船出のち暗雲Ⅱ

周囲は見渡す限りの青い海。穏やかな波は最近の雨が嘘のような五月晴れの空の下で燦然と輝いていた。


世界は全く美しいのに私の気分は優れない。原因はわかっている、寝不足とストレス。

枕が変わればこうも睡眠の質が違うのか、水平線を見ながら少し重たくなってきた胃をさする。

―――旅行へ行くのは正解だったのだろうか。



いきなり旅に出ようなどと言い出した辰巳の言葉は最初冗談かと思われたが、彼は至って本気だったらしく次の日には旅行計画をねって私たちに説明をし始めた。


「できるだけ自然が多いところのほうが気が休まるだろ、そう言う所を探してたら俺の親父の郷を思い出してさ」


辰巳によると、彼の父はある島の住人だったのだが、たまたま東京から旅行に来ていた女性に一目惚れをして若干15歳で島を出たらしい。


年の差だったが執念でゴールインしたと言っていたか。周囲の反対を押し切っての上京だったからいまさら帰りづらく、辰巳も島に行ったことがないようだ。


お酒が入るといつもこの話をするから結構な数の友人達は知っていた。

会ったこともない人間達からなりそめを知られているなんて辰巳は怒られないのだろうかと、いらぬ心配をしていると葵が首を傾げながら話し出す。


「あ、最近ニュースに出てたよね。『伝統ある祭り2年ぶりに開催』って、違った?」

「そうそれ、だからここに行こうって思ったんだ。調べたら島をあげての大規模な祭りらしいし。それに次の作品のイメージに繋がるだろ」

「いいじゃん、行こうよ。私も風景画が描きたかったんだよね」


当回しだが2人なりに背中を押してくれているようだ。その気遣いは凄く嬉しいし1度気分をリセットするためにも非日常に行くというのは理にかなっている。


しかしその善意に即答できない理由はただ1つ、コンクールの締切がもうすぐなのだ。

規模の大きいこのコンクールは受賞すれば確実に知名度が上がる。


プロの世界への足がかりとしてで挑むつもりだったが、一日一日と時が過ぎあと数ヶ月で締切となる今、私のカンヴァスは一面の白だった。


いつもなら筆が早い方の私は描き終わっているはずなのにどうして、現に個展の絵は早い段階で描き終わっており評価も得ていた。


なのに何も思い浮かばないのはなぜなのか。

目の前の白紙を見ていられず無理やり書いたものは過去の作品を切って貼ったかのような稚拙なもの。

どうして描けないのかと自問自答しているうちに時が過ぎ、食堂で旅行へ誘われた。

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