉藤さんに声をかけることはできなかった。


 「むむむ……」


 机に向かいながら必死に頭を働かせる。

 部屋の壁に掛けられた時計の針は午後六時を指している。

 家に帰ってきたのが四時半。既に一時間半もの間机に向かっていることになる。

 もちろん、ただ机とにらめっこしていたわけではない。斉藤さんをバスケ部に入れるための方法を考えていた。

 今日の斉藤さんの反応を見ると、部活に興味がないというより、チャレンジする勇気がでないように見えた。わたしなんか、そう自分を卑下する言葉を繰り返し話していた。

 そのことから、自信がなくてバスケット――新しいことをやる勇気が出ていないように思えた。

 ということは斉藤さんがもっと自分に自信を持てるようになったら、それかバスケ部について気楽に考えてくれれば入部してくれるかもしれない。

 そう考えて、先ほどから自信をつける方法を考えているのだが……。

 「そんな簡単な方法があるんだったら私が自信つけたいっつーの」

 そうだ。自信というのは日々の成功が積み重なることで生まれるものなので、短期間でつけるのは不可能だと思う。それに私自身、自分に自信があるわけじゃないしなあ。

 あーあ、やっぱり斉藤さんをバスケ部に入れるのは無理そうかも。本人が無理って言ってるし。

 そういえば、どうして斎藤さんは自分のことをノロマなんて言ったんだろう?

 自己評価が厳しい人だとしてもあまりに辛辣すぎないか。もしかして自己評価じゃなくて他人に言われたことを気にしてるのかも。

 うーん、斎藤さんについて考えすぎて頭が痛くなってきた。

 ちょうど明日は土曜日だし、時間はある。斉藤さんの家は料理屋らしいし、一度行ってみよう。

 そんな考えが頭に浮かんだ。陽菜の行動力が伝染したのかも。

 あと、部活のことは斉藤さんにとってつらい出来事を思い出させる話だったかもしれないし、もし斉藤さんがいたら謝らないと。

 そう結論づけて、机とのにらめっこは終了した。

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