雨と陽だまり

あかぎ渉

第1話 入学式

 ヒラヒラと桜の花びらが新入生を歓迎するかのごとく舞っている。見上げるほどにドでかい校舎に広大なグラウンド。

 北海道にあるというメリットを存分にいかして造られたであろう、ここ白雪高校しらゆきは生粋のお嬢様学校として全国に名をはせている。

 今日はそんなマンモス高校である白雪高校の入学式だ。

 しかし、中高一貫であるためか、高校からの転入組を除いてそれほど浮き足立っている生徒は多くない。

 中学からの進学組である私もたいして緊張することなく事前に知らされていたクラスへ足早に向かう。事前に知らされている私のクラスは二組だ。

 初日は簡単な自己紹介のみだが、これが一年で一番緊張するのは私だけだろうか。

 この自己紹介で一年の立ち位置、演じるキャラが決められるというプレッシャーの大きさに体がこわばるのを感じる。

 しかも私の出席番号は一番だ。

 クラス中の視線が私に集まるのを感じる。息を軽く吸い込み、できるだけ緊張がばれないよう、心臓の鼓動を落ち着かせる。


 「雨宮涼音あまみやすずねです。中等部からの進学組です。高校から転入してきた人は初めまして。一年間よろしくお願いします」


 自分でも驚くぐらい没個性な挨拶で私の自己紹介は終わった。少し声が震えていたような気がするが、問題ないだろう。ないよね?

 自分の自己紹介が無事終わったことにほっとしつつクラス全員の挨拶が終わるのを待つ。

 どうやらクラスのほとんどは私とおなじ中等部からの進学組のようだった。

 まあ、中等部からクラスが多かったので面識のある人はほんの一握りだ。決して友達がいなかった訳ではないからね!と、意味もなく心の中で宣言しておく。


 「私が一年間一年二組を受け持つ赤城千夏あかぎちなつだ。よろしく」


 最後に挨拶をした女性が一年二組の担任のようだ。

 教壇に立つ先生は気怠げな目と寝癖のせいでやる気がないようにみえる。けど身なりを整えたらかなりの美人になりそう。失礼だが、残念美人ってやつかも。

 一通り教室での自己紹介が終わったら体育館での入学式が始まる。

 みんなが一列に並んで歩く姿は蟻の行進みたいだ。


 「さっきの自己紹介無愛想すぎでしょ」


 ぼー、と歩いている私にそう言って話しかけてきたのは中等部からの友人、前野ゆきだ。本当に友達だよ!と心の中で今一度呟く。

 これは自己暗示や言い聞かせているわけではない……はずだ。


 「それが私だから」


 「けど、そんなんだったら友達できないよ」


 ゆきは顔が広く友人も多い。さっきの自己紹介も無難にこなしていた。

 悔しいが反論できない――

 ふと、ゆきが思い出したように聞いていた。


 「涼音は部活入るの?」


 「入らないかな。というか、うちの高校に部活なんかあったっけ?」


 「茶道部とか日本舞踊部、剣道部もあったような……」


 実は白雪高校は通っているのがお嬢様ばかりで、運動部を選ぶ生徒がほとんどおらず、部活はそれほど盛んでないことでも有名である。

 私が部活をやることはもう二度とないだろうから関係ないけど。


 「ゆきはどっか入る予定あるの?」


 「私はめんどそうだからパスで」


 そう言うと思ったよ。

 ゆきは私と似た思考の持ち主だからね。

 クラスではいわゆる陽キャみたいな立ち位置にいるゆきだが、不思議と仲が良いのはそこが理由なのかもしれない。


 「じゃあ一年間よろしくね」


 ゆきと話していたらいつの間にか体育館に着いていたようだ。さっさと、ゆきは自分の席に向かっていってしまった。

 私の席は出席番号どおり一番前だ。これはしっかりと話を聞かないといけない。

 気を引き締めようと背筋を伸ばしたが、校長の話なんてしっかり聞いたところでなあ、と心の内の悪魔がささやいた。

 どうせ明日には忘れるような内容に、小学校、中学校と似たような挨拶だろう。

 はあ、と思わずため息が漏れ出る。私の心は悪魔のささやきに一瞬でなびいていた。

 まわりを見回すとほとんどの生徒がこれからの高校生活に希望を抱いたような顔をしていた。

 私も良い高校生活になるといいな――

 柄にもなく、そんなことを思いながら入学式を過ごした。


 教室に帰った後はすぐに帰りの挨拶をして解散だった。

 ゆきは高校から寮に入るらしく一人で帰ることになった。他の子と帰ればいいって?

 残念ながら周りはすでにグループができており今から仲良くなれそうな子は見当たらない。

 私が気後れして誰にも話しかけられないでいる間に周りはどんどんとグループが出来ていった。

 みんな一体どうやったらそんなすぐに打ち解けられるのだろう?

 この謎を解いたらノーベル賞受賞は間違いないな。けど、いったいどのジャンルなんだろうか。

 医学賞でもないし、文学賞なんてわけないだろうし、ぼっち救済賞とか新設されるのかも、なんて馬鹿なことを考えてみる。

 現実逃避ともいうかもしれない。

 つまりだ、高校生活一日目にしてぼっち臭がしてきているってことだ。だがそんなことは気にしたら負けなのだ。

 こんなとき、いつも昔の私に戻れたらなあと思う。人と関わることを恐れなかったあの時代に戻れたらどんなに良いことか。

 どうせ今と一緒だったんだろって?

 確かに友達は多くはなかったけど、人の目線を気にして過ごすことなんてなかった。

 私の性格が変わったことには原因がある。

 昔の私は我が強く周囲の視線を気にしない子供だった。そのことが原因で所属していたバスケ部でいじめられた。

 そうしたいじめにあってから人と関わるのが苦手になってしまったように思う。

 これはコミュニケーション能力の向上を目指して百回以上行った自己分析によって解明された。

 中学受験したのもそれが理由だ。中学では友達と呼べるほどの関係を築けたのはごく一部だったが、それでも小学校に比べたら天国のようなものだった。

 友達がゼロかイチではだいぶ変わると思うのだが、クラスではもうグループできてるし、厳しい一年になるかもな……教室を出た後そんな考え事をしていたら入学したばっかなのにもう憂鬱になってきた。

 入学式の時に抱いた期待は既に胸から出て行ってしまった。


 「待って!涼音ちゃんだよね⁉」


 一人寂しく帰ろうと校門をくぐったとき、後ろから声がした。最初は別の人に話しかけているのかと思ったが、あたりを見回しても周りには誰もいないし、なにより私の名前を呼んだってことは私に話しかけてきたのだろう。

 しかし、ぼっち……孤高の存在である私に一体だれが?

 もしかして幽霊?それとも幻聴だろうか。

 後ろを振り返ると、平均より少し高めの私と同じくらいの背たけの美少女が立っていた。

 ショートカットで目が大きく、笑顔が似合いそうだ。ちょっと丸顔なところも親しみやすそうな美少女といった印象を与える。

 目つきが悪くて怒っているように見られやすい私とは正反対だ。

 はて?クラスにこんな子いたかな。

 思い返すしてみても、さっきこの子が自己紹介していた記憶がない。

 流石にこんな短時間で忘れるわけもないだろうし。そうなると私の知り合いということになるが――

 私の知り合いにこんな子がいたかな?と、もう一度記憶を漁ってみるが思い当たる子はいない。

 というか中等部からの知り合いに私のことを名前で呼んでくれる存在――友達なんて片手で数えられるほどなのだからきっと知り合いではない。

 でも、私の名前を知っているということは知り合いのはずだ。

 某小学生の格好をした名探偵でも解けなさそうな難問に立ち向かえるほど私の脳の性能は高くない。

 うーむ、さっぱり分からん!

 もう一度声の主をじっくりと観察してみる。少し茶色がかった髪にかたちのよい唇が印象的だ。

 そういえば幼馴染みそっくり――というか、もしかして?

 小学校のとき同じバスケ部で親友だった子。

 恥ずかしい、弱いところを見せたくない――。そんなプライドが邪魔をして私はいじめられていることをその子に相談できなかった。親友だからこそ言えなかった……

 名前は――


 「もしかして陽菜ひな?」


 「うん!」


 「同じ高校なんてすごい偶然だね。高校から転入してきたの?」


 「そーだよ。まさか涼音ちゃんがいるなんて思ってなくて驚いちゃった。でも、涼音ちゃんがいるなんてすごく嬉しいよ!」


 そういって眉を上げて、笑う陽菜の笑顔は昔の面影を感じた。


 「涼音ちゃんが急に中学でいなくなってびっくりしちゃった。もう一生会えないと思ってたから余計に嬉しい。涼音ちゃんはまだバスケやってる?陽菜、あれから~ちゃんと一緒に練習して結構上手くなったんだ――」


 どうしてだろう?陽菜の変わらない笑顔を見ると昔を思い出して胸が痛くなった。

 ××ちゃん。昔友達だった子。違う、昔友達だと信じてた子。


 「あんたみたいな独りよがり好きな奴なんてどこにもいないから。きっと陽菜だってあんたのこと嫌ってるわよ。いい加減気づいたら――」

 ふと、昔の光景がフラッシュバックした。

 最悪だ……

 ずっと思い出さないようにしていたのに。開いてはいけない記憶の蓋が開いてしまった気がした。


 「――涼音ちゃんは部活どうするか決めてる?陽菜はまた涼音ちゃんとバスケやりた――」


 「……ごめん。今日この後予定あるんだ。またね」


 私の声は自分でも驚くほどに冷たいものだった。

 驚いた表情をしている陽菜を背に逃げるように全速力で走る。

 駅まで急いで向かい、電車に飛び乗る。家に着いたときには汗だくだった。


 「おかえり~」


 リビングから母親の声がしたが無視して自分の部屋に駆け込む。動機がやまない。

 「ははっ、だっさ~」笑おうと思っても頬が動かない。

 あの頃を思い出して胸がズキズキと痛む。

 だけど、それ以上に未だに昔を思い出す自分が情けない。夜寝ているときや物思いにふけるとき、きまってあの頃のことを思い出す。


 「陽菜には申し訳ないことしちゃったな」


 まさか陽菜が白雪高校に来るなんて……

 白雪高校は中学受験よりも高校受験の方が難易度が圧倒的に高いことで有名なのに。

 昔の陽菜は勉強がさほど得意ではなかった。小学校の頃なんかよく陽菜の家で宿題を手伝ったものだ。

 そんな陽菜がよく合格したな、と今更驚いた。

 そういえば陽菜に別れ際話しかけられた気がする。

 正直、陽菜が私に親しげに接してくれたことは嬉しかったし、また仲良くできたらいいと思う。

 だけど、あんな再会の仕方じゃ合わす顔がない。あーあ、とため息が出た。今日はため息吐いてばっかだな……

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