第2話 幼馴染

 「起立!お願いします。」


 入学式から数日がたった。今は六時間目、数学の時間だ。

定年間近であろうおじいちゃん先生が前で話している。

 以前から数学はあまり得意でなかったが高校になってさらに難易度があがってお手上げだ。

私は先生の話を聞くことを早々に放棄して机に伏せる。

 というか、休み時間も机に伏せている。

 私は高校デビューどころか見事なぼっちデビューを決めてしまった。

 今までは外で遊ぶような子はいなくてもクラスで話す子ぐらいはいた。つまり友達未満知り合い以上の関係ってやつだ。

 しかし今年はクラスで話す子さえもいない。唯一の希望であったゆきはクラスで一番目立つグループに入ってしまって、あまり話す機会がない。

 ゆきだけでなくクラスのほとんどの子はすでにグループを組んでいる。

 グループに所属していないのは私とクラスで一番背が大きい斉藤さんだけだ。

しかし、斉藤さんは周囲に壁をつくってるような感じがしてとてもじゃないが話しかけられない。

 ぼっち同士仲良くしよーぜ、なんどそう思ったことやら。

 しかし、斉藤さんの出すオーラに阻まれて話しかけることが出来ない。というか誰で会っても気安く話しかけるのなんて無理だね。

 はあ~、思わずため息が出る。学式の後から一層ため息を吐くことが増えた気がする。

 ぼっちという現状に加え陽菜のことも気がかりで頭が痛い。

 どうやら陽菜は隣のクラス、一組のようでたまに廊下で見かける。

 しかし、あのとき変な別れ方をしたせいで話しかけられない。というか、なんとなく気まずくて陽菜に会わないようにこそこそ隠れているのだ。


 「はあ~」


 さっきよりも大きなため息がでた。

 私の高校生活はお先真っ暗のようだ。


 「起立!ありがとうございました」


 そんなことを考えているうちに授業が終わった。やっと帰れる……


 「涼音ちゃん、ちょっとついて来て」


 そう思ったのもつかの間、教室を出た瞬間に陽菜が話しかけてきた。

 この速度――私を待っていたに違いない。


 「ちょっと陽菜、どこに向かってるの?」


 陽菜は別の場所で話がしたいらしく私の手を掴んだと思ったら強引に引っ張り、進んで行く。陽菜に場所を聞いても返事はない。やっぱりこの前のこと怒ってるのかも。そう思いつつ私が連れられてきたのは体育館だった。


 「それで話しってな――」


 「涼音ちゃんゴメン!」


 え?私が謝られてる?なんで、どうして、と疑問が頭に渦巻く。


 「この前急に話しかけちゃって迷惑だったかなって。予定入ってたようだし……」


 そう言って、陽菜は勢いよく頭を下げた。どうやら陽菜は私が陽菜に腹を立てて帰ってしまったと勘違いしたようだ。むしろ私の態度の方が悪かったのに。


 「全然迷惑なんかじゃないよ。悪いのは私。こちらこそ急に帰っちゃってゴメンね」


 「本当?迷惑じゃなかった?」


 「もちろん!」


 空元気でもいいからここは明るく答えておく。


 「よかった~。もしかして涼音ちゃんに嫌な思いさせちゃったかなって心配だったんだよ~」


 陽菜はほっとしたような表情で微笑んだ。


 「ごめん。あの日はちょっと体調が悪くて病院行こうと思ってたんだ」


 流れるように嘘を吐く私。友達にためらうことなく嘘を吐けるようになった自分に嫌気がさす。いや、そもそも今も私と陽菜は友達なのだろうか。


 「え~!大丈夫?まだ痛いところある?」


 「もう大丈夫。心配かけてごめん」


 「全然いいよ~。体調よくなってよかったね」


 やっぱり陽菜はいい子だ。昔から自分の気持ちだけでなく他人の気持ちも思いやれる子だった。

 変わってないな。そう思って少し嬉しくなった。それと同時に変ってしまった自分が酷く不格好に思えて胸が痛んだ。

 そういえば陽菜は私に何を話したかったんだろう。

 先日の件だろうか。それだったらもう話すことはないはずだ。


 「それで話ってなにかな?この前のことは別に嫌な思いなんてしてないから全然大丈夫なんだけど……」


 それとなく、会話を終わらせる機会を探る。


 「あー、涼音ちゃんって部活もう入ってる?」


 部活?もしかして私と一緒の部活に入ろうと思ってるのかな。けど、私はもう部活をやるつもりはない。

 部活は嫌な記憶を思い出させるから――


 「入ってないし、そもそも私は部活やる気ないかな」


 「え~⁉涼音ちゃん運動できるし、なにもやらないのはもったいないよ。まだ部活入ってないならバスケまた一緒にやらない?私バスケ部作るつもりなんだ」


 そういって陽菜は私に手を差し出してきた。バスケ部を創るという言葉に若干の驚きを感じつつ、行動力が爆発している陽菜ならやりかねないと思った。

 けど、私はその手を取ることができない。

 だって私はもうバスケットができないから……


 「ゴメン――。誘ってくれるのは嬉しいけど、私なんかがいるとチームの足を引っ張ることになるから。昔も私のせいで最後の大会負けちゃったし。私がいるとチームが上手くまとまらなくなっちゃうから」


 実際小学校の時は私が自己中だったせいでチームが機能しなかった。せっかく陽菜が一から作るのに私が居たら上手くまとめることができなくなってしまう。


 「そんなことないよ!涼足ちゃんが足手まといになったことなんてない!」


 やんわりと断ったつもりだったんだが、陽菜はやけにムキになって否定してきた。

 けど、過去の私がチームの足を引っ張っていたのは変わることのない事実だ。


 「それに涼音ちゃんほど上手い選手私は見たことないよ。ドリブルも上手だし、シュートなんて涼音ちゃんは日本一上手だもん!涼音ちゃんがいたら今から作るバスケ部は結構いいとこまで行く気がするんだ。だからさ、また一緒にやろうよ!」


 陽菜は顔を赤くしながら必死に、いかに私が良いプレーヤーだったのか、チームに必要なのかを説明してくれた。別に自分のことを日本一シュートが上手なんて思ったことはなかったが純粋にその熱意が嬉しい。

 けど、同時に陽菜が求めているのはバスケが上手な雨宮涼音なんだということも理解できた。

 ならば――今の雨宮涼音を見せるのが手っ取り早くていい方法だろう。きっとこれを見たら私なんて必要ないと思い直すだろう。私が日本一シュートが上手?

 そんなわけない――私は日本一シュートが下手バスケット選手なのだから。


 「ちょっと待ってて」


 私はまだまだ語りそうな陽菜をその場に残して、体育倉庫に向かう。体育倉庫の扉は幸い鍵がかかっておらず軽く力を込めて押したらミシッ、とした音をたてながら開いてくれた。

 扉から入ってくる外の明かりを頼りに捜し物を探す。あれは絶対体育倉庫にあるはずだ。

 視界が悪い中、悪戦苦闘しつつ探していると捜し物は倉庫の隅、跳び箱の横のケースに入れられていた。

 ケースの中から捜し物――バスケットボールを手に取って感触を確かめる。久々に感じる、手に吸い付くような感触に懐かしい。

 ケースの中にあるボールからなるべく空気が入っているやつを一つ選んで陽菜のもとに戻る。

 体育の授業でしか使われていないからだろう。持って行ったボールは新品同然でこれぞ白雪高校って感じがした。


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