すあまのまみちゃん

雨下雫

カニかまとカミサマ

うちには神様が住み着いている。

いつか深夜にコンビニで「すあま」を買ってから見えるようになった。

「すあまー、すあまー、すあまをたもれよー」

体長一五〇センチほどのちんまりした彼女は、ほわほわした声で歌っている。

カミサマであるところの彼女はかまぼこのようなピンク色の袴の裾をひらひらとさせながら、家主の迷惑も顧みずベッドの上で踊り回っている。

名を「すあまのまみちゃん」という。

いつか「すあまの神様」と呼んだらことがあったが、ひどく怒られた。

「いやだ!カミサマだとカクカクしててかわいくない!まみちゃんにして!」

カミサマから「まみちゃん」では、もはや人間扱いになってしまうのではないかとも思われたが、本人は頓着していないようである。

夜中の零時を過ぎると、勝手に神棚へ吸い込まれていなくなる不思議な所業や、いちいち敬意と供物を要求して舞い踊るところからしても、カミサマというところが妥当とはおもうのだが、本人の要望なので仕方ない。

私はそれからあまり深く考えずに彼女を「まみちゃん」と呼ぶことにしている。

「まみちゃん、すみませんけどねぇ。すあまは売り切れです。なかったんですよ」

私はエコバッグの中から、先ほどコンビニで買い出してきた品をテーブルに並べていく。

「なんだと!すあまがないだと!こんびにえんすすとあのくせに!これじゃぜんぜんこんびにえんすじゃない!こんびにえんすじゃないすとあだ!しょうひしゃちょうに!こうせいとりひきいいんかいに!うったえてやる!」

まみちゃんは地団駄を踏みながら喚いた。

何かあるたびに彼女が何かとベッドの上で、地団駄を踏むので、私の寝床の真ん中あたりは、へなへなにへこんでしまっていた。

「まみちゃん、どすどすしないでくださいよ。私のベッドが腰痛製造マシーンになってしまう」

「いやだ!すあまをうばわれし、このかなしみやいかでか!はらさでか!ひとりみのなかとしのおのこ!なんとかしろ!ひとりみのなかとしのおのこ!なんとかしないとまみちゃんのいかりにふれるのだぞ!ふれちゃうぞー!こわいのだぞー!」

まみちゃんはそう言って余計に地団駄を踏む力を強くしたらしかった。

私の代わりにまみちゃんの怒りを受け止めているマットレスのバネがぎょーん、ぎょーんと間抜けな悲鳴をあげた。

ちなみに「ひとりみのなかとしのおのこ」というのはまみちゃんの私に対する呼称である。

漢字に起こすと「独身中年男子」となる。

頭のなかで漢字に起こすと悲しくなるから、ひらがなのままでおいておく。

さらにちなみに、まみちゃんの怒りはけっこうおそろしい。

まみちゃんの怒りは、角が立つ祟りである。

彼女に祟られると三日は角にぶつかりまくることになる。

タンスの角、机の角、あと紙の角で手を切ることもある。地味に痛い。

本当に命の危機を感じたのは、工事現場から角材が降ってきたときで、あれは幸いにも当たらなかったから良かったものの、ほんとうに死ぬかと思った。

さわらぬ神に、いやまみちゃんに祟りなし。

あまり、怒らせないに越したことはない。

私はエコバッグの底のほうに入っていた、カニかまを取り出した。

「きょうはカニかまで勘弁してください」

私がそう言うが早いか、すでにまみちゃんはベッドから降りて、私の手からカニかまをひったくっていた。

「かにかまだ!さすがひとりのみのなかとしのおのこ!きがきくな!ゆるす!」

まみちゃんは乱暴にビニールを引き裂き、すでにもぐもぐとカニかまを食んでいた。

まみちゃんはすあまが大好物である。夜な夜な何につけても、すあまを所望する。

次に好きなのは練り物である。

かまぼこだとかちくわだとか、あるいははんぺんなんかも好きである。

もしかすると名前の響きが柔らかいものが好きなのかもしれない。

いつかカニかまではなく本物のタラバガニが運良く懸賞で当たったことがあった。

「なんか、かたいからやだ」

まみちゃんは最初こそ、そう言って豪勢なカニにたいして嫌悪感すら露わにしていたのだが、私がひとりかにしゃぶを始めると態度を一変させた。

「まみちゃんもしゃぶしゃぶする!」

まみちゃんはそう言って、勝手にかにしゃぶに加わり始めた。

おそらくカニという固い感じのする響きが、しゃぶしゃぶで柔らかくなったからなのかもしれない。

あのとき満足そうにカニしゃぶを満喫するまみちゃんを横目に見ていた私は複雑な心境だった。

かに鍋とか焼きガニとかにしたらまみちゃんに食べられずに済んだかもしれない。

まみちゃんは小柄な割に食べる時は食べるのである。

結局、届いたカニの三分の二はまみちゃんへの供物になってしまったのだった。

あわれお供え物となってしまったタラバガニに思いを馳せながら、私はテーブルに頬杖をついてまみちゃんを眺めていた。

目を爛々と輝かせてカニかまを食べるまみちゃんの頭上には、このアパートの大家さんである五十子さんからいただいた立派な神棚がご鎮座ましましている。

そうして私はとりとめもなく、ふと思いついたことをつぶやいたのだった。

「カニかまとカミサマって似てますよね」

まみちゃんは「ふぇ」と言って目を丸くした。くわえたカニかまが、ぷらんぷらんまみちゃんの唇の先で揺れた。

まみちゃんは少し考えるように首をかしげてから腕組みをすると「うーん」と唸った。

まみちゃんが拒絶したカミサマという呼称と、いま食べているカニかまが、子音にして二文字違いでしかないという事実が、まみちゃんには思いのほか受け入れ難いようなのであった。

まみちゃんは、口の先にぶら下がるカニかまをようやくのこと噛みちぎり、食べさしをのカニかまをじっと見つめていた。

「カニかま、カミサマ。カミかま? カニさま? あんた、かにかま? カミサマ?」

まみちゃんは一言言うたびに、食べかけのカニかまをぷるぷるとふるわしていた。

カニかまとカミサマの対話。

いやカミサマじゃなくてまみちゃんなのだけれど。

しばらくすると、対話の結論が出たようで、まみちゃんは「そうか!」と言ってカニかまをひょいと口の中に入れた。

「カニかまはカニかま!」

まみちゃんはいつかタラバガニのかにしゃぶを食べていた時よりも、数倍満足そうにカニかまを咀嚼しているのだった。

「さいでござい」

私はまみちゃんの前に散らかる空にカニかまの包装を片付けて、代わりにまた新しいカニかまをまみちゃんへの差し出した。

「カニかまだ!カニかまだ!」

カニかまで満足するなら、タラバガニの代わりにカニかまを出せば良かったなぁと、私は今更ながらにちょっと後悔していた。

うちには神様が住み着いている。

ご利益はまだない。祟ることはあるけれど。あと若干、家計のエンゲル係数を上げる。

なんだかこうして考えるとまみちゃんの存在はカニとカニかまの関係にも似ていなくもない。

神様のようで神様でない。カミサマというより、カニかま。いや、まみちゃんか。

うーん。やっぱりよくわからん。

私は肩をすくめて、エコバッグから最後に入っていたスティックようかんを取り出した。

「あ!ようかん!ずるい!ようかんだ!」

「スティック、ようかん、ですよ」

私がスティックというところをわざと強調していうと、まみちゃんはまたカニかまをくわえたまま考え込み始めた。

「スティック? ようかん? でもスティック? ううん。ようかんだよ。でも、ぼうなのかも。でも、ようかん……スティック……」

「スティック、スティック」

そろそろようかんだと気がつかれそうなので、私は急いでようかんの封を切った。

うちの神様のような、すあまのまみちゃんは、すあまと柔らかい響きの食べものが大好物。

柔らかい響きの基準はまだよくわからない。

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